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第7客 腐れ縁


自動ドアが待っていましたと言わんばかりに口を開ける。


そこをくぐると世界は一転、

なぜこんなにもたくさんの音が入り混じっているんだ。


ここで思うのが、やはりうちの店とは少し違う。

カラオケ店のほうが圧倒的に防音性能が高い。


でも私の知る限りその手の苦情は来たことがない。

もちろん近所からもお客さんからも知る限りはない。


店全体の防音はしっかりしている。

2枚扉など、空気の密閉度も高い構造だ。


だが、各部屋の防音性能は何世代も前の技術だ。

それでもクレームが来ないのは、おそらくお酒の席だからだろう。


部屋は何部屋あるか、

1階は受付と厨房だけね。



ふと黒川を見る。

彼はカウンターと厨房のほうを見ている。


私たちは2名、2時間でと伝えた。


「ワンドリンクか、ドリンクバーどちらでしょうか?」


ドリンクか。

この注文と配膳が一番大変だよね。


まあガブガブ飲むような歳じゃないしね。

「ワンドリンクで、ウーロン茶2つお願いします」


ハイボール飲んできちゃったしね。


少々お待ちくださいと、

受付の人が厨房に入った。


黒川はずっと腕を組んだまま厨房のほうを見ている。

程なくしてドリンクを持ってきた。


なるほど、初回の注文を手渡しすることで、配膳の手間を省いているのか。


部屋は303号室。

階段をのぼりながら黒川に言う。


「黒ちゃん、2階の部屋の数見てきて」


私はドリンクを303号室に置いて、3階の部屋の数を数える。


途中でドリンクバーのマシンを見つけた。

他のお客さんがおかわりしているのを見た。


これも配膳の手間を減らすための、

人件費削減の手段の一つだ。


ただリスクはある。

ドリンクバーを頼んでいないお客さんが勝手に注ぐこともあるだろう。

そして、水筒を持参して持って帰ってしまう人もいるだろう。


だが私も飲食店の店長だ。

この手のジュースの原価も知っている。


うちはソフトドリンクの仕入れは極わずかだが、

見積書で相当数買えばかなり値段が下がる。


さ、怪しまれないようにとっとと部屋に戻ろう。


そして2枚窓になっている重たい扉を開けた。



「カラオケ来るのも学生ぶりだな」


歌いたい時はお店でいつでも歌えるのだ。


「黒ちゃんさっき厨房覗いてたよね?」


料理人としての職業病だろう。


「ああ、スタッフの数を数えていた」

「さすが!」


しまった私はそこ見ていなかった。


「受付一人、厨房一人…のみだ」

な!なんですって!?!?


「本当に二人?たった二人なの!?」


黒川はウーロン茶を一口飲み、ゆっくり頷いた。


「どうなっとんじゃ…」


一人休んだらどうなってしまうのだろうか。


だが私は学生時代の事を思い出した。

私は当時からバイト?手伝い?していたから、

普段の生活で困ることは無かった。


でもアルバイトをしていない友人や、

生活がギリギリな友人と遊ぶときは、

極力お金を使わない遊びをしていた。


カラオケに至っては、確かにドリンク以外の注文は極力しないようにしていた。


「そっか…昼間のカラオケって料理必要ない人が多いんだよね」


そう考えると、確かに4人も必要ない。


「せっかくだし何かメニュー頼んでみようか」

と言ってもさっきまかないを食べたばかりだ。


もちろんメニューの選定は黒川に一任。

なんとスマホでタイムまで計っている。


運ばれてきたのは焼き魚定食、から揚げ、きゅうりの漬物。


待っている間に私はノートPCを広げた。

2階、3階の部屋の数をまとめる。


そして記憶した料金表を基に、

平日の売り上げシミュレーションをする。



わかりやすかった。

使っていない部屋のドアは開いていて、

お客さんが入っている部屋のドアは閉まっている。


ド平日の水曜日なのに、

全16部屋のうち7割の部屋が埋まっていた。


ざっと売り上げをシミュレート。


「1グループ、2人と仮定して、3時間11グループ、

社員が2,400円パートが1,200円…」


ぶつぶつと独り言を言っていることに気が付いた。

だが気にしない。


「この3時間でざっくり10,000円の利益か、

ここからさらに電気代とかを引くと…」


超ギリギリじゃん!

