11.君だけのもの
ジークフリートが城から戻って来たのは、またしても夜が更けてからだった。
昨夜のこともあり、今夜から寝室は別にするものと思っていたディアーヌだったが、含み顔で「必ずお連れします」と言ったアンナに押し切られ、夫婦の寝室で大人しくジークフリートの帰りを待っていた。
「お帰りなさいませ」
部屋に入って来たジークフリートを見ると、自然と笑顔になる。
駆け寄りたい衝動をぐっと堪えて、淑女らしく出迎えるに留めた。
「……ただいま」
どこか遠慮がちなジークフリートの声音にやはりこの場に居ない方が良かったのではと、ディアーヌは一気に不安になった。
「あの、ジークフリート様……わたくし、やっぱり」
自分の部屋に戻りますと言いかけたところで、手を取られた。
「へっ!?」
「少し、話しても良いだろうか」
「え!あ、あの、はい……」
手を引かれるままに、二人並んで寝台の端に腰をおろす。
「今日あった件を、アンナから聞いたのだが」
「え?は、はい…….」
砂糖の件だろうか。
ディアーヌはジークフリートの意図を掴みかねて、目を瞬かせた。
何を言われるのだろうかと、次の言葉を待つ間、ほんの少しだけ身構える。
「ありがとう」
「……えっ」
「民の事を憂い、貴重なものを分け与えてくれて」
「あの……」
「ありがとう」
「!」
(どうしよう……凄く嬉しいわ!)
感謝されるためにした訳ではない。
出来る事を、自分がジークフリートに嫁ぐ意味を、価値を、考え探した結果の一つに過ぎないとディアーヌは思っていた。
それに、砂糖の件は自分の功績ではない。
ただ、母の娘だったから容認されただけのことだ。
「あ、あの!でもあれは、特にわたくしが何かした訳ではなくて」
「ディアーヌ?」
「おか…母が見つけたものを融通してもらっただけですから……」
ディアーヌがお礼を言われるようなことは、本当は何もしていないのだ。
言ってしまえば何てことはない。
己の無力さに少しばかり悲しくなってしまうくらいのことだった。
(でも、誤解されて感謝されるのはダメよね)
「ディアーヌ」
俯きかけていた視線を、引き戻される。
優しい瞳が、真っ直ぐに自分を見つめていた。
「何か誤解をしているようだが……それは君自身の功績だ」
「え?」
「見つけたのが君の母上だとしても、ディッセンのために、この国の民のために、母国で頭を下げて交渉してくれたことも、実際に伝えてくれたことも全て。君自身の努力の結果だ」
「!!」
「だから、ありがとう」
「……はい」
神託を受けた母ではなく、母の娘だからでもなく、努力して力を尽くした結果に感謝しているのだと、ジークフリートはそう言ってくれた。
嬉しかった。この上なく。
自分自身を評価されたことなど、今まであっただろうか。
聖女の娘で、宰相の娘で、王の姪で。
ディアーヌに付随する称号が大き過ぎて、自分自身の努力を認められたいなどと、考えたこともなかった。
きっと、出来て当たり前だと思われている。自分ですらそう思っていたのだから。
それなのに、まだ会ったばかりのジークフリートはディアーヌ自身を見てくれたのだ。
「ふふっ」
気がつけば自然と笑みが溢れていた。
「わたくし、ジークフリート様の妻になれて良かったです」
唐突なディアーヌの発言に、ジークフリートは僅かに狼狽えていた。
「そ、そうか……」
「はいっ!」
突然おかしな事を言い出して、やはり子どもだと呆れられてしまったのかも知れない。
けれど、どうしても伝えたかったのだ。
「何だか眠くなってしまいました。もうお休みしましょう?」
どうせ子ども扱いなら構わないかと、ご機嫌故に気が大きくなっているディアーヌは、さっきとは逆にジークフリートの手を引いて布団に潜り込んだ。
「……ああ」
結果、もの凄く神妙な声で返されたせいで、ディアーヌは笑いを堪えるのに大変困ってしまったのだけれど。
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