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第4客 忘年会と新年会


ヒリつく夕礼。

既に汗を流している従業員もいる。


「今日から団体さんの宴会シーズンよ!」


場を引き締める。


「厨房スタッフは黒川さんの指示をよく聞くこと!」


男手は黒川、里中の二人、

そしてみどりさん、そして私。


「ドリンクはあんなちゃんカウンター専属!

みなみと、あやさんは個室と宴会中心で!」


それでもドリンクは足りないだろう。


「ゆずきちゃんは配膳、たくろうは皿洗いがメイン。

いつも言ってるけど、たくろうは高校生だから10時までに絶対に上がらせてね!」


総出だ。給料弾まないとね。


「私は厨房メイン。あんなちゃん、ドリンク滞留してたら私を呼んで」


それじゃ

「今日から頑張ろう!竜宮城開店!!」



いくらパパから仕込まれたといえ、

黒川の許可なしに包丁を握ることはできない。


彼の料理スキルは雲の上の存在だ。


おちゃらけて温厚な黒川も、包丁を握ると人が変わる。


「里中!ばかやろう油の温度管理してんのか!」

「みどり!シーザーじゃねえ!グリーンサラダだ!」

「乙姫!ばかやろうお前何年包丁握ってんだ!

そんなへたくそな三枚おろしがあるか!」


こんなのパワハラだ。

そんな事を言う人は誰もいない。


なにより、チームワークを大事にし、

実質彼がこの店を引っ張っている。

仲間思いの熱い上司だ。


それに彼の指摘は的確かつ端的だ。

余計な一言が入る時も多いが。



スラっとした体形、

容姿は間違いなくイケメンだ。


しかしこの男、まったくモテない。

多分ゲームオタクだからだろう。


不思議な存在だ。



厨房にあんなの声が響く。


「ご予約の鬼ヶ島ランドさん来ましたー!」


私は表に出る。


ぎょえ!

みんななんて図体してるんだ。


「予約していた鬼ヶ島ランドの鬼平です」

「はいお待ちしていました。三階のクジラの間へどうぞ~」


…

私は急いで厨房に戻る。


「やばい団体さん鬼族だったー!!唐揚げ大量に仕込んで!

米も追加で焚いて!炭水化物の仕込み平気?」


そしてカウンターに上がる。


「皆やばいの来たよー!三階席、多分めっちゃ飲むよ~~~」


案の定、

三階席からのコールは鳴りやまなかった。



ドアが開いた。


「1名様ご新規です」


あ、あのオールバックたしか…

「あ、ターさん!来てくれたのね!」


何だっけ、名字忘れちゃった。


「あ、どーも…なんか忙しそうだね」

「そうなのよごめんねぇ今日から繁忙期でさぁ」


といいつつカウンターに通した。


「1月中旬まで繁忙期料金になっちゃってまして、

落ち着いて飲みたいなら1月中旬以降がおススメよ」


と、ろくな接客が出来なかった。


そしてターさんはみなみの顔を見る。


「あれ?…君は…」


し、しまった!みなみが連れてきたんじゃないこの子…

みなみがターさんに近づく。


「あ!あのときはありがとうございました!

このお店が気に入って働かせて貰うことにしたんですよ!」


な、なんちゅうアドリブが聞く娘なのだ。

こんな優秀な人材をうちで社員として貰っちゃっていいのだろうか。


この場の接客はみなみに任せちゃお。

早々に厨房に戻る。



また鈴の音が来客を告げる。


あんなが暖簾をかき分ける


「ご新規様4人、まだカメの間が空いてるから通しちゃうよ」


あ、あんなさーんちょっと待って…。


「満席ね…わかったわ…オーケー」

「あとゲンさん来たよ」


いーなゲンさんは、

リタイアしてからさらに来客頻度が多い。



嵐のような団体客もタイムアウト。

肩で呼吸をしながら椅子に腰かける。


「みんな、お疲れ様…」


まだ初日だぜ?おい!


団体さんの取りまとめらしき人がレジに立つ。

「お客様がお帰りです」


ただ、このお会計の金額を見ると、

疲れも吹き飛んでしまう。


鬼が話しかけてきた。


「ここ、良い店だ。

知らなかったぜ、こんな店があるなんてよ」


60年以上やってるんだけどね。


「うちは団体OK,カラオケOK、お酒OK、

おまけに腕利きの料理人を抱えているんですよ」


本当に良い店なんだよね。


「今度また来させてもらうよ」


やりぃ!名刺渡しちゃおう。

確か予約の名前は…鬼平さんか。


「またお待ちしておりまーす!

ありがとうございました」


カウンター以外のお客様は全員帰ったか。


もう鬼族の団体は2時間までって時間制限設けようかな…。

いや、この金額見ると…うへへへ。


さて、厨房戻らなきゃ。



シンクのまえでいそいそと洗う高校生に声を掛ける。


「どう、たくろう、初めての繁忙期は。

っても今日はまだ初日だけどね」


スポーツ刈りのその髪の毛に雫が見える。


「店長。部活よりきついっす…」


いや、さすがに野球部の練習のほうがきついだろ。


「もっといいこと教えてあげるよ、

黒ちゃんに弟子入りしてご覧?

