第16客 決断の刻
チャイムの音で目が覚める。
「宅急便か。はいは~い、いま行きま~す」
窓から顔を出して居ますアピール。
しかし私は部屋は玄関から一番遠い…
でも模様替えもめんどくさいし、家具勝手には捨てられないし…
広いお家で羨ましいなんて言われるが、
二世帯というのはそれはまあ大変だったのだよ。
休みの日だって夏場は草むしりで半日潰れる。
そろそろ除草剤撒こうかなと考えながら荷物を受け取る。
受け取って気が付いた。よかった女性で。
手触りに違和感。何やら段ボールの質感が違う。
伝票を見ると英語で書かれている。
なにごと?
と最初の私なら思っていたが、
なんてことはない。
「今度は何を送ってくれたんだろうパパとママ。
イタリアのお菓子かな?パスタかな?」
ウキウキ気分で箱を開ける。
ごろっと何かが落ちた。
一つ一つ取り出す。
「なにこれ、乾燥トマトに、ポルチーニ、
それからそれからバジルに…
全部食材じゃねーか!!」
…
どうしよう。黒ちゃんにおすそ分けついでに作って貰おうかしら。
スマホを手に取る。
「あ、もしもし黒ちゃん?実はさ、イタリアの高級食材が手に…」
「嫌だね」
なん…だと?
「ちょっと人の話は最後まで…」
「おすそ分けつってどうせ俺に調理させるんだろ?
お前も調理師免許持っているんだからお前がやれ。
日持ちもするもんだし、じゃあな」
振り返る。
見られていた?盗聴?そんな訳はない。
からくりは単純。
この手のお願いをしょっちゅうするからだ。
「おんどれ黒川め…」
いや、災いの種は私だな。
仕方ない。
今日は休みだし、のんびりHey Tubeでイタリア料理動画でも見て、
自分で作るか。あ、パスタがない。
「あとで買いに行こーっと」
スマホを眺めるとひとりでについつい口に出してしまう。
「今日は簡単美味しい本格ペンネを作っていきます。
まずフライパンの粗熱を取って…」
「粗熱を取る調理方法のどこが簡単なのよ」
工程は簡単かもしれないが、
こんなの一般家庭で作る時間は…
動画…どうが… ん~…!
久しぶりに味わったこの感覚。
脳天からつま先まで電気が走る。
その電気信号で足が自然と動く。
気が付いたらインターホンを押していた。
「は~い黒川ですが」
「黒ちゃん、私、入れて」
流石の私も鍵までは持っていない。
「わたしわたし詐欺が最近流行っているって聞きますからね、
わたしを装って家に入りただ飯食らうなんていうのも流行っているらしいですよ」
「悪かったわよ。いいから入れて」
本当にねちっこいんだから。
だからモテないのよ。
鍵の開く音が聞こえるなりドアを開けた。
「どうしたの、失恋した?ってほらー!
またその袋、パスタっぽいの入ってんじゃん」
「ちが、これはたまたまなの!」
もう面倒だ。無視。
テーブルに買ったものを置くなりスマホを見せつける。
「ど、どしたの」
「見てこれ」
本格ペンネの作り方の動画を再生させる。
「ほら俺に作らせるつもりじゃん」
「ちーがーうの!よーく見て!」
私のスマホを取り上げ、じっと見つめる。
「この動画の人、プロだな。手が完全に料理人の手をしてる」
それよ。
「これよ!これやろうよ!!」
「竜宮城でイタリアンだすの?」
ちゃうわい!
「HeyTubeよ!動画投稿しようよ!」
ぼけーっとした顔の黒川が言う。
「なんの?カラオケ自慢の?」
「のんのん。あなたよ、あ・な・た」
ようやく私の要求を読み取れたのか、
ひきつった顔をする。
「い!嫌じゃ!」
「黒ちゃんにしかできないと思うの!」
それでも黒川は顔を横に振り続ける。
はあ、仕方がない。言うか。
「モテるわよ」
黒川の顔の動きが止まる。
「ヒットしたら女の子からモテモテよ。
脱独身の日もそう遠くはないわ」
黒川は立ち上がり私の買い物袋を持った。
「乙姫さん、せっかくだし御馳走するよ。
なーに、他の食材も持ってきてしまいなよ。
そして皆にまた配ろう」
ちょろいやつ。
ルンルン気分でフライパンを振るう黒川を横目に、
お店の経費で、ビデオカメラと編集ソフトを買った。
乾いた大地をしっとりと保湿する今年の梅雨。
店内にパリーンと音が響いた。
「し、失礼しました」
やべー久しぶりにグラス割っちゃった。
倉庫から補充しとこ。
「あのーすみません」
ホウキでガラスを拾い集めている途中で声を掛けられる。
「はい、なんでしょうか」
「今日って賄ランチはないんでしょうか?」
…
このお客さん、見るの初めてだ…。
「申し訳ございません。
賄ランチは期間限定メニューだったんですよ」
「あらそうなの?とっても美味しいって佐倉さんに聞いたから、
ぜひ食べてみたいと思ったの」
主婦同士のコミュニティーってやつだ。
侮れない。
「申し訳ございません」
振り返り二階の階段に向かおうとするお客さんを止めた。
「あの…ランチ…食べてみたいですか?」
振り返ったご婦人は笑顔で言う。
「美味しいランチが手ごろに食べられたら、
それはもう素敵な居場所よねここは」
「素敵な…居場所…」
主婦は喋り続ける。
「ちょうどいいのよここ、個室だから周りの目を気にしなくていいし、
サブスクでちょうどいい時間過ごせるし」
よし。腹を決めろ。乙姫!