「黒ちゃん、経営って難しいねぇ」


それでも、動かさないよりかは動かしたほうがいいのだろう。


「これ、持ち込みOKなカラオケとかどうやって利益だしてるんだろうな」


黒川の言う通りだ。

絶対料理、酒の注文なんか来ない。


そして料理が届いた。


黒川はさりげなく二人分に分けた。

「おんちゃん、ごちになります!」


こら!と言いたいところだが、もちろんお店の経費に充てる。


「ていうか私こんなに食べれないけど??」


黒川はすでに箸を手に持っていて私の声など届かない。


黒川の試食が始まった。

あ、キュウリ、おいしい。


「このキュウリの弾力やシワ付き方、

から揚げのところどころ空気が入る噛み応え、

そして引き締まりすぎたこの鮭は…」


そしてお米を口に運んで一呼吸。


「間違いねえ、全部冷食だ」

「だろうね!わかっていたけどね!」


このスタッフの数で本格的な手作りの料理が出てくるわけないわ。


そもそも来るかもわからない料理の注文に、

そんなにクオリティを上げるわけがない。


引き算だ。引き算が完璧すぎる経営だ。


「改めて、物凄い良い勉強になったわね」


腕を組み黒川もうなずく。


「うちも冷食バンバン取り入れれば、

バイトでもいいわね」


黒川の視線が刺さる。


「おい!俺の厨房に冷食なんか持ち込むなよ!」


冷静になりなさいって。


「黒ちゃん、朝から晩までさ。

あなたを厨房に立たせるわけにはいかないのよ?」


あなたが倒れたらマジで終わる。


「いやしかしだな…」

「でも、本格的な料理を出すカラオケと言うのも、

差別化としてはアリよね…」


課題点だがチャンスになりうる。



何とかご飯を平らげた。

「まあ、せっかくカラオケ来たし、残り1時間歌おうよ」


私はデンモクを取る。


「うわー最近のデンモクすご!いくらするんだ…」


AIってなに、AIって!


黒川は黙って曲を入れた。


はいはい、それね。

まったく変わらないんだから。


私が子供のころに流行ったロボットアニメの曲だ。


黒川はノリノリで歌い始めた。


サビに入るので、私は黒川に宣告した。


「黒ちゃんさ、いい歳してまだこんな歌を一発目に歌うなんてさ、

だからいつまでたっても彼女もできないのよ…」


そして私は息を深く吸う。


「汚れた血で洗い流して~♪」

「汚れた血で洗い流して~♪」


アウトロで二人でマイクのスイッチを切りテーブルに置く。


「あのさ、おんちゃんだけには言われたくないんだけど」


やめてくれ、それを言わないでくれ。


そして私が入れた曲、

小学校の時に流行ったバトルアニメの曲が始まった。



ずいぶん日が延びたなぁ。


4月1日の空は、まだまだ遊べるよと言わんばかりに、

帰りましょうのチャイムが鳴ってもまだ明るい。


「あ、ゆずきちゃんだ」


黒川が指すほうを見ると、

高校の制服を着た三人組の女子高生がこちらを歩いていた。


真ん中に挟まれたショートカットのちっちゃいあの子は、

間違いない。うちの高校生アルバイトのゆずきだ。


いい大人が二人して高校生に近づくのはやばい。

じっと見つめて彼女がこちらに気が付くのを待った。


視線が交差する。

私たちは手を振って彼女に合図した。笑顔で。


はっとしたリアクションをし、

急に服装を正し始めた。


そして恥ずかしそうに会釈をして横を通って行った。


「若いねぇ」

思わず私の口からこぼれていた。


「おっさんの口癖だ」

隙だらけの黒川の横腹にご自慢のフックをプレゼント。


横腹をさすりながら黒川がつぶやく。

「あれ?でも春休みなのになんで制服なんだろう」


なにってそりゃ。


「吹奏楽の部活でしょ?」

「ああ、そっか。部活はやるか」


あの小さい身体でホルンを演奏するというのだ。


「潰されちゃわないか心配だよな」

「うんうん」


年頃の娘に余計な心配をしてしまう心に、

少しだけ老いを感じる二人だった。



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