それこそ部活よりきついぜぇ」

「こら、未来有望な若者をいじめるな」


それは違いますぜ、黒川さんよ。


「あっしは今、若造に社会人の楽しさという物を説いているのだ。

な?たくろうも何だっけあの子、楓ちゃんだっけ?」

「あかねです」


ああそうそう。あかねちゃん。

何だって私の関係者は「あ」が付く人が多いんだ。


「クリプレにガールフレンドに買ってあげたいんでしょ?

サバンナダワサの財布」


はい~と照れる。

かわいいな高校生は。


「しかしあのブランド、イメージより可愛くないからな。

お値段がさ?だから頑張って働きたまえ」


これも社会人の楽しさってやつじゃよ。

若者よ。


「ところで里中君は彼女いないの?」

「いるわけねーだろ」


本人が答える隙を与えずに黒川が代弁した。


「あんたが言うなよ」

「お互い様だろ?」


そんな私たちにある人物が鉄槌を下す。


「あんた達、ちやほやされているうちが関の山よ」


流石最年長のみどりさん。

説得力が違います。


「とくに乙姫、選り好みしていると、

あっちゅうまに三十路よ!」

「みどりさん、聞き捨てならないわ!

チャランポランみたいに言わないでよ!」


みどりは間違えたと言わんばかりに手を打った。


「ゴメン乙姫、まずはあんなに言うべきだったかしら」


シーッ声大きい!


暖簾のほうを見ると、何者かが顔を覗いていた。


「マグロの間、刺し盛り、お願いします」

「は、はい~ただいま~」


鬼より怖いなんて口が裂けても言えないわね。



9時を回りようやくピークが過ぎた。

あ、閉店時間早めているの言い忘れてた。


カウンターの常連たちに告げる。


「あ、皆さんごめんなさいね。

1月中旬まで営業時間が変わっていて…ってゲンさん寝てるし…」


夜の10時半が閉店時間だ。

じゃないとみんなの体力が持たない。


たーさんは立ち上がる。

「そうか、また来るよ、乙姫さん」


「たーさん!ありがとうね!落ち着いたら裏メニュー教えてあげるわ!

うちのコックの黒川さんが作る絶品料理なのよ!」


特別待遇。

接客の基本だ。



それからもこの繁忙期の中、

たーさんは何回か足を運んでくれた。


順調すぎる。

と感じてしまうのは繁忙期だからだ。


繁忙期を終え、どのようにお店を盛り上げていくか。

そんなのこんな忙しい日々に考えることはできなかった。



本格的な寒さが襲う。


繁忙期に見た驚異的な売り上げも、

1月の中旬になると、やはり不安になる。


寒いせいだきっと。


「あんなちゃん…今日の売上…」


あんなは電卓をみせてきた。

無言で。


かっ

言葉が出ない。


「やばいわね…」


とても人には見せられない数字だ。


「あのねママ…こんなタイミングで言うのもなんだけど、

相談があってさ…」


あんながこんなに困った顔をしているのは初めて見た。


「え、何かあったの?」


実は…と彼女の口から出たのは。


「私…竜宮城…辞めようと思っているの…」



視界が遠のく。

不思議な感覚だ。

カメラが引いていくみたいな。


そして視界が少しぐらついた。


「あ、給料少なかった?」

何て聞けばいいかわからなかった。


「いや、違うの」

「もしかして嫌になっちゃった?」


あんなは首を横に振る。


「私はこのお店好き。お客さんも従業員も、でね」


あんなの口からこぼれたのは…


「私も…自分のお店をもちたいなって。

ずっと考えてたんだ。ここでの日々が募れば募るほど、

その気持ちも強くなった」



そんな気がしていた。

彼女はきっと自分のやり方で店を回してみたい。


そう思っていたはずだ。


「そ、そうか!その志、ママとして、従業員が言ってくれるのはうれしいこと」


本心だった。


誇らしい。

鳥はいずれ巣立つものだ。


その巣立ちを見届けたような気分だ。


「具体的に…計画はあるの??」


あんなは静かにうなずいた。


「4月から…黒川さんみたいな料理人はゲットできないと思うから、BARをね。

実はもうテナントも見つけた。隣駅だけどね」


あと二か月ほど…


今は考えられなかった。


何を考えていいのかわからなかった。


そして追い打ちをかけるように、

売上が私を焦らせる。



どうすればいい。

どうすればいいんだろう。



あんなちゃんが店を出せば、

間違いなく負ける。


いやちがう。

そんな事を考えたいんじゃない。


あんなちゃんがいなくなったら、

どうやって繁忙期を乗り切る?


新たな手を打ち出せず、

とうとうあんなが在籍する最後の日を迎えてしまった。



そして、私が考えたあの危うい接客は、

年の瀬の忙しさと共にすっかり忘れていた。


後々に気がついた。

リスクに対して集客効率が悪すぎると。


なので、このお店のブラックボックスに閉じ込めた。


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