第6客 新たな戦略
ホワイトボードで作ったシフト表。
私が小さいころに油性のマジックで書いた何とかってキャラは、
もう跡も残っていない。
乙姫
黒ちゃん
里中
みなみ
みどりさん
あやさん
たくろー
ゆずきちゃん
空白が増えていく。
「さ、流石に無理よね…」
物理的に人工が足らない。
こんな時は。
私は通信端末を操作した。
3コールで出なければ諦める。
「あ、黒ちゃん?」
「どしたん」
「今日暇?」
(ま、断らせないけど)
「いや~今日はな、デート…」
「嘘つけ、どうせ暇でしょ」
3コールで出るのが何よりの証拠だ。
「ちょっと付き合って」
黒川は一瞬黙る。
「それってば愛の告白ってことでalright?」
「セクハラされたってパパに言う。オーキドーキ?」
「わ、わかったって。どこ?」
「みなし休日出勤よ」
「賄い作ってもいいならいいけど」
「うん、許そう」
10分くれと言われて電話を切った。
そしてやってきたのは20分後。
「遅刻」
プライベートがルーズだから彼女出来ないのよ。
「あの10分は俺の身支度の10分だったんだ!」
また言い訳ばっかり。
「それに、社長出勤するお前に遅刻とか言われたくねぇ!」
…そりゃ…あたしのほうがバツが悪い。
あははと苦笑いでごまかした。
「で、なんかあった?」
「実はさ…」
ただの思い付きだが、黒川に相談することにした。
「問題です!この世界でムーブメントを動かしているのは誰でしょう」
彼は腕を組み考え始めた。
「ん~~~メディア?」
私は腕をクロスした。
「正解は、女です。女は女でも主婦が世の中のムーブメントを動かしています」
彼の表情は納得してない。
「では、世の中の経済を動かしているのは誰でしょうか」
黒川は即答した。
「投資家だべ」
Boo
「正解は…子育てが終わった年代から元気な高齢者…だという事に気が付きました」
黒川は指を鳴らした。
「確かに、言われてみれば財布のひもが緩い!」
いいね。
「そして、ド平日の真っ昼間に経済を回してくれる人物は誰でしょうか」
黒川の表情を見れば閃いたことがわかる。
「リタイアした人たちだ!」
私はパチパチと拍手した。
「正解!そんなあなたは冷蔵庫に入っているアイス食べていいです」
「この問題を出すために俺の積みゲー消化の時間を奪ったのか?」
あんた…こいつの嫁も子供も見るのは難しそうだな。
「そこで乙姫ちゃんが閃いちゃいました。」
いつの間にか黒川はアイスを手に持っている。
「この竜宮城で、モーニングカラオケサービスを取り扱えば、
おじ様おば様からのそれなりの収益を見込めるんじゃないかと!」
いいじゃんと黒川は言った。
しかし固まった。
「誰がやんだそれ」
「そこなのよぉぉぉ」
私はホワイトボードを指さした。
「私はキッチンとカウンター両方でしょ?社員枠の、
みなみはカウンター専属、黒ちゃんはキッチン専属、
里中君は掛け持ち社員だけどキッチン専属」
社員枠でそんな人員を割くことはできない。
「パート枠で、みどりさんはキッチン専属、
あやさんはカウンターと配膳だし」
パートも必要最低限の戦力。
「高校生バイトのたくろう君とゆずきちゃんはそもそも無理だし…」
アルバイトは時間帯的に論外だ。
そして黒川も口を開く。
「ほぼ追加投資無しでできるからやってみる価値はあるが…」
おもっくそ労働基準法を違反する勤務時間になってしまう。
「おんちゃんさあ、これは全体ミーティングで聞いてみんべ」
それしかないわよねぇ。
「でもさ、良い案でしょ?」
「まね。この条件で、試さずに潰すのは勿体ないな…」
沈黙が続いた。
黒川はお腹空いたと言って厨房に入った。
私はカウンターに座り、ノートを開く。
「カラオケメインで回すとどれくらいスタッフが必要なのかな」
時間は9時から17時まで。
17時からは夜営業…つまり通常営業。
普通のカラオケボックスと違うのは、
部屋が圧倒的に少ないことだ。
3階の大広間が2間、
2階の個室が8部屋。
「受け入れは10組までか…」
あ、カウンターカラオケはいつも通り野良客として低料金設定にしてしまおう。
カラオケボックスとの差別化するならば、
うちにできる強みはなんだ?
「値段しかないよなぁ」
あ、良い匂い。
1時間の利用料とフリータイムの利用料、
あれ?相場いくらぐらいなんだろう。
ごとんと目の前に黒川ノーマルが置かれた。
「おいしそー」
そんな横に黒川が瓶を置いた。
ぴらぴらっと札が見えた。
「ちょっと!それ誰のキープ?」
コップに氷をこれでもかと入れながら黒川が言う。
「松橋の」
「お友達のじゃん!平気なの??」
ちくってやろう。
「最近こねーし、ばれねーべ!
