↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/20

第5客 あんな


私が25歳で、15歳から店の手伝いしていて、

その少し後にあんなちゃんがバイトで入ってきたから…


「10年近く主戦力として働いてくれたあんなちゃんですが、

今日で最後の出勤となりました」


大きな花束を持った彼女が、

皆の前で最後の挨拶をする。


「長い間御世話になりました。

乙姫がママになった時の創業メンバーを初め、

沢山の人やお客さんに支えられて楽しく仕事できました」


高校を卒業して短大に通いながら、

不安で頼りない私を支えてくれたのは、

他の誰でもない。あんなちゃんだった。


「30になって、新しいことにチャレンジしたくて、

私のお店を持つことになりましたが、

このお店で培った事を最大限生かしていきたいと思います」


拍手だ。

拍手で彼女の最後の花道を飾る。


「黒川さん、うちの店で掛け持ちしてもいいのよ?」

「ここ給料安いし、あんなちゃんのとこ行こうかなぁ」


シャレにならない。


「黒ちゃん、私が過労で倒れたと知ったらどうなると思う?」


そりゃあと黒川は言う。


「三枚におろされるな、おやっさんに。そりゃやばい」


こんなやり取りももうできないのか。


「それじゃ、今後あんなちゃんが安心して働けるように、

いつも以上に頑張りましょうか!」


今日もよろしくと伝えて解散。



あんなの最後を聞きつけて、

いや宣伝して、

沢山のお客さんが来てくれた。



ゲンさんや、ターさんはもちろん、

たまに来てくれるお客さん、月に1,2回来てくれるお客さん。


そんな馴染みのある顔で竜宮城が染まった。


「今日は貸し切りでいいわね、

みなみ、札かけといて!」


最後は常連も揃ってカウンターカラオケ部屋に詰め込んだ。


「これは試作メニューだから好きに食ってくれ」

黒川が持ってきたのはオードブル。


「コラ黒川!あたしの許可取ってから出しなさい!」

でも許す。


あっという間に時間が過ぎて、

お酒の注文ペースも落ち着いた。


「あんなちゃん、みんなの所に行ってお話してきて」

「え、でも私の仕事…」



「店長命令よ。いいからいいから」

あんなを客席に向かわせた。


ゲンさんは私の顔を見た。

もちろんOKだ。これぐらいいいでしょ今日はさ。


「ほらほら、最後なんだからあんなちゃんもよぉ、

歌っていけ」


「はいあんなちゃん。うちはカラオケ居酒屋だからさ」


マイクを渡した時に感じる違和感。


そういえばあんなちゃんって…

歌っているところ、見たことがない。



あんなは両サイドの髪と後ろをほどき、

長い髪を後ろで一本に束ねた。


本気ね!


選曲は実にあんならしい、

みんなで盛り上がれるような曲だ。



あんなは一呼吸。

最初の音がでる。


うそでしょ?


