第3客 ターさん
ガントチャートとは本当に便利だ。
私は見てきた。
年の瀬の宴会の乱。
おばあちゃん、おじいちゃん、
そしてママもパパも。
みんな血眼になって方眼紙にちっちゃい文字で、
書いたり消したり書いたり消したり。
それが今ではクリック一つで簡単に予定を変えられる。
だがそれでも。
「ママ!金曜日、マグロの間、20人追加!」
「は、はいはいぃぃ」
いくら可視化されても、
消しゴムも鉛筆も不要でも、
予定の組み換えは詰将棋のような物だ。
「稼ぎ時稼ぎ時…」
予約の工程考えるより、
遥かに当日回すほうが大変なのに。
いまからこんなに疲れていて私大丈夫??
「ご新規様2名来店でーす」
「いらっしゃいませー」
テーブルから声をだす。
さてと、一旦接客に行こう。
予約の組み換えは閉店後にやろっと。
見慣れたカウンターに立つ。
目の前のカウンターには見慣れた女性がいる。
眠そうな顔をくるんとした天然のカールが、
彼女の顔を隠したり開いたり。
みなみが客を捉えたようだ。
「いらっしゃいませ。当店のご利用は初めてでしょうか?」
さてと、ここは私の腕の見せ所。
「あら、彼氏さんとてもやさしそうな方ですね」
杓子定規だ。
やせ型の体形、特徴は特にない。
ただ唯一のポイントを上げれば、
顔に似合わないオールバックだ。
「あれ?お客さんどこかで見かけたような?」
うそだ。
「え?ああ、僕家が近いんですよ。
なのですれ違ったりしているかもしれませんね」
良い。好条件だ。
私は手と手を組んで、みなみに合図した。
手放すなと。
「お客様がお越しでーす」
おっと、これは普通のお客の合図だ。
やはり年の瀬だ、徐々に客が増えている。
本当に助かる。
だがどうせ西暦が刻まれれば、
切り捨てられた数字のようにバッサリと客は来なくなる。
1月の後半からは閑散期だ。
「あんなちゃん、厨房手伝って。ドリンクは私がやるね」
忙しい。
いい、とても良いわ。
充実しているわ。
暇な時間を過ごすほど苦行は無い。
全く時計の針が進まないのを目の当たりにすると、
眠気や心配事で気が狂いそうになる。
時計は10時を指そうとしている。
みなみを上がらせなきゃ。
私は腕に指をあてて合図する。
「あ!私もう帰らなきゃ汗
今日は楽しかったです。ありがとう」
オールバックが言う。
「駅まで行けそう?」
「うん!この先左で、3本目の道を右だよね」
「そうそう。気を付けてね!僕も楽しかったよ」
みなみは店を出て、
裏口から店に戻り着替えて帰った。
この人…まだいてくれている…。
絶好のチャンスね。
「お兄さん、一曲歌わない?」
私はマイクとデンモクを持つ。
「あ、でも別料金…」
「初来店のサービスよ!奥の部屋に来て」
そこはカウンター付きのカラオケ個室。
常連たちはここでわいわいやることが多い。
今日の客は…相変わらずゲンさんだけだ。
彼にデンモクを渡した。
彼が選曲したのは、
5年ぐらい前に流行ったロックバンドの曲だ。
歌唱力は普通だ。
お酒を飲んでいるからか、
エコーが強烈に効いているからか、
リズムが崩れる。
よくある現象だ。
しかし、彼は今日一番楽しそうな顔をしている。
この顔だ。
歌ってスッキリしてこの顔を見るのが、
子供の時から好きだったんだ。
絶対にこのお店を守りたい。
「うまーい!いい曲ですよねぇ!」
彼は嬉しそうに好きなんだと言った。
上機嫌になったからか、彼が語りだした。
「いやーいいですねこの店。僕気に入っちゃいました!
なんとなく入りづらい雰囲気を感じていたんですよ」
聞きづてならない。
入りにくい雰囲気…深堀する必要があるわね。
「そう言ってもらえて本当にうれしいです。
あ、私この店のママの乙姫です」
しれっと名刺を渡した。
「あ、ありがとうございます。
僕は浦島太郎です。」
名前ゲット!
「たーさん!覚えましたよ!
たーさん、またお店来てくださいね!」
時刻はいつの間にか0時に近づいていた。
さて、閉店のお時間だ。
「ゲーンさん!起きて!帰る時間よ」
全くこのじーさんは。
まあ嫌いじゃないんだけどさ。
そして閉店作業を従業員に任せて、
私は詰将棋を始めた。
スタッフルームに戻ってきたのは黒川だ。
「あ~ダメだ、明日の昼はこれない。黒ちゃんゴメンね!」
「おんちゃん知ってるか?寝不足は女の敵なんだぜ。
おつかれー」
知っとるわ!
