第15客 大黒柱
初夏の風が鈴の音を運び、
ついでにお客さんも連れてきた。
「いらっしゃいま…え?」
若い男女が入ってきた。
それにしても若い。
「おーなかなかええ雰囲気じゃの」
おっさん臭いセリフを吐く女の子を見る。
栗毛色のゆるふわカールの髪がなびく。
思わず見とれてしまうほど、とっても可愛い。
「信じられん、今テスト期間中だ。
カラオケなんか来る奴の気が知れてる」
あんたも入ってきてるじゃないか。
文句をいう男は、猫毛でスラっとした体形。
いや、細すぎないか君?
それにしても彼もかなりのイケメンね。
「よっしゃー歌うぞー!」
あなたは元気ね。
この中で誰よりも日焼けをして健康的な女の子。
あれ?この子達の制服って、
田舎県でもかなり偏差値高い学校よね…。
「おねーさんすみません。3人なんですけど、
部屋開いてますか?」
「あ~ここは居酒屋…」
って今は昼カラか。
「ちょっと部屋が満室で、
そこのカラオケカウンターでもいいかしら?」
まさか高校生が来るとは、
本当にお客さんの行動が読めないわ。
「全然どこでもオッケーです!
フリータイムの飲み放題で!」
また満室!やった!
あ、そうだ。学割とか導入しても…
ってまだ気が早いわね。
3人はカウンタに座りカバンから教科書とノートを取り出した。
「あ!学校に筆箱忘れた」
「お前は一体…言うだけ無駄か、ゴリラには」
元気な子がイケメンを睨む。
「ゴリラ上等!」
力コブを見せつけながら堂々たる姿って、
なんじゃそりゃ。
「じゃあミツキ、筆記用具貸して!」
「嫌じゃ!そいつから借りればええじゃろ」
良いじゃないかわいい彼女、貸してあげてもさ。
「ん~まあそうよね、ってことでテラス、貸せ」
返事を待たず筆箱から筆記用具を奪った。
「んじゃあ私からね」
「さっそく歌うんかい!」
元気な女の子がデンモクを操作する。
その横で黙々とイケメン君が筆を走らせる。
歌い終わるやいなやかわいい彼女に絡み始めた。
「ほら~ミツキも歌いなさいって」
頬にマイクを突き付けるかの勢いでマイクを差し出す。
というか、この三人どんな関係?
男一人女二人とハーレム状態だ。三角関係??
テレビに映っていてもおかしくないくらい、
かわいい彼女が選曲をしている。
「うあ~また塩麹マシュマロ?」
「だから年寄りと言われるんだ」
ぼそっとイケメンがつぶやく。
「誰がババアじゃコラ!」
イケメンは丸められた教科書で射抜かれた。
角当たったよ!?痛そう…
その後も歌ったり勉強したりと学生らしい事をしている。
というかなぜうちの店に来たんだろう?
「ねえねえ君たち聞いてもいい?」
筆を止め三人は顔を上げる。
こう面と向かってみればみんな容姿がいい。
「なんでうちのお店来てくれたの?」
イケメンが口を開いた。
「城はいい、城とはだれでも居座りたくなる」
ん~名前が良いってこと?
「ま~た意味わからないこと言ってバカテラス」
テラス君、尻に敷かれすぎじゃないか君は?
