第13客 再会と友達
目的の資料をようやく作り上げ、
眠気に飲まれそうな身体に鞭を入れ、
真っ暗なアーケード街を歩む。
家のポストを覗くと、
何かの広告のような手紙が一通入っていた。
真っ黒な背景にネオン風の文字で、
この広告主の店の名前が書いてある。
ANNA’S BAR OPEN
「いやったー!間に合ったのね!」
深夜に響いた声は、湿った夜空にこだました。
「え~今日の夕礼は少々伝達事項が多いです」
まずは…あれ?あの知らせってみんなに届いてるのか?
「以前…というか、つい最近までうちの従業員だったあんなさんですが、
お店がオープンするという知らせがありました」
無言で出た拍手があんなを祝福する。
「ありがたいことに、来週水曜日オープンと、
うちのお店の都合に合わせてくれたので、
ぜひお邪魔したいと思います」
さて、と紙を一人一人に配る。
「メインの伝達事項です。
ゴールデンウィーク明けから、いよいよ昼カラ、
やってみたいと思います!」
渡した資料をじっくりと見られる。
我先にと手を上げたのはみなみだ。
「ママ、これ…採算とれるんですか?
室料 200円はまあ良いとして、
サブスクのマグロクラス 1時間無料
ワンドリンク付き 3,000円って…」
するどい。
さすが氷帝みなみ。
「うん、下手すると赤字ね。
でもあまり収益は取れなくてもいいと思ってる」
ワンドリンク制、部屋代 1時間 200円
フリータイム ドリンクバー付き 1200円
ドリンクバー 500円
普通のカラオケ店と変わらない。
「いや乙姫、それよりもさ、
クジラクラス 月6,000円 1日3時間 1日1回ワンドリンク付き
こっちちゃんと計算したのかよ」
黒川の鋭さもなかなか隙が無い。
「まあ甘い狙いかもしれないけど、
3時間だとワンドリンクで済む人いないと思うのよね」
唯一仕組んだ罠だ。
「コスパがいいのはマグロクラス。
1時間でサラっと歌って帰る。
でも残りの二つはあわよくばの狙いよ」
ま、こればかりはやってみないと分からない。
「でも、本質的な狙いは集客です。
そして夜営業へ繋がればいいなと思っています」
甘いだろうか。
甘すぎる考えだろうか?
沈黙の場に一本の矢を射た。
「ま、やってみるしかねーべ」
黒川の放った矢は、
皆をうなずかせた。
新サービスを行うデメリットは正直少ない。
ただ初動は気合で乗り切るしかない。
「じゃあ、今日からお客さんに宣伝していきましょう。解散!」
それよりも、まずはゴールデンウィークを乗り切らないとね。
カランカランと鈴の音が連れてきたのはお客さんだ。
…デカい!鬼族だ。
あ、あのお客さんはたしか…
「いらっしゃいませ~
あれ?鬼平さん…でしたっけ?」
忘年会でうちを使ってくれたグループの一人だ。
「え?ああ、年末ぐらいに来たな。
よく覚えてますな」
鬼族のお客さんは珍しいし、
めっちゃ飲み食いするし…
爆撃されたかのように、
それはもうみんな疲弊する。
そのままカウンターへ案内した。
カラオケはやらないようだ。
そのまま裏に行き黒川に伝える。
「肉料理、いっぱいくるかもよ。お一人様だけど」
「もしかして鬼族!?今日肉はそんなに仕込んでないぞ!?
里中チェンジ。肉類やってくれ」
おー、いきなりスイッチ入った。
黒ちゃんがんばって。
大ジョッキなのに普通のコップに見える。
やっぱり鬼族は大きいなぁなんて、
そこが抜けたかのように減っていく黄金色の液体を見てた。
おっと、またお客さんだ。
ん?右手の甲に十字のアザ。
あれはたしかたーさんの友達の…
「あ、ももさん。いらっしゃい。
今日カウンターしか空いて無くて、
鬼平さん、お隣大丈夫かしら?」
「あ、ああ、全然かまわないですよ」
モモさんと鬼平さん。
比べると親子のような身長差だ。
ん?鬼と桃って…
なんか変な感じする。何だろう?
「鬼族ですか、久しぶりに見ましたよ」
お、モモさんが話しかけている。
「ああ、少子化とはよく言ったもので、
俺達は生活コストがかかるからな~」
うん。食費ね。違いない。
あれ?と鬼平はモモさんの手の甲を見つめる。
たいしてモモさんは鬼平の顔を見つめた。
「鬼平さん…でしたっけ?
