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第19客 竜宮城


「え!?ちょっと愛姫(えひめ)おねーちゃん!?

なんでいるの!?」


何年ぶり!?

てかそこでなにしているのよ!


「あ、乙姫、あんたぶっ倒れたんだって?

大河から聞いたよ」

「ちょっとお姉ちゃん、今までどこで何やってたのよ!」


死んではいないとわかってはいたけど。


「え?パパとママにはOLやってるよって言ってあったよ?」


あのクソ両親共め…。


「ってそうじゃなくて!なんでカウンターにいるのよ!」

「え?私だって調理師の免許持っているじゃない」


そこじゃない!

はあ、全く、この人はいつでも破天荒なんだから。


コツコツと、

階段から誰か降りてくる。


「いらっしゃいませ~」

聞き覚えのある声だ。


「よお、乙姫、退院おめでとう」

「あんなちゃん!?なんでここにいるのよ!」


あんた自分のお店は!?


「マグロの間、もってって~」

奥から黒川の声が聞こえる。


暖簾をくぐって出てきたのは…


「あ、乙姫ちゃん、退院したんだね。もう大丈夫?」

「タ、ターさん!?なぜそこにいるの?」


何がなんだかわからない。


「…疲れた」


私はカウンターに腰かけた。


「どうなってんの?

とりあえずお姉ちゃん、ヘルシーランチ頂戴」


夢でもみているのか。


「大河~乙姫がランチくれだって」


暖簾がばさっと舞う。


「乙姫、予定日より早いじゃん!?もういいのか?」

「うん…心配かけてごめ…じゃなかった。ありがとうね」


黒川は表情一つ変えることなく言う。


「ランチ大盛り?」

「いや、小盛りで」


がってんがってん といい奥に消えていった。


「ところで…まずターさん、なにやってるの?」

「え?ああ、ボランティアっていうかバイトだよバイト!

このお盆休みの期間だけね」


そうか、でも常連にバイトを頼むとは、

情けないというか、都合がいいというか…


「で、あんなちゃんはなぜここに?」

「ん~副業だよ副業。あ、わたしそろそろ自分の店の時間だから帰るわ」


あんなはエプロンを脱ぎ始めた。


「あんな~今度遊び行くわね」

「はいはい、待ってますよ愛姫さん。じゃーね乙姫~」


手を振って見送ることしかできなかった。


「んで、お姉ちゃんはなぜここにいるの?」


ん?と得意のイタズラ好きな顔で見下ろす。


「大河から可愛い妹が倒れたって聞いたから帰ってきたのよ、

ちょうど仕事も辞めた所だったし」


…え?


「仕事辞めた?」


嫌な予感しかしない。


「あーしにはOLは性に合わなかったのよ。

みんな頭固いし、融通効かないし…」

「お姉ちゃん雇う余裕ないわよ?」


え?と表情が高まる愛姫。


「最近色々と忙しくなってきたけど、

お姉ちゃんを雇う余裕はまだありませんよ?」

「そ、そんなぁ妹よ、そんなこと言わないで!

いいから、みなみちゃんにこき使われてもいいから」


なによその交換条件…


「履歴書持ってきなさい。まずはそこから検討します」

「鬼!お姉ちゃんが路頭に迷って、身を売って、

一人寂しく死んでいってもいいの!?」


いままでもちゃらんぽらんに生きてきたではないか…


「はいお待ちどうさま」


黒川が運んできたランチはとてもいい匂いがする。

あ~病院食じゃない!おいしそう!


「いただきます!」

「ねえねえ大河、聞いてよ!乙姫がまずは履歴書もってこいって…

幼馴染として助けてよん」


いやあ~と口を開く黒川。


「うちのママはおんちゃんだしな、

そこは姉妹でじっくり話し合ってくれ。さ、仕込み仕込み」


あ、逃げた。

すると裏口が開く音が聞こえた。


「おはようございます。…あ、ママ!もう大丈夫なんですか?」

「あ、みなみ…」


なんて言おう。なんて言えばいいんだろう。


「みなみ、不在の間ありがとう。

本当に助かったよ。さすが期待の新人だ!」


彼女はその眠そうな目から大粒の涙を流す。

「私が…私がもっとしっかりしてれば…

もっと頼ってくださいよ!乙姫さん!」


この子ったら…本当にいい子なんだから…


「どうする?おんちゃん、いつから復帰する?」

いつのまにか黒川がカウンターに座っていた。


「うん…じゃ…予定通り木曜日から復帰するよ。

私さ、今日実感したんだ」


気が楽になった。


「私がいなくてもさ、ちゃんと竜宮城が回ってるんだなって、

今日初めて知った。それだけこのお店が愛されてるんだって…」


おばあちゃん様様だ。


「そう実感したら、正直ちょっと気が楽になった。

ごめんね?私何かずっと焦っていたみたい。

売り上げが落ちて、ランチ辞めて、

ちょっとグレーな接客をして」


才能がない。

実力もない。

怖かった。

このお店をつぶしてしまうのが。


「でも、このお店の歯車は私だけじゃない。

改めて…いや初めて気が付いた。みんなありがとうね」


お姉ちゃんが布巾を渡してくれた。

涙をぬぐう。


「ちょっとお姉ちゃん、これ生乾き臭がすごいんだけど…」

「あ、あははゴメンゴメン」


もう!拭いちゃったじゃん!バカお姉!!!