「いやの、なんかいい雰囲気じゃなって。古風で」
かわいい彼女、良いこと言ってくれるじゃないか。
「ヒカリ、いつまで精神年齢100歳超えているのよ」
なんちゅう突っ込みじゃ。
「なんかすみませんね、変な奴らばっかりで」
大丈夫、君も十分ヘンだという事は伝わっているわ。
「あのですね?駅前のダリーッスも満席で、
どこか良い場所ないかな~ってふらふらっと歩いてたら、
ここにたどり着いちゃいました」
酔っ払いの言い訳にしか聞こえない。
「若き者たちよ、腹は減ってないか」
ヌルッと現れ、私の横から黒川が話しかけた。
「え~、空いているけど…あんまりお金なくて…」
パラパラっとメニューを見ている。
そうよね、高校生だもんね。
「特別に俺様特性の賄い、
黒川スペシャルをワンコインで食べさせてやる。
常連には1200円で出しているんだぜ」
元気な子は顔を上げた。
「ホント!?」
キラキラした目で黒川を見つめる。
「じゃあ私大盛り!ミツキは?」
腕を組みながら悩むかわいい彼女。
年頃だもんね、普通盛りか小盛か、いろいろ悩みはあろうて。
「ワシも大盛りじゃ!テラスはどうするんじゃ?」
大盛りか、お腹と相談していただけか。
「我は普通盛りで」
華奢な体系の人はやはりそれほどの食欲だ。
「じゃあお兄さん、大盛り三つで!」
「大盛り三つね、はいよ」
いいのかい?黒ちゃん。
それでいいのかい?イケメン君。
黒川は5分ほどで戻ってきた。
いらないと言っても振る舞っていたのかもしれないな。
「おんちゃん達も、よくここで勉強したよな」
「あ~したね!みなみもしてたね」
うるさいはずなのに、集中できないはずなのに、
なぜだか筆が進むんだなこれが。
「おいしそ~いただきます!」
四分割してしまいそうな勢いで元気な彼女が箸を割る。
こうしてみると、ランチの風景が懐かしい。
「ん!?ナニコレ!?ちょーおいしい!」
その顔よ。
夜では見られないその顔がいい。
「これは…シェフはどなただ」
「どう考えたって俺だろ」
男どもは何やってんだか。
「おねいさん、これ、ミンナノミカタでアップしていいかの?」
SNSか、SNS…それは頼もしい!
「いいよ、竜宮城ってハッシュタグもつけてね」
客層が若くなる雰囲気も違うし、
アプローチの仕方も変わる。
頭ではわかっていたけど、盲点だったわ。
その後三人は歌ったり、喋ったり、
肝心のテスト勉強はどうだったんだろう。
それにしてもイケメン君もつらいね。
頑張れイケメン。
利用料金が安いからかわからない。
しかし他店と比べても、うちの店が有利なのはそこしかない。
意外とお客さんが入ることに驚きを隠せずにいる。
物珍しさの可能性も拭えない。
機器が古いから本気で歌いたい人は来ない。
「ぬか喜びできない状況なのよ、わかる?」
ANNNA'S BAR で不安の矛先をぶつけていた。
次の手を打たなければ。
飽きられてしまう前に、ボロが出る前に、
いや本当にボロいんだけど。
「乙姫、新しいパートさん来るんでしょ?
方向性決めとくべきよね」
「そうなのよ~どうすればいいのよー
助けてよーあんなちゃ~ん」
難しいよう。
どうやってここまでお店を続けてきたのよ~。
「ん~黒川さんくれるなら考えてあげてもいいわよ」
「良いわけないでしょーが!ばーかばーか!」
カクテルを飲み干した。
「ほーらもう帰れ帰れ、あんた明日早番でしょ?」
背中を押されるがまま、初夏のぬるっとした風が、
私を包んで温めてくれた。
昼カラの店番は案外やることが少ない。
といってもがっつり時間が取れるわけじゃない。
「かおるさん、クジラの間にドリンク三つお願いします」
新人のパートに指示を出し、グラフを眺める。
一月も運営すると来客の傾向が見えてきた。
背後に立つみなみが画面を覗いてきた。
「ママ、やっぱり主婦層が圧倒的に多いですね」
「そうなのよ、しかもサブスク会員は圧倒的に主婦なのよ」
本当に読めないもんだ。
お年寄りの憩いの場として用意したのに、
まさか主婦の井戸端会議の会場にされるとは思わなかった。
「さすが主婦よね、制度やお金や時間の使い方が上手い」
つまりサブメニューはほぼ頼まれない。
「感心している場合じゃないですよ!