「毎日は無理ですが、何とか提供できないか、
検討してみます。ありがとうございます」
仕事だ黒川。
私はそそくさと厨房へ行く。
暖簾をかき分けターゲットを見つめる。
「黒川、ランチ、やれ」
「おやっさん…うっす!ランチの帰りをずっと待ってました!」
誰がおやっさんだ!
「里中、君にその気があるなら、フルでシフト入れ、
竜宮城は、ランチを復活させる」
「うっす!おやっさん、少しだけ決断のお時間をください」
だ~か~ら~。
「おやっさんじゃねぇえ!ママと呼べお前ら!」
「オッス!姉御!」
ランチ再開に向けて突っ走る。
こんなに簡単に決断していいのかはわからない。
人手も足りない。
データが足りない。
だが、タイムイズマネー
お客さんは待ってくれない。
絶好のチャンスを逃すなど私にはできない!
流石に火曜日の夜の客入りは少ない。
今日はがっつり新人さんに教え込めそうね。
「あきらちゃん、皿洗い終わったらこっち来てください」
「ういーっす!」
そうねぇ昼から夜への勤務だから、
何からマスターしてもらおうかしら…
「ママ店長さん!終わったっす!」
「え?もう!?」
シンクに向かう。
確かに全てのお皿が片付いていた。
だが、米粒や海苔がほんのり残っている皿もある。
「あきらちゃん、速いね、速いんだけどお皿はもう少し丁寧に洗ってほしいかな。
お皿の洗い残しがあるとね?クレームに繋がることが多いのよ…」
「う…ごめんなさいっす」
ただ皿洗いに慣れてないのにこの速度は見込みあり。
しっかり教えればいい人材になるねこりゃ。
ちょっと癖強いけど。
「じゃあ、ビールとかのお酒の注ぎ方からマスターしようか」
「うっす!」
うん。いい返事。
みなみと同い年なのに対照的なのが面白い。
しかしなぜこの若さでパートの仕事を選ぶんだろう。
「あきらちゃんはなんでパート希望なの?」
正社員で働けない事情でもあるのかな?
「あ~うち漫画書いてるんすけど、夜のほうが集中できて、
昼から働ける仕事探してたんすよ」
「え?漫画家!?」
このガサツさから上手な絵が書けそうには見えない。
「そーなんすよ!チビの時から絵だけは上手くて、
仲間内でくだらないことしていた時のことを書いてるんすよ」
ギャル漫画に需要あるのか!?
「まあでも、細々と何とか打ち切りにされず、
もうほんと首の皮一枚っす」
やっぱそうよね。
「ギャル漫画…ちょっと興味はあるけど、
大人気っていうのは難しいもんね」
バサッと開いた眼が私に近づく。
付け爪も外してきてくれて、根はいい子なんだろう。
「やっぱそうっすよね…売れないっすよね…」
あちゃちゃぁ。配慮が足らなかった。
以外のこの子はナイーブなのね…
「あ、でも良いと思うようん。一発屋にならなくてもさ、
なんかこう、感じる作品をたくさん量産する人もいるじゃない?」
いるのかしらんけど。
映画監督だってたくさん映画作るし。
「でしょうかね?でもここでの経験、
いいネタになるかもしんないっす!」
「うんうん!頑張って!あきらちゃん!」
彼女にとって充実する労働時間でありますように。
と一応願っておきましょう。
PCの中に入ってしまいそうなほど除きこんでいることに、
横の姿見を見て気が付いてしまった。
動画をここにぺって貼って、
アップロード押すだけだもんね。
ふ~ん、動画投稿って案外簡単にできそうだね。
「どったのおんちゃん、シフト悩んでんの?」
「ちゃうわい!動画投稿のやり方見てんの!」
あ、そうかチャンネルの名前か…
「チャンネル名は、黒川クッキングでいいか」
「安直だなおい」
「安直ですね、でもいいと思います」
よし決定。
「みなみ、どういう戦略で行けばいいか教えて」
こういうのは若い人に聞くのが一番だ。
「そう…ですね、まずはジャンルやターゲットを絞ったほうがいいです。
関係ない動画とかが流れると視聴者が離れていきます」
なるほど。
「それって、お店と同じね」
横でうなずく黒川。
「あとは、トレンドのアルゴリズムに載せるために、
あらかじめ数本動画を作っておいたほうがいいです」
あ、あるあるごん?
「最初の数日は毎日、
最初の二カ月は各週固定日で2,3本アップしたほうがいいと思います」
…つまり…。
「事前に撮りためて投稿したほうがいいって事ね?」
「そう言う事です」
そうか、出来上がったから、はいどうぞ、
というのではダメなのね。
「これはショートとかを使うとかなり戦略的に攻められます」
これは…
「うん。黒ちゃんをプロデュースするのは君よ、みなみ。
うちの黒川をよろしくたのんだ」
静かに黒川もお辞儀をする。
「き、厳しくいきますよ?敬語使えない時があるかもしれません」
「うん、私が許す」
敬語か、使ったこと無いかも。
「俺の意見は?」
「ない!企画はみなみに一任するのよ。
あんたはみなみの駒になればいい」
がんばれ!二人とも。
「そういえば収益化した時の俺たちの取り分って…」
ギクッ。
「君は今駆け出しのヘイチューバーに過ぎない。
まずはがむしゃらにやりたまえ」
「おい、ちゃんと考えとけよ?俺を売るんだから」
バレてる。
「も、もちろんです。従業員は宝です」
そんな事言われたって、
ヘイチューブでいくら稼げるとか全然知らないもん!
ぎこちない撮影になったが、
一か月もしたころには流暢に喋れるようになる黒川であった。




