14.好きみたいで良かったです
「子ども扱いされる……ですか?」
どうせならと、ディアーヌはディルクにそれとなく探りを入れてみた。いやもう、腹を割っての間違いかも知れない。
「ん〜妃殿下って、おいくつでしたっけ?」
「十七歳よ」
「えっ!あっ、じゃあダメだ」
「!!」
容赦のないディルクの宣告に、ディアーヌの息が止まる。
怒り心頭のエマが勢いよくディルクに抗議をしているが、もはや止める気力もなかった。
(アンナも言ってたじゃない……だめよ期待しちゃ)
そう、一度は納得していたのだ。渋々ではあるが。
それが、ディルクと話しているうちに、もしかしたらと欲が出てしまった。
今のディアーヌを、女性として見てもらえる余地があるのではないか、と。
とんだ見込み違いだったわけだが。
年齢という高く分厚い壁は、ディアーヌの前に立ち塞がったままである。
ただし容姿が受け付けないとか、性格が気に入らないとか、致命的な理由ではない。
時間さえ経てば解消される問題に過ぎない。
そうディアーヌは自身に言い聞かせることにした。
「あ、妃殿下!妃殿下!」
エマから逃げ回っていたディルクが、助けを求める様にディアーヌに手を伸ばしている。
「ちなみに何でディッセンは十五歳で成人か知ってますか?」
(何で?)
知らなかった。
「エマ、やめなさい」
首を傾げたディアーヌにディルクは駆け寄って来たのだが、すかさず拳を振り上げたエマを、今度ははっきりとディアーヌが止めた。
「……はい」
もの凄く不満気ではあるけれど、エマは大人しくディアーヌの後ろへと控えた。
「それでディルク、聞かせてくれるかしら」
まだ疑わし気にエマの様子を窺っていたディルクは、はっとしてディアーヌに向き直る。
「はい。あの、まあ、何て言うか……楽しい話ではないんですけど」
「ええ、大丈夫よ」
「はい」
ディッセンの成人年齢が、周辺国に比べて若い理由。
戦場に立つ人員を増やす必要があった。
ただ、それだけの、けれどそれ以上無い理由だった。
「元々はうちも十八歳だったんですよ。成人」
平然とディルクは語る。
「でも大公国との争いが何十年も絶えなくて。それに守りが薄くなるとマズイですし」
だから増やした。子どもを大人にして。
「まあ、とりあえず十五歳になったら次男以下は騎士団に突っ込むと。実際に戦場に出るのは大抵もうちょい後ですよ」
ディルクの家も嫡男である長兄のみを残し、次兄とディルクは十五歳と同時に騎士団に入ったのだという。
なまじ兄弟揃って群を抜いた適正があったために、次兄は帝国との国境線を守る辺境伯家に婿入りし、彼の地を守っているそうだ。
「けど、まあ……例外はやっぱいるんで」
ディルクの顔が、僅かに歪む。
「殿下はずっと、十五歳から戦場に出てます」
騎士団の全権を担っていた先代の王族が病に倒れたため、他に適任者がいなかったのだと。
だから、たった十五歳で、味方の命も国の命運も、ジークフリートは一人で背負った。
ずっと、今までたった一人で。
「あの方は、子どもでいる事を許されなかったから……」
ディルクは今にも泣き出しそうな顔をしている。
かけられる言葉を、ディアーヌは持ち合わせていなかった。
「俺も、こう見えて割と早くから戦場に立ってるんですよ」
だから、貴族らしからぬ言葉遣いも態度も許されているのだと、ディルクは笑った。
子どもでいられなかった分、周囲の大人達は大人に成りきれなくても甘いのだと。
(何も知らなかった……)
ディアーヌの胸に重く苦い後悔が広がっていく。
子ども扱いされていることに、怒れる様な立場ではなかったのだ。
事実、自分は何も知らない幸せな子どもだったのだから。
ディアーヌはずっと、当たり前に子どもであることを許され守られてきた。
押し寄せる深い後悔に、瞼を固く閉じる。
気を強く持たなければ、このまま昏い感情に飲み込まれてしまいそうだった。
そんなディアーヌの気持ちを知ってか知らずか、ディルクの弾んだ声が、その場の空気を変えた。
「だから妃殿下は、ゆっくり大人になってあげてください。それに、もうちょっとですよね?成人するの」
(え)
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
顔を上げた先には屈託なく笑うディルクがいて、当然とでもいう様に、話し続けている。
「ならそん時は、殿下が逃げられない様に周りを固めますんで!」
「えぇっ!?」
今度はさすがに声が出た。
いくら何でも不敬過ぎではないだろうか。
それとも、戦場に共に出る身なら、許される軽口の範疇なのか。
何と答えたら良いかディアーヌが迷っていると、ディルクが一人納得した体で頷きだした。
「でも俺、安心しました」
一体、何をだろうか?
ディアーヌが訝し気な視線を向けると、ディルクは真っ直ぐに受け止めて言った。
「妃殿下がちゃんと、殿下を好きみたいで良かったです!」
「……え?」
誰が、誰を?
好き?
予想だにしていなかった言葉に、ディアーヌは完全に停止してしまう。
確かに、この婚姻を成功させたいと、ずっと努力してはきたけれど。
どうせなら、ちょっとくらいは好きになってもらいたいなどと、思ったことが無いとは、言わないけれど。
でも、だからといって。
ジークフリートを好きだと。
そんなこと、指摘されるまで考えたことがなかった。
「え?違うんですか……?」
固まってしまったディアーヌに、今度はディルクが困惑している。
答えに窮していると、背後のエマの気配が剣呑に変わるのを感じて、ディアーヌは慌てて首を振った。
「ち、違うのっ!少し、驚いたっていうか……恥ずかしかった?というか……」
口にすると、どうしてかわからないが、だんだんと頬が火照っていく。
ディアーヌの変化を目にして、ディルクは愉快そうに笑った。
「あ〜いいっすねぇ。甘酸っぱい感じで」
もう、どう反応するのが正解かわからない。ディアーヌは自身の頬に、そっと両手で触れた。
(熱い……)
目の前で再び始まったディルクとエマの攻防戦は見なかったことにして、ディアーヌは頬の熱の意味を考えることに、専念することにした。
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