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第9客 みなみの涙


8人で臨んだ初めての土曜日、

不安で不安で仕方なくあまり寝られなかった。


だがそんな不安は吹き飛んだ。

眠気と共に、そんなことを考えている場合ではなかった。


みなみがどもりながら声を上げ、

指を3本立てた。


「お、お客様がご来店です」


まじかー!

手招きでみなみを引き寄せる。


「もうカウンターしか案内できないよ、

3階席はたぶんあと15分ぐらいだけど」


「ど、どうしましょうママ」


なんしてこんなにお客様来るのかしら!

誰かが宣伝したとか?


考えろ乙姫、どうする?看板返すか?

いやいや、まだ19時前 ってあ!


「みなみ、とりあえずカウンターで良ければ通して、

個室なら3階15~20分後!よろしく!」


あわてて厨房に入る。


「黒川さん!もう上がって!」


黒川は冷蔵庫から最後の一匹の真鯛を取り出した。

おい!無視するな!


「黒ちゃん!もう上がる時間だから帰って!」


昆布にくるんだその身を掴む。


「黒川!明日も早番でしょ!?早く上がりなさい!」

「乙姫!これじゃ今日捌ききれねえぞ!」


気持ちはとても嬉しい。

そんなのはわかってる。


「あなたが仕入れてこなければ明日お店を開けないのよ?

あなたが倒れたらどうするのよ!」


黒川の肩を叩く者がいた。


「黒川さん、あとは俺たちに任してくださいよ!

みどりさんもいるし、

俺も怒られる事少なくなってきたじゃないですか」


黒川は里中とみどりの顔を見るなり、

二人は黙って頷いた。


「わかった、わかったよ」


ふう、頑固なんだから。

誰に似たんだか。


「この鯛だけさばかして?ね?」

「はいはい、よろしくね黒川さん」


私も今日は厨房から出れないかもな…

よし、私も着替えなきゃ。


「おんちゃんさ」

「なに?」


包丁を引きながら、

黒川ぼそっと呟いた。


「おやっさんに似てきたな、その頑固さ」

「早よ帰れ!」


おっと、みなみへと引き継ぎしなきゃ。


「みなみ、私は厨房に入るから、

団体来たときの注文と、滞留したら呼んでね」


了解ですと、真面目な顔がさらに引き締まった。

みなみなら平気でしょう。と暖簾をくぐった。


「みどりさん、何か滞留してるものはある?」

「大丈夫よ!たくちゃんと二人で捌けるわ」


たくろうは一生懸命サラダを準備しているようだ。

出来ることも増えてきてるし、

って彼は大学行くのかしらね?


それならこのままずっと働いて貰えるようにしないとね。


「おーけーそのままよろしくお願いします。里中くんはどう?」


あーと言いながら彼なりに工程を考えているようだ。


「あーしーたの分の昆布締め仕込んでいただけると助かります。

冷蔵庫のやつ全部使っていいそうです」

「おーけー」


たくろうと対面する形でまな板の前に立つ。


「ねえたくろう」

「ういっす店長」


彼もゆずきも一度もママとは呼ばない。

いや、呼べないよねうん。


「進路は決まってるの?」

「一応…大学行かせてって親に頼んでます」


私もそうだったけど、

こんな歳でお金への関心はこの程度よね。


「行かせてもらえたらありがたいね。

ところでうちのバイトは楽しい?」


ストレートに聞きすぎだろうか?


「出来ることも増えてきて、楽しいです!

自分家でもちょこっと料理作るようになったんですよ!

この間里中さんに天ぷらの揚げ方とか教えてもらって」


良いエピソードじゃない。

後で里中くんに教えてあげよっと。


「そうかそうか、これからも期待してるからね!