時間単価めっちゃ低いじゃないですか」
痛いよ~今私ナイーヴなのよ、みなみちゃん。
「でもこれなら土日の昼カラ、来月からやっても良さそうね」
よーし、料金表仕上げちゃおう。
「あのさ…」
黒川が物腰低く話しかけてきた。
「どったの」
何かあったわねこれは…
「冷凍庫のコンセントが抜けててさ、
率直に言うと夜まで食材が持たねぇ…」
「なんですって!?」
思わず立ち上がる。
勢いで椅子が壁まで転がってしまった。
「どうする…?」
「どうしましょ…?」
みなみの方を二人してみてしまった。
「え?わたし?ですか?」
黒川も悪い男だ。
社員になりたての年頃の娘に判断をゆだねるなんて。
「つ…作ってランチで出しちゃうってのは…」
おー。
「それだな」
「それね」
時間は…まだ11時。間に合う!
「みなみ!お米炊いて!
黒ちゃんは超特急で仕込んで!」
黒板に書いた本日のおすすめの文字を消す。
「特別ランチ、黒ちゃんの賄ランチ、
え~と…700円でいいかな?
黒ちゃん、700円で平気?」
ぼちぼち~と返事が返ってきた。
よし、あ、どんなメニューか聞いてこなきゃ。
私は黒板を持って三階に上がる。
二度ノックする。
「失礼します。本日限定で特化のランチをご用意できるのですが、
ご注文されるお客様はいらっしゃいますでしょうか?」
「どんなランチですか?」
よし来た!
「当店一のシェフが作る、普段は夜営業の常連に、
しかも気まぐれでしか提供していない幻の賄丼です。
普段1200円のところ…今日だけ大サービスの700円で提供します。
そして、ランチメニューとして副菜もお付けします!」
黒板をテーブルに置く。
「あ、じゃあ私頼もうかしら」
「あ、私もください」
よし!
「ありがとうございます。
提供に少々お時間かかってしまいますが、お待ちください」
この調子で残りの部屋も回ろう!
特別とか特価という言葉に弱いのだろう。
勿論私も弱い。
半解凍された食材も使い切り、急場を凌いだ。
それにしても、主婦はランチを食べてくれるんだな。
「いや~一時はどうなるかと思ったぜ。
誰だよコンセント抜いたの」
あれ?
昨日酔って…この店寄ったんだ。
何かに躓いてなんか厨房で倒しちゃって…
「だだだけど、木曜日としては過去一の売り上げになるんじゃないかしら?」
言わないでおこっと。
この日のピンチが風向きを変え、
思わぬ方向に転がったという事は、
まだ誰も知らない話だ。
がしゃーんと更衣室でなにかが起きた事を知らせる。
「あ…かおるちゃんまたやった?
おんちゃん見てきたほうがいいぜ?」
新しく雇った昼パートのかおるさんは、
おっとりした見た目、おっとりした喋り方、
言い方を選ばずに言うと、どんくさそうな主婦だ。
優しくコンコンとノックする。
「だ、大丈夫ですですかぁ?」
静かにゆっくりと扉を開ける。
「え、あ、ててて店長、ごめんなさいぃぃ」
彼女の横に外れたロッカーの扉が倒れている。
なにしたらこの扉取れるの?
「だ、大丈夫ですかかおるさん?怪我はないですか?」
足に落とした様子もないのでそこまで心配はしてない。
「わ、わたし昔から不器用なんですよぉ
今日も靴下左右間違えちゃってぇ恥ずかしくて恥ずかしくて…」
ドジ、というのかもしれない。
一昨日も子供に弁当持たせるの忘れたとか言ってたっけ。
しかし、そんな彼女にも人一倍できる事がある。
「店長ぉ、ソフトドリンクの発注量まとめておきましたぁ!」
とにかく物覚えも早ければ記憶力もずば抜けている。
「かおるさんありがとうございます。
また土曜日お待ちしてますね!お疲れ様です」
実に良い人材だ!
なんでこう、いい人ばかり集まるんだ竜宮城は!
たくさんのお客さんと、
たくさんの従業員がこの店の柱となり、
ここまでそびえ立って来たのだろう。
次の世代へバトンを繋ぐのは、私たちだ。
※
「現世もつらいね」から、
高校生になった?ヒカリ・テラス・ミツキの三人が来店してくれました。