なんでも器用にそつなくこなし、

なんでうちに就職してくれたかわからないほど実は頭がいい。

細かい気遣いができるからあんな押しのリピーターがつく。


完璧に近い。

その彼女の歌は。


「がっはっは!あんなちゃんへたくそ!」

ゲンさんは大げさに手を叩く。


「あたし、だ~めなのよ歌だけは…」


笑う。笑うしかなかった。



閉店時間は待ってくれない。

このメンバーで働くひと時も終わりを告げた。


よっこらしょと立ち上がる、

そんなゲンさんを引き留めた。


「ゲンさん、お願いがあるんだけど、

しばらくあんなちゃんのお店に通ってあげてくれない?」


あんなが驚いた顔で言う。

「ママ、流石にそれは!」


「いや、せっかくのお店開くのに、

お客さんゼロじゃあねぇ?」


私が持たせられる花と言えばこれぐらいか。


「いや、ワシの決定権は?」

「ないわよ。だってゲンさんどうせ暇でしょ?」



その横でラストオーダーで頼んだ締めの一杯、

緑茶ハイをチビチビ飲むターさんをみて思い出した。


「あ、そういえばターさんてよくボランティア行くって言ってたじゃない?」

「ん?ああ、たまにね。

この間は奄美大島でウミガメの産卵地のごみ拾いしてきたよ」


ん~ロマンティックとも言えない。

何ともターさんらしい優しいお手伝いね。


「ということで今度のボランティアは、

あんなちゃんの開店準備だね」


「え?手伝ってくれるの?ターさん!」


仕事休みの日ならいいよとターさんは言っていた。


他のお客さんも、オープン日がわかれば行くよと、

あんなの門出を飾る。


その日はうちもお休みにしよう。



何も交わりがないお客さん同士が、

盃を交わせながら交流を深める。


このような体験ができるのも、

このお仕事ならではなのよね。


物思いに更けていると、

すっかり閉店時間だ。



お客さんを見送って、

私と黒川とあんな。


リング上で打ち合ったかのように、

ロッカールームでパイプ椅子に座りぼーっとしていた。



「そういえばあんなちゃん、開店準備進んでる?」


「なんとか目標にしていたGW前には行けそう」


稼ぎ時を逃してオープンというのはかなり痛手なスタートだ。

こういう場面でスタートダッシュを決めなければならない。


黒川はぼーっとたばこの先を見つめながら話す。


「スタッフさん集まりそう?」

「黒川さん禁煙続いてる?」


このスタッフルームは禁煙だ。


「まあなぁ、吸いたいって気持ちはもう起きない。

ただ、なんとなくたまに触ってみるんだ」


このたばこは5年前から1本だけ残したもの。


「なんだっけ、前の彼女には、たばこ臭いって言われて

逃げられちゃったんだっけ?」

「おい、人の過去をえぐるなよ!」


黒ちゃんはもう私にとってみれば兄のような存在だ。

そして…。


「黒川さんもう独身コースだねこりゃ」


あんなちゃんは姉のような存在。


「お前たちだけには言われたくない!

あんなちゃん、

オープン日決まったら教えてな~じゃな~」


あんなから出てきた言葉は。


「はいはい、たっくさん飲んでね~お疲れさまー」


黒ちゃんがうらやましい。

どうしてサラっと帰れるんだ。



黒川と入れ替わりでドアが開いた。


「ママ、閉店準備終わりました」

「ありがとうみなみ!明日から正社員よろしくね!」


眠そうな顔をして頑張ります!

といい返事が返ってくる。


ホンワカした顔に似合わず、

キリッと仕事をする彼女。


本当にまじめでいい子だ。

そんなに歳は変わらないんだけどね。


「いや明日休みでしょ?このお店」

「そうだった。明日休みじゃん!」


こうやって引っ張ってくれるのもあんなの役目だ。



身支度を済ませたみなみは、

あんなに最後の挨拶をするようだ。


「あんなさん!大変お世話になりました!」

「みなみなら大丈夫、自信をもってしっかりね」


お疲れ様でーす!

と言ってみなみは出て行った。


私たちだけか。


「みなみちゃん…今までたくさん支えてくれてありがとう」

「乙姫、私も一緒にこのお店をやっていけて本当に良かった…」


話せない。

言葉が出ない。

それは私だけではなくあんなもそうだ。


この場を壊したのは年長者のあんなだ。


「ちょっと!私の葬式じゃないんだしやめてくんない?」

「それもそうだね。会えなくなるわけじゃないもんね」


私が高校生の時、あんなは大学生だ。

女の生き方の見本だった。


失恋した時、あんなちゃんの家でお菓子パーティーをして励ましてくれた。


成人迎えた祝いにたくさん飲んで二人してお店を休んだ。


あんなちゃんが失恋した時は、私の家で失恋パーティーしてまたお店を休んだ。


黒ちゃん失恋記念にお店で朝までバカ騒ぎした。


私の青春はいつもあなたがそばにいた。


「あんなちゃん…」

ぐっとこらえる。


「お店…上手く行かなかったらいつでも戻ってきてね」

「ぜってーこねーよ!!」


しんみりするのは私たちらしくない。


「じゃーねあんなちゃん。

落ち着いたらお店にも部屋にも遊び行くからね」


「そうやって男っ気がないから彼氏いないんだって」


余計なお世話だ。


「なんか最近説教増えたんじゃない?

だから男が寄ってこないのよ」


なんてことない。

いつもの会話だ。


「…おやすみ~みんなによろしくね~」


一度も振り返らずあんなは退店した。


「あんなちゃん…歌下手だったなぁ」


帰ってこない返事が頭の中に優しく響く。



夜の繁華街を歩く。

三人で飲んで帰る時がある。


今日はなんだか行きたい気分だが、

なんとなくばったり会ってしまいそうな気がして、

それがなんだかこそばゆいので真っ直ぐ帰ることにした。



目が覚める。


時計の針を見つめた。


「あああああおい。まだ7時じゃあねえかぁ」


だが私の瞼は全ての罪が許されたかのように、

とても軽やかだった。


「たまにはお散歩でもしようかなぁ」


早番の日でもこの時間帯には家を出ない。


いつもより1枚多く着て家を出た4月1日の朝。



アーケード街は黒い装束の人間が、

けたたましく駅を目指して歩みを進める。


それを後ろからぼーっと見つめる。


流れに逆らうのはとても気分がいい。

「みんながんばってねぇ~」


こんな優越感もたまにはいい。


そして私は散歩をつづけた。


ピークを過ぎれば街にはほとんどおじいさんおばあさんしかいない。


「ド平日を支えているのって高齢者よねぇ」


学生は学校、社会人は働いて、

主婦はそんなに、ばかすかお金を使えないだろう。


10人ほどのおじいさんおばあさんのグループが歩いている。


なんとなく目で追った。

そのグループはとある建物の前で足を止めた。


そして中に入っていく。

そのお店は、カラオケ店だ。


私はこの景色が何か違ってみえた。

時が止まるような感覚。


そして、天から脳天へ雷が落ちた。

そんな感覚。


「こ、これだ…これかもしれない…!」


私は腰を掛けていたベンチから立ち上がり、

お休みの竜宮城へ向かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。