残り3日か、思わぬ休暇だ。


家でご飯を食べていると、玄関が開いた。

「だれ?」


怖くてリビングから動けずにいたが、

「ただいま~」と声が聞こえた。


「はい?お姉ちゃんここに住むの??」

「え?そうだけど?」


あ、いやまあそれはいいか。

ここは実家だもんね。


「あれ?もしかして部屋が片付いていたのって、

お姉ちゃんか!」


うんうんと頷く。


「それにしても、なんで電話の一本もくれなかったわけ?

お姉ちゃん寂しかったよ…」


いや。


「あんた機種変した時にあたしに電話番号教えてないだろ」


私は電話帳に登録されている番号に電話をかけてやった。

「この電話番号は現在使われておりません」

これはなんじゃこれは。


あははは。

じゃないのよ!




二週間ぶりにここに立つ。

私は今までいったい何杯お酒を作ったのだろうか。


「はぁ、もう11時か、仕事していると時間すぎるの早いわねぇ」


カランカランと鈴がなる。


「いらっしゃいませ~何名様ですか?」

「二人です」


主婦が二人、カラオケかな?


「何時間のご利用でしょうか?」


お客さんが首をかしげる。

どうしたんだろ。


「あの、私たちランチ食べに来たんですけど」


ランチだけのお客さんか。

「そしたらカウンター好きなところ座ってください」


ん~そういえば最近ランチだけのお客さんも結構来たりするなぁ。


ひそひそと何かを話している。

「里中くんいるかな?」


もしかして、ヘイチューブ視聴者だろうか。

ヘイチューブ目当てのお客さんは多分初めてかもしれない。


黒川がサラダを持ってきた。

「へい、シーザおまち」

「あ!本当に黒ちゃんよ」

むむ、なんだろう。

他の人に黒ちゃんと言われるとむず痒い。


「あ、あの黒ちゃん!今日は里中くんは…」


まじか、里中くん押しなの!?


「あ~里中は今日は遅番だよ」

「なんだ~でももしかして今日のランチって、

黒川スペシャルなんじゃないの!?大当たりだ!」


黒川スペシャル!?

そんな名前でランチを提供したことはない。


噂が一人歩きするとはこのことか。


また鐘の音が来客を告げる。


「すみませ~ん、ランチ二人です」

あれ、またお客さんだ。


またまた鐘の音が。


あれ?満席になってしまった。

そして鐘の音。


うそだろ!?


「おーここだここだユウト、竜宮城って店だ」

「楽しみだな!カズキ!」


あれ?兄弟…にしてはあまり似ていない。


「すみません黒川スペシャルってありますか?」

「え?黒川スペシャルですか?少々お待ちください」


揃いも揃ってみんな黒川スペシャルと言う。

これは常連しか知らない単語よ?


「またスペシャル!?なにごと!?」

と黒川が顔をだす。


おはようございますとみなみが出勤してきた。


「あ!ユウト、本物のみなみちゃんだ!」


どうした!?視聴者さん一斉来店!?


あっけにとられている間にお客さんから声をかけられた。


「もしかして、姉御ですか!?」

「姉御じゃないわよ!ママとお呼び!」


はっ!しまった!条件反射で。

おっと、そうだ聞いてみよう。


「あのお客さん、黒川スペシャルとか賄いスペシャルってどこで知りました?」


お客さんはスマホを操作して見せてきた。


「ミンナノミカタで見たんだ」


見せてもらった。

「これって…」


分かった!前に高校生たちに振る舞ったやつだ!

でもあれって結構前だよな…


そんなこと考えている間にまたまた来客。

これはまずい。


変な予感が告げる。

これ、まだまだ来るぞ!?


「みなみ!みんな引き連れて、

三階席をランチ受け入れる体制になんとかして!」


この日はあっという間に賄いの定員オーバー、

超緊急事態ということで、スーパーに夜用食材を買いに行った。



「はい、久しぶりの夕礼ですが…

私がいない間は誰がやってたの?」


黒川は腕を組み黙る。

するとその横でヌルッとみなみが手を上げる。


「私と、いないときは黒川さんが…」


そうか…


「じゃあみなみ、今日の夕礼先導して」

「えっ…わ、わかりました!」


彼女は前に出る。


「えーと、今日はカメの間とマグロの間、そしてクジラに予約入っています。

配膳は…」


緊張しながらもスラスラと指示を出す姿にうなずく。

私が思っていた以上にみなみは立派な一人前だ。


時計の針は天と地を差す。


「じゃ、黒川さん、上がりましょうか」


黒川はエプロンを脱ぎ里中の隣に立つ。


「里中、明日の仕入れは任せた。

お前に一任するよ、鍵持って帰るの忘れるなよ」

「う、うっす!!」


あの二人の関係も良好だ。


「じゃ、みんな、あとは任せた!

明日は私遅番だからよろしくね~」


振り向かずに更衣室に入る。



スタッフルームで黒川と並ぶ。


「なんだかさ、おんちゃんとこの時間に帰るのは久々じゃね?」

「そうね、私、早上がり自体久々かも」


私たちは顔を合わせる。


「明日はお互い遅番だし…飲み行くか?」

「そうね、あんなちゃん所電話してみる。

仕方ないからお姉も誘うか…」



猫が通れるほどの距離、

彼の歩幅に合わせることもせず、

私たちは駅に向かって歩いて行った。


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