第12客 天災と炊き出し
風に押されてしなるシャッターがバシャバシャと私の眼を覚ます。
「あ~風か、強いなぁ」
シャッターを開けると、何事もなかったかのように光が差し込むが、
シャッターから滴る雨水で朝シャワー。
「うわー冷たい…シーツも濡れちった…」
まだ4月だというのに記録的豪雨は容赦なくこの列島を襲った。
今年の冬は雨量が少なく、列島の大地は乾ききっていた。
リモコンのボタンを押すなりニュースキャスターの声が、
今日初めて聞く人の声だ。
「え~昨晩降り続いた雨ですが、
田舎県田舎町に甚大な水害をもたらしました」
乾いた大地を潤し過ぎたのである。
雨量が少ない代償か、異常気象かはわからない。
私は黙ってスマホを操作し電話を掛ける。
「はろ~はに~」
…
「ぶっ飛ばすわよ」
お父さんが。
「ハイハイごめんって、どうされましたかお嬢様。
今日は仕入れ行かないよ」
「知っています。黒ちゃんテレビ見てる?」
電話の向こうでシャッターが開く音と、
バタバタと歩く音が聞こえた。
「今つけたぜ」
この反応は知らないか。
「すぐにニュースチャンネルに合わせて!」
スピーカーは振幅を止めたように、
急に静かになった。
「…やべえ…ばあちゃん平気か!?」
田舎県田舎町、彼のお母さんの生まれ故郷だ。
「ちょ!かけなおす!」
一方的に通話が途切れた。
…心配だ。
今日の行動は決まったも同然。
よし、まずはお店に行こう。
お店に向かっていると黒川にメッセージを入れる。
どこもかしこも水たまりだ。
今日中に乾くかわからない。
それほどこちらもで雨が降り続いた何よりの証拠だ。
大雨直後の時独特の磯の香りのような風を浴びながら、
お店の前で立ち止まる。
ぐるっと外観を一周見るが、
特に壊れている場所とかもないようだ。
一息ついて車のキーをお店のキーを金庫から出す。
なんと言うタイミングだ、スマホが鳴る。
「もしもしー」
「あ、おんちゃん、もう店?」
もちのろん。
「明日、1日付き合ってもらってもいい?」
「そのつもりよ、とりあえず迎えにいけばいい?」
返事を聞く前に車に乗り込む。
「わりーね!まだ市場は間に合うから、市場行こう」
ん~これが新車の匂いってやつね。
「ラジャ」
あ、スマホスタンド買っとくべきねと、
助手席に置いて車を走らせた。
黒川の住むアパート前に車を停める。
これ、駐禁切られたりしないよね?
と不安になれるのは私が被災していないからだろう。
コンコンとピカピカの窓をノックされる。
「わりーね、運転変わろうか?」
平気ですと、とっとと走り出した。
「ゲンさんと連絡とれたよ、手伝ってくれるって。
暇だからよって言ってた」
よかった、本当に助かる。
「お袋も行くって、だから明日は実家集合で」
「オーキドーク」
久しぶりだ。
「久々に行こうか」
「炊き出しね」
場所も場所だ。
行かない選択肢は取れない。
「あ、どうする?みなみちゃん声かける?」
人手は多い方がいい。
被災地では思わぬ人手が必要になる。
そうねと答えると黒川はスマホを操作する。
「あ、みなみちゃん?オレオレ、親戚のショウマ君です」
自称を君付けする間抜けな詐欺しなどいるか。
「黒川さん、それセクハラですか?」
「いやまて、良くないよこのご時世さ、
風評被害だ」
この男が非行に走らず、
女たらしのろくでもない人間に育たなかったのは、
きっと情熱をすべて料理とゲームに注ぎ込んで来たからだろう。
いうならば、私の父のお陰である。
せいぜい感謝しなさい。
「ごめんね出勤前に、ちょっとさ…」
かくかくしかじか、黒川は事情を説明する。
「みなみちゃん、ただのボランティアになっちゃうんだけど、
もしよければ明日手伝ってくれないかな?」
二つの返事が返ってきた。
OKということと、すぐ出勤しますという事、
本当にできの良い娘じゃ。
市場で炊き出し用の食材やカップを購入し、
お店に戻り、コンロやボンベを一通り準備した。
「今日は諸事情でお店を9時に閉めます。
まあ普通の火曜日なのでお客さんはそんなに来ないと思います」
今日は表はたくろう君とみなみに任せてみよう。
「じゃあたくろう君とみなみの二人で回してみて、
私と黒川さんとみどりさんは厨房で、
9時以降はお手伝いしてもらいます。解散」
明日何時出発かなぁ、
黒ちゃんに聞いておこっと。
「黒ちゃん、明日何時出発する?」
「あ~そうだな、時間決めてなかった」
田舎町までは1時間半ぐらいだったかな?