ボトル入れたの忘れてんじゃねーん?」
そんな事言っている間に黒川ハイボールが2杯出来上がった。
かんぱーいという黒川に対し、
私は無言でグラスを重ねた。
さっと一口通す。
「ねえ、うちで昼カラオケをやるメリットって何だと思う?」
一杯目をあっという間に飲み干した黒川は言う。
「コストか部屋の広さしかないよなぁ、機器は古いし」
そうですよね。
「カラオケの相場って知ってる?」
顔を横に振る黒川。
だよね。
私は近くのカラオケボックスのホームページから値段を調べた。
こっそりノートにメモを取る。
「スタッフ4人いれば回ると思う?」
「平日なら多分余裕じゃないか?」
受付・配膳 1人。
配膳・ドリンク 1人。
ドリンク・キッチン 1人。
キッチン専属 1人。
とノートに書いてみせた。
「…わからん!」
ですよねぇぇ。
時間給はパート1200円×3人、社員2000円×1
1時間約6000円が最低経費。
10時~17時 7時間×6000円 42000円が超最低人件費…
なんだか採算とれるのかわからなくなってきた。
「改めて思ったんだけどさ、
運用するための料金設定って難しいね」
これはもう。
「敵情視察いこうよ」
黒川はガタンとグラスを置いた。
「いくか!」
あんたそれ何杯飲んだ?
私も二杯目を飲み干して竜宮城を後にした。
そして私たちはとある結論に至った。
激安カラオケどうやって運用しとるんじゃ!と
路地を歩いてふと視線を右に向ける。
「あ、みて黒ちゃん!遊具変わってるよ」
この公園で日が暮れるまで遊んでいたことを思い出す。
「あ、いつのまに。ブランコもないじゃん」
変わらない場所のはずなのに、
なんだか全然知らない土地のようだ。
端のベンチに座る、縮毛矯正をした、
シュッとストレートのクリーム色の髪の女性。
「あ!あやさんだ!」
ベテランパートのあやで間違いない。
私と黒川はあやの元へ向かう。
黒川は人差し指を口に当てて私に黙ってろと合図をする。
「わっ!」
「ひゅいいい!」
ひどい男だ。
それにしても良いリアクションだったよあやさん。
「びっくりした。なんだぁバカ大河か。
乙姫もいるのか。ああびっくりした」
「あやさん、なにしてんの?」
ストレートだな。
この男は本当にデリカシーがない。
「なにって、仕事も休みだし、今は春休み中だからね。
子供たちと遊びに来たのよ」
あやの指さす方向には、
遊具で遊びまわるお姉ちゃんのりさちゃんを追いかけまいと、
一生懸命よじ登る弟のまさと君。
「あ~そっかそっか。春休みね。懐かしい響きだわ」
春休みの記憶がこんなに薄い理由はなんだろう。
やはり新生活への期待と不安から、
休みの間は覚えていないだけなのだろうか。
「橋本は仕事か?」
「黒ちゃん、橋本君は土日休みでしょ?」
お友達でしょ?
「ってあんたたちさ、もしかしてこんな真昼間から飲んでるの?」
あ、そうだ!
「あやさん、さっき黒ちゃんが橋本君のボトル飲んでたんですよ」
「あ!おまっ!お前も飲んだだろ!?」
あやはケラケラ笑う。
「いいよ別に、旦那のお小遣いだしさ、
もうボトル入れてることなんて覚えてないよ」
橋本君の名前が出てくると懐かしく思えてくるのは、
この顔ぶれだからだろうか?
あやさんは、黒川の友達の橋本君と結婚した。
元々二人は竜宮城で社員とアルバイトという関係で出会った。
「そういえば、ジャングルジムのてっぺん登って、わっはっはって言って、
降りられないって泣いていたよなおんちゃん」
し、失礼しちゃうわね。
「黒ちゃん、それお姉ちゃん」
「あ、あれ?そうだったっけ?」
私はそこまでどんくさくない。
「じゃあ、石で遊んで詰まらせて怒られたのって…」
「それもお姉ちゃん!ちょっと!人の歴史を勝手に改ざんしないで!」
私はそんな馬鹿なことやりません。
「あれ?じゃあ花火で遊んでたら消防車が来たのって…」
「あ、いや、その…それは私…」
あやが爆笑する。
「一番迷惑かけてるの乙姫じゃん!」
「いやいや、これこそ黒ちゃんと橋本君が教えてくれた遊びじゃん!」
年上について行くとろくな目に合わない。
「おんちゃん、そろそろいくか?」
そうねとベンチから腰を上げる。
「また飲みにいくの?」
「ちーがーいーまーす!敵情視察です!」
遊びじゃないの。
「しかしお前たちいつまでたっても仲がいいな」
「まあ、腐れ縁ってやつだ。な、おんちゃん」
そうそうと相槌を打つ。
あやさんと子供たちに手を振ってたくさんの思い出が染みついた公園を後にした。