以前どこかで僕とお会いしたことありませんか?」
鬼平は上を向いて記憶を探っているようだ。
「いや、無いかな。
それより君、その手のあざどうしたんだい?」
と聞くなり鬼平はぶつぶつと言った。
「いや、何でもない。俺が探しているのは赤子だ。
左手の甲に十字のあざ、そして額に丸いあざを持つ赤子。
神童と呼ばれている」
神童…たまに格闘技界でそんな用語が飛び交うか?
「そんな赤ちゃんの話は聞いたこと無いですね。
僕のこの右手のあざは産まれた時からあると言われました」
そうかと、イモ焼酎のロックを鬼平は飲む。
なんの会話なのかしら?
しかし、二人とも世間話をしているような顔ではない。
どこか真剣みがある。お酒が入っていても顔つきが違う。
だが、数分もしないうちに…
「鬼ノ下って部下がよ?まーたやらかしやがってさ…」
今日会ったとは思えないほど、
肩をがっつり組んでいる。
「大変ですね鬼平さんも、
僕もね、キジっていう部下が血気盛んでね?」
そんな二人はもれなくすっかり意気投合。
半ば無理やり鬼平に飲まされたモモさんは、
それはもうけちょんけちょんにされ退店しましたとさ。
どこまでも続くこの線路は、
誰かが一生懸命石を積み、枕木を置き、
暑い日も寒い日も一生懸命レールを引いたのだろう。
そんな文字通り血と汗と涙の結晶を、
この箱型の筐体は労うかのように這って人を運ぶ。
揺らり揺られ2駅、
隣街の繁華街まで連れて行ってくれた。
ん~どこもアーケード街は似たようなニオイだ。
とても深呼吸したいとは思えないと付け加えよう。
「あーここだここだ」
黒川の声で、3人は脚を止めた。
黒塗りの外装。
モダンな角形の店舗。
今は珍しいネオン風のLEDで
ANNA'S BAR とお店の看板になっている。
勿論そこに飾る花には、竜宮城の名前もある。
いいなぁ。うちもリニューアルしたいな。
「じゃ、入りましょうか」
ガラス張りの扉は自動で開いた。
「は~いいらっしゃい…来たわね!
チーム竜宮城!」
目に入るのはテーマは黒だと分かる。
モザイクタイルにきれいな間接照明。
アメリカンバーテイストな店内は、
一言でいう。かっこいい。
「はろーあんなちゃん。開店おめでとう!」
「ゲンさん、黒川さん、みなみ、そして乙姫、
来てくれてありがとう。ようこそアンナ・ズ・バーへ」
こんなにいい雰囲気のお店を開くとは、
いや、イメージ通りだ。
「このメンツでは一番乗りかな?」
先客はいた。
おそらくあんなの知り合いか親族だろう。
「残念、すでに黒川さんは一度来てるのよ」
ん?どういうこと?
「市場の下見をしたいって言うから連れて行ったんだ。
今日ね」
「あ~なるほど…ってこら!お店の車勝手に使うな!」
と杓子定規な注意をする。
むろんそんなこと思っていない。
「デートに使うのだけは禁止だからね?」
「おいおい、軽バンでデートはさすがにハードル高いって。
竜宮城って名前入ってるんだぜ??」
せいぜい恥をかけばいい。
「今日は振る舞いのために黒川さん雇ったのよ。
うちは料理メインじゃないからね」
バーともなればそうよね。
あってもナッツとかチーズとかそんなものよね。
「黒ちゃん、うちは副業禁止だよ?
懲戒処分だよ?」
「嘘だろ?そんなの会社規定にないぞ?」
黒川専用会社規定だからね。
お父さんが作ったやつだけどね。
「ま、痴話げんかはそれぐらいにして、
ささ、座って座って」
「カップルじゃねえっつの」
私と黒ちゃんは同じツッコミをしてしまった。
普段は飲めない海外製のビールで乾杯。
黒川お手製料理もテーブルに並び、
ようやく開店パーティーらしくなった。
「乙姫、あんたちょっと痩せたね…
ってセリフを用意しておいたんだけど、
変わんないわね」
きっとあんなは自分のせいで無茶してないか、
心配しているのだと悟った。
「いやまあそりゃ忙しくなったけど、
まだ過労ラインじゃないもん」
そんないつも通りの会話なのに、
いつもと違うように感じるのは一体なぜだろう。
立場が変わったから?
場所が変わったから?
「みなみ、どう?社員は慣れた?」
勝手にそう感じているだけかもしれない。
「うちの店、連休明けから昼カラやることにしたんですよ」
いや、私の勘違いだ。
みんないつもの顔しているじゃないか。
一月も経っていないというのに、
駅まで走る羽目になるまで私たちは喋り続けた。