よろしくね!」


雑談をかき消すように暖簾が上がる。


「ママ、八時からイルカの間予約入っちゃったよ」


厨房組が雁首揃えてあやのほうを見る。


「ま、まじ~~~!?」


こりゃ食材尽きてしまうんじゃないのか…



みなみの視点



変わらない、

やることは変わらないんだ。


「あやさん、イカの間、ビール二つです」


パートのあやは、イカの間に注文を届けるために、

階段を上がった。


すごい、よく駆け足で上がれるな。

ふぅ、次は芋ロックとレモンサワーと…


正社員になったというのに、

まだ一度もカクテル作ってないなぁ。


カウンター越しにみなみさんと呼ばれる。


「はいっ!」


あ、注文じゃなかったか。


「亀の間のお客様おあいそです」


ん~ここは私か。


「了解、たくろう君はそのまま亀の間、

バックして」


はぁ、あんなさん、

よく一人で捌いていたなぁ。


尊敬という言葉しか出てこない。


ふと視線を上げると3Aの文字が光っていた。


「あ、ゆずきちゃん、

タコの間に配膳の帰りに、

クジラの間の注文とってきて!」


次は…と伝票をめくる。

カランカランとカウンターに音が響く。


まじか、またお客さんかぁ。


顔を上げると馴染みの老夫婦が手を振っている。


「あ、ゲンさんと奥さんも、こんばんは」


今日はご夫婦で来てくださったのか。


ポンポンと肩を叩かれる。

振り返ると苦笑いしているあやさんが立っていた。


「みなみ、イカの間ビール頼んでないって」


さぁぁぁ という音が聞こえた。

視界がせばまる。


伝票を見ると、イカの間 いもロ レサ

と書いてある。


間違えた。


「ま、間違えてタコの間に芋とレモンを…」


あやはすぐに振り返り二階に上がった。


やってしまった…


「みなみちゃん、忙しそうだね?」

ゲンさんは振り返って手を上げた。


「また別の日来るね、みなみちゃん。

ガンバ!」


珍しく奥さまと来ていただいたのに…


「わたし…店の信用を…」


パンッと背中を叩かれた。


「ほら、らしくないわよ、シャキッとしない!」


あやさん、ありがとう!


「すみませんでした!もう大丈夫です!」



サラダとたこわさ、オーケー

とテーブルに置かれた。


「あやさん、すみません、

イルカの間、よろしくお願いします」


伝票を二度チェックした。



普通の土曜日、

前もって混雑する日がわかればいいのにな。


そこがわからないのがサービス業だ。


客読みが完璧であればもっと利益が出せる。

PRももっとできる。


不特定多数の人間を相手にしているのだ。

イレギュラーであることが、通常である。


エプロンをロッカーに入れ、

ふーっとため息に疲労をのせてはいた。


背骨が抜けたように、

へにょんと椅子に腰かける。


ノックが二度聞こえ扉が開いた。


「あ、みなみ、お疲れ様」


普通に返事したつもりだったが、

気配を察知し、一度乙姫は部屋からでた。


そのまま腰を掛けていると、

勢いよく扉が開いた。


「今日ちょ~やばかったね!

大型連休ぐらい忙しかったんじゃない?」


ポンッ 、ポンッ となにか音が聞こえてきた。


「はいこれ、まかない」


乙姫の手には、

汗をかいた茶色いビンが握られていた。


「あ、いや、これお店の…」

「私店長だし、まかないだよま、か、な、い」


受けとるしかなかった。

でも私には受けとる権利はない。


「今日、ゲンさんが奥さん連れて来たんですけど、

失敗した私を見るなり、また来るって…」


「はい乾杯!」


差し出されたビンに、私の手に持つビンを重ねた。

2,3口を味わわずにそのまま飲み込んだ。


「ゲンさんはいつも混んでるときは帰っちゃうじゃない」


そう言われてみると、そうかもしれない。


乙姫が語り出す。


「ごめんね、いきなり任せちゃって。

私の采配も酷かったよ、いやほんとに」

「そ、そんなことはありません!」


私だって新人じゃない。

もう3年もバイト続けているんだ。


「私もね?初めてママとしてこのお店に立ったときさ、

ちょ~怒られたよ?

あんなちゃんには、乙姫!配膳だけでいい!

とか言われちゃってさぁ」


そんなこと言われても、

全く想像がつかない。

そつなく器用にこなす人だ。乙姫さんは。


「席間違えただけでしょ?

優秀優秀!今日は特別忙しかったしね!」


ミスはミスだ。

はぁ、慰めてもらってさ、

なにやってるんだろう私。


「ま、これグビーッとのんでさ、

また明日頑張ろうよ!」


こんな計らいに心が救われた。

よかった、この人のお店で働けて。


「乙姫さん…これ、しょっちゅう飲んでるんですか?」

「まま、まさか!たまーにだよたまーに、ね?

黒ちゃんなんかこの間お客さんのボトル飲んでたし!」


それは普通に悪いことだ。


「ママ、これからも頑張りますので、

よろしくお願いいたします」


頭を下げる。


地元で働きたかった。

地元を離れたくなかった。


就活に迷っていたとき、

決まらなかったらうちの店来ちゃいなよ!

って言われて甘えて。


私は本当に人に恵まれている。


「みなみ、らしくないぞ!

さ、帰ろうか?

あ、そうだ、施錠のやり方教えるね」


よし、また明日も頑張ろう。


私は竜宮城のクルー

みなみなんだから。


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