12.ディルク・アイゼンバーグ
広い寝台の端と端で眠りにつき、朝目覚める。
同じことの繰り返しに見えて、今朝は少し違っていた。
「……ん?」
微かな物音を感じて、ディアーヌは寝惚け眼を開ける。
視界に入ったのは、既に起き上がっていたジークフリートの姿だった。
「すまない、起こしたな」
申し訳なさそうに目を細めたジークフリートの手が伸びて来て、そっとディアーヌの頭を撫でる。
(気持ちいい……)
まだ回らない頭は、本能のままにその手に擦り寄っていく。
「ふっ……可愛いな」
(……ん?今、可愛いって言った!?)
思ってもみなかった言葉が降って来て、ディアーヌの頭は一気に覚醒した。
慌てて起き上がると、ジークフリートに制止される。
「まだ寝てていい」
「でも、昨日もお見送り出来てません」
毎朝新婚の夫を見送らずに寝ているのは、いかがなものだろうか。
ディアーヌの言外の疑問に、ジークフリートはこともなげに頷いた。
「問題ない。先の戦の残務処理で早く出ているだけだ」
「でも……」
「ああ、そうだ。今日からは早く帰れるから、それなら出迎えてくれるか?」
「え?はいっ!勿論です」
結局上手く言いくるめられて、気がつけばディアーヌは、ジークフリートを部屋の中から見送ることになっていた。
だが、今日は早く帰れると、確かにジークフリートは言っていた。
嫁いでから初めて、一緒に夕食が取れるかも知れない。
そんな些細なことが嬉しくて、ディアーヌはまだ温もりが残る寝台の上で一人転がった。
◇
ディアーヌが朝食を終えると、アンナから紹介したい者がいると伝えられた。
それが今目の前にいる青年だった。
「初めまして!ディルク・アイゼンバーグと申しますっ!」
赤い髪に榛色の瞳をした、人の良さそうな風貌の、けれど一目で手練れとわかる体躯の騎士。
それが、ディルク・アイゼンバーグである。
「いや〜妃殿下の護衛とか恐縮です!何でも言ってください!」
笑顔で自らの胸を拳で叩くその姿は陽気そのもの。若干の砕けた物言いと合わさって、二十二歳だという実年齢よりも随分と若く見える青年だった。
けれど、そんな彼はこの国でも三本の指に入る実力者なのだという。
あくまでもジークフリートを除いて、ではあるが。
「よろしくお願いしますね」
「任せてくださいっ!」
いちいち明るく大きな声は、いわゆる貴族令息の姿とはかけ離れていた。
側で控えるエマなどは、ディルクのディアーヌへの言葉遣いに、さっきから明らかに苛立っている。
さてどうしたものかとディアーヌが思案している内に、助け船は別の角度からやって来た。
「まあまあ!ディルク坊が随分立派になって」
アンナだ。どうやらディルクとは知り合いらしい。
「アンナさんその呼び方〜!」
「はいはい。ごめんなさいね」
子どもの様に抗議するディルクに笑いながら謝ると、アンナはディアーヌに向き直って言った。
「こちらは伯爵家の三男で、殿下の直属の部下になります。幼い頃から邸に出入りしておりますので、人となりも保証できます」
流れる様なアンナの説明に、ディルクはただ笑顔で頷いている。
「邸は十分警護を重ねておりますが、妃殿下に万が一もありません様に、お側に置かせていただきます」
身元も実力も確か。怪しいのは口調と態度だけといったところだろうか。
ならばディアーヌに不満などあるはずがない。可哀想だがエマには我慢してもらおう。
「わかったわ。アンナ」
そう決めると、ディアーヌは笑顔で頷いた。
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