第8客 新体制
4月2日 木曜日 と書かれたホワイトボード前に、
出勤者の全員が集まる。
「えー本日から新体制になります。
知っている人も多いと思いますが、
みなみちゃんが、今日から正式に社員となりました」
ささ、と私は手を振り、みなみを前に立たせた。
「改めまして、みなみです。
より一層励んでいきます。よろしくお願い致します」
お辞儀をして上がってきた顔は、
とても緊張しているようには思えない。
その眠そうな目つきの奥には、
なにかしっかりとした信念が見える。たぶん。
まあそれもそうよね。
「ま、今から覚えてもらう事ってそんなにないんだけど、
新たな気持ちでよろしくお願いいたしますね」
しかし彼女の顔はこれ以上引き締まらない。
相変わらず真面目よの。
でも私はそんな彼女の不器用なかわいさが好きよ。
「じゃあ、社員は残って、他の人は仕込みよろしく。
解散!」
みなみと黒川が残る。
「里中くん…は、木曜日だからいないか、仕方がない」
里中は金土日は確定で出勤だ。
こんな働き方も私は現代的だと思っている。
固定費も減るしね!
「新たなサービスを提供したいと思っているの。
それでみんなの意見を聞きたいのよ」
黒川とカラオケ屋に視察に行ったことを話す。
資料を出せればよかったんだけど、
そこまで準備する時間は取れなかった。
「なるほど、カラオケメインの昼の営業ですか…」
拳を握った左手をおでこに当てながら悩むみなみ。
課題はたくさんある。
そもそも人員が足りないこと、
設備も古い、
なにより採算がとれるかわからない。
「なにを…うちの売りにするか…ですよね」
「そこなのよ!」
サービスを広げることは簡単だ。
「家賃は必要ない、人件費以外の設備投資費用も、
ほとんど必要ない」
黒川も腕を組み天井を見ながらぼそっと呟いた。
「でも、赤字になってもなぁ…」
ん?
赤字に…なってもいいのかもしれない。
「みなみ、うちの店はどうやって収益を得ていると思う?」
自然と社員研修の流れになってしまった。
「えーと…」
ちょっとノーヒント過ぎたかな。
「みなみは知らないかもしれないけど、
ド平日の月、火、木、平均いくらぐらい儲かってると思う?」
指を折りながら目線を上に向け、
なにやらぶつぶつ言っている。
「1日…5万円ぐらい…ですかね?色々さっ引いて」
うんうんとうなずく。
私もこの店任されたときはそのぐらいだと思っていたよ。
「慣らしてしまえば、ざっくり1万円ぐらい。
完全に赤字の日も当然あるわよ」
眉を上げ眠気顔のこのこがこんなに目が開くなんて知らなかった。
「ハッキリ言うならば、めっちゃ厳しいのよ!
サービス業がいかにして儲けているか、仕組みがわかるわよね」
金土日の売上にどれだけ救われてきたことか。
「じゃ、じゃあ平日って何のために店開けるんですか?」
面と向かって言われると…
なんでだろ?
「うちはランチ辞めちゃったからね、
在庫管理とか~発注とか~今日なんかはね、
金土日に向けて仕込みがメインかな?」
それでもお店を開ける。
「あとは、数少ない常連さんのため、
そしてやっぱり休みが多いという印象は与えたくないよね」
最低限のスタッフで、最大限のおもてなし。
門構えも立派なのに、シャッターが閉まっていたら、
あぁ、古い店だしね。って思う人も多いだろう。
「赤字か、最悪赤字になってもいいのかもしれない」
やらない後悔よりやる後悔。
私の辞書にはそう書いてある。
「昼カラオケから繋がるパイプもあると思う。
戦略が固まったらやりたいと思います。どう思いますか?」
黒川は腕を組み黙っている。
考えているのか、それとも何かを待っているのか。
「私は…」
みなみが手を上げる。
「現状維持は退化だと思います。
何かにチャレンジしてみるべきかと」
いいね!そのフレッシュな風がいい。
「みなみちゃん、良いね。若いねぇ」
「黒川さん、おじさん臭いですよ…」
げ。
黒川は袖や服の匂いを嗅ぎ始める。
「そういう所がおじさん臭いっていうのよ、黒川さん」
意見は一致、よし、来週から本格的に考えましょ。
「歓迎会の予約をたくさん頂けることに期待して、
じゃ、解散!」
表の掛札をひっくり返しに私は外に出た。
カランカランと来店を告げるベルが鳴る。
ほぼ身長が変わらない二人、ん~初めて見る顔だ。
カラオケはご所望にならないとのことで、
カウンターに案内した。
右側の男がドリンクのメニューを見つめる。
そして左側の男はおつまみメニューを見つめる。
「おい、ビールでいいか?デルタ」
「ん、ああ、食べ物はおにぎりでいいか?のぶなが」
ずいぶん変わった名前の二人だ。
「おま、おにぎりって!それは締めだろ?普通」
うん。主食で頼む人は少ないよね。
「いいだろ、俺は好きなんだ。おにぎりが」
おいしいよね。おにぎり。
「すんません!ビール二つとおにぎり一つ!」
「おいのぶなが、すきっ腹にビールは効くぞ?平気か?」
右側の男が一瞬止まった。
静かに右手の中指を開いた。
「ビール2つ、おにぎり2つ。かしこまりました」
紙に注文をメモして、みなみに渡した。
「だからな?俺はなんでも屋を開業したいんだよ!」
ずいぶん大きな声で喋るお客さんだ。
まだそれ一杯目よ?
「いいかのぶなが、なんでも屋は参入しやすいかもしれない。
だが、専門性も身に付かないし、買いたたかれるだけだ!」
あんたもずいぶん大きい声だ。
「すんません!レモンサワーください!
デルタ、お前どうする?」
「ん~俺もそれ!」
まだビール半分しか飲んでいないのに…
「いや、俺とお前二人なら何とかなるって!」
左側の男が腕を組む。
「いいか、延々と単価は上がらないし、
この身体が動かなくなったら収入が止まるんだ」
ヒートアップしてきたな…
「そんなもの、俺達は仕事すればするほど、
スキルはついてくるだろ?」
その勢いでビールを飲み干した。
今しかない。
「はい、レモンサワー2つ!」
どうもと受け取る。
「いや、それなら最初から専門的な分野からやるべきだ。
合理的じゃない」
左側の男はおにぎりにかぶりついた。
「なんだと!お前はいつもそうだ!
合理性ばかり求めてよ、このおにぎり野郎!」
おいおい、穏やかじゃないわね。
「お前は無計画で無鉄砲すぎるんだ。
だからマシンガンなどと呼ばれるんだ」
ストップストップ!
「ちょ、ちょっとお客さん!
ケンカはやめてください…」
二人は声をそろえて言う。
「え?」
なんだ?
「俺達ケンカなんかしてないぞ?なあ」
「デルタ」/「のぶなが」
な、なんなの?この人たち…。
その後二人は落ち着いて、
おつまみを数品頼んで帰っていきました。
肩を組んで、よろよろと…。
「ママ、あの人たち、二杯しか飲んでないですよね?」
私は大きくうなずいた。
スタッフルームに戻ると、黒川が本を読んでいた。
「おんちゃん知ってる?この世のどこかにはしょくにんって生物がいて、
そいつらの脳って超絶美味しいらしいぜ」
「へ~でもあんまり私は興味ないかな」
なんてことない、
いつものスタッフルームでの会話だ。
※
食物人間-しょくにん- より
デルタとのぶながの二人が来店してくれました。