結局家に着いたころには、
太陽さんとご対面していた。
一瞬だった。
布団に入って、一瞬。
けたたましいベルが私を一瞬で現実に連れ戻した。
でも今日頑張れば明日はお休み。
繁忙期前最後の休み。
「っしゃー!」
私はシンク下の扉を開けて、
タウリンがなんとかmgとか書いてる瓶の蓋を開けた。
あ~花の20代、こんなおっさんみたいな過ごし方して良いのかな…。
「彼氏ほしい~甘えたーい!」
一気飲みしてゴミ箱にポイ。
黒ちゃんに任せっぱなしだし、
さっさと行くか。竜宮城に。
平日にアーケード街を歩くのは優越感。
みんな缶詰めになってPCと睨めっこしている中、
真冬にアイス食べながらほとんどおじいちゃんおばあちゃんしかいない、
この道を歩くのが私の至福である。
「ま、これから出勤なんだけどねぇ」
憂鬱である。
「黒ちゃんおはよ~アイス食べる?」
黒川は包丁を砥いでいる。
「誰がこの糞寒い日に食べるかよ」
今私のことをバカにしたな??
「店長からの差し入れを断るのかい?ええい?」
「あんなちゃーん。パワハラうけてまーす」
黒川は私にとって兄のような人だ。
家は離れているが、父親同士が知り合いで、
そのコネでここの料理人となった。
料理の腕は父からみっちり仕込まれた。
それこそ幼い時からだ。
「おんちゃんさ、そう言えばおやっさんは元気にしてんの?」
うちの両親はどーしてもイタリアでお店を開きたいと、
夢を叶える為に高校を卒業した私を置いて旅立ってしまった。
それは別にいい。
二人で仲良くやってほしい。
「なんかね、繁盛してるらしいよ!」
それこそ、料亭並みの腕前と知識を持ち合わせている。
黒川もそのスキルを仕込まれた。
「まあ元気そうなら何よりだ。
乾燥トマトとか俺が調理するようなお土産はやめとくれ!
と言っておいてくれよな」
自らの親よりうちのパパから怒られている。
師弟とはそういう物なのだろうか。
雑談を楽しんでいるなか、
あんなが私の肩を叩いた。
「ママ、あのさ…実は…」
一本の電話が鳴る。
「あ~予約だきっと。ごめんねあんなちゃんまた後で!」
こりゃマジで三が日まで休みは取れないな。
嬉しいのやら、悲しいのやら…
夜の9時を二つの針が知らせる。
「ゲンさんゲンさん」
黒川が暖簾から顔を出すのはそう多くない。
「ゲンさん、今日は賄スペシャル出せるけど、
食うかい?」
常連限定メニュー、通称黒川スペシャル。
お腹をさするゲンさんが言う。
「ん~今日のは丼?丼ならいただこうかの」
「丼だよ丼、山さんと川さんは食うかい?」
黒川は3本指を立てて厨房に帰る。
丼もので1,200円と聞くと少々高いのかもしれない。
だが、今回のはスペシャルだ。
黒川がスペシャルと言い切ったときは、
本当にスペシャルな賄だ。
きっとイイネタが入ったのだろう。
私も食べたい。
よし、どんな賄か見てこよう。
暖簾をくぐった。
「里中、シマ捌いてみろ」
「は、はい!」
黒川先生の社員教育だ。
それにしてもシマアジ仕入れたのか。いいなぁ。
「あとみどり、今日の酢の物、絶妙だ。
最近味付けが安定してきたな」
「あらぁ黒川君に料理を褒められるなんて、
なんだか照れちゃうわね」
みどりのふくよかな笑み、
本気で喜んでいる顔だ。
黒川に包丁を握らせると人格が変わる。
甘えを一切許さない、この誉め言葉は高度なレベルでほめている証拠だ。
「乙姫、お前もサボってるとこいつらに抜かれるぞ」
受けて立ちたいところだが、
私はこのお店を回さなければならないのだよ。
「里中!おせえ!身に熱が入り過ぎちゃうだろ!」
あ、スパルタに入った。パパの影響ね…がんばれ里中君。
「里中!速くすりゃいいってもんじゃねえ!身がのこってんじゃねーか!」
いやいや、それは合格ラインじゃないですか?黒川先生…
そう言えば彼は将来どうしたいのかな?
指導が終ったら聞いてみよう。
捌かれたシマアジは賄ではなく昆布締めして翌日のネタに使われた。
指導しながら賄を作るという神業を見せつけられ、
あたしたちもまだまだねと、スタッフルームのネタとなった。
「そういえば里中くん、あっちのお店ではどうなの?」
彼はこの店と掛け持ちして働いている店がある。
「中華も奥が深いんですけど、やっぱり黒川さんには叶わないっす…」
社員扱いだが、変則勤務を取り入れている。
これも働き方を考える現代的な対応だと私は思っている。
「いやいや、黒ちゃんが厳しすぎるんだって」
それを凌ぐ鬼軍曹だったパパっていったい…
「うちもランチできたらね、
専属でシフト入ってほしいんだけど…」
ランチ営業は私がこの店を継いだ時で辞めてしまった。
「でもまあ今は、がむしゃらに黒川さんから学ぶしかないです」
今時ガッツのある男の子だ。
みなみと同い年だし、みなみもいい子だし、
この年代の子は大当たりね。
「じゃ、お店閉めましょうか。
みなさんお疲れ様。気を付けてね」
従業員が全員外に出たのを確認して、施錠した。