「被災して途中通れない道もあるかもしれないし、
一応二時間半見ておくか、ばあちゃん家の近くの公民館でやる」
炊き出しは公民館や学校などの、
避難所で行うことが大半だ。
うちもキッチンカーがあればもっと自由にできるかもしれない。
でも移動販売するほどのコンセプトは無い。
あ、移動型カラオケなんて…。
いやないない、それは無いわね。
「九時から配給するから…七時にはお店広げておきたいわね」
となると4時半出発か…。
とほほ。
でもこういう時ってなんかテンション上がっちゃうんだよね。
「黒川さん、ゲンさん来ましたよ」
お、きたきた。
裏口から私と黒川は表に行く。
「ゲンさん、助かったよ。本当にありがとう」
「構わねぇ、俺は暇だからよ」
炊き出しの時だけでなく、
ゲンさんは色んな事も手伝ってくれる。
祖父母が作ったネットワークは、
なんとしても大切にしていきたい。
「じゃあいつも通り、ゲンさんのミニバンには、
道具類積ませて貰おうかしら」
勝手にドアを開けて積み込む。
あれ?私ずうずうしい!?
「ん!ボンベ重い…」
頑張れあたし!まだ20代!
すると後ろから声をかけられた。
「あれ?皆さんどうしたの?
あ!乙姫ちゃん手伝うよ!」
男手キター!
「ああああターさんいらっしゃい。よっこらしょ」
積載オーバー…ほどは重くないか!
「ターさんごめんね?今日は9時までなの」
「そうなんだ、なんかあったの?」
実は…と炊き出しに行くことを伝えた。
あれ?ターさんってたしか…
ボランティアによく参加するって言ってたっけ??
「ターさん、もし明日予定開いていれば、一緒にいきます?」
「あ、お邪魔しちゃっても大丈夫ですか?
今月のシフトはちょうど水曜日休みなんですよ」
とんとん拍子に話が進んで、
ゲンさんの車には、ゲンさんとターさんとみなみと私。
常連さん号となる。
竜宮城号には黒ちゃんと黒ちゃんママと食材が乗る。
実に良いチームだ。
ゲンさんが車出してくれて本当に良かった。
ちゃちゃっとお店を締めて、炊き出しの仕込みもして、
私は年頃の娘のみなみを我が家に連れ帰る。
「お、乙姫さん、こんな広いおうちに一人で住んでるんですか!?」
まあね。
「おじいちゃんとおばあちゃんは亡くなってしまったし、
パパとママはイタリアに行っちゃったし、お姉ちゃんはどこほっつき歩いてるんだか」
最初は落ち着かなかったけど、
住めば都。
「まあリビングと自分の部屋しかほぼ使ってないけどね」
いつでも泊まりに来ていいよと付け加えておいた。
疲れているのに、眠いのに、
早く起きなければいけないという時ほど、
なぜだが寝れない。
私の心が幼いから?
なにか興奮しているから?
だが寝付けないでいるのは私だけではない。
「あの…聞いていいかわからないんですけど、
聞いてもいいですか?乙姫さん」
「うむ、苦しゅうない」
何だろう。お店の売り上げの事だろうか?
「乙姫さんと黒川さんって…つき…」
「ないない。そんな関係じゃないのよ」
そんなに距離感バグっているんだろうか。
「親戚…じゃないんですよね?」
親戚ではないけど、家族ぐるみだ。
なんならお風呂だって一緒に入ったことも何度もある。
「ん~まあそうね、血は繋がってはいないけど、
黒ちゃんは私の弟って感じだね」
「え!?弟??ん~そう言われてみると、
敷かれていますね」
敷かれている言うな。
「でも、お似合いだと思いますよ二人は」
こんなこと言われるのはお互い慣れっこだ。
「そう映るかもわからんけども、
私と黒ちゃんに至ってはそれは無いのよ。ホントに」
無理とかではない。
考えられないのだ。
「なんか不思議ですね。でも悪い人じゃないってのはわかります。
なんでモテないんですかね?」
彼が結婚したら、きっと私は…。
家族総出で結婚式に参列するだろう。
「まあ、あの人料理とゲーム以外に興味ないからね。
あれ?もしかしてみなみ、黒ちゃんのこ…」
「ないです。私恋人いますから」
まじ!?初耳なんだけど。
「では、おやすみなさい」
え?
ちょっと!そんなこと言い残して寝るなんて!
明日ぜ~ったい聞こう。
まだ太陽も出ていない中、
私たちは集合し田舎町まで向かった。
道中通れない道もあり一時間とまでは言わないまでも
通常より30分ほど遅れて到着した。
誰もが俯いて列に並ぶ。
その姿に生を感じないという表現が合うのだろうか。
「はい、こちら豚汁です」
子供の手を握る女性に渡す。
目線で追いかけていると、
二人は駐車場の車止めに腰をかける。
「熱いからふーふーしてね」
母が子に容器を渡した。
「ママ、あったかいね!」
と子供がこぼした笑みは、
この晴れ空の太陽よりも、明るかった。
隣の列を見ると、
ターさんの声が聞こえてきた。
「はい、カレー二つね。ちょっと待ってね」
ズボンが二色になっている人、
髪の毛がてっかてかの人、
目の焦点が合わない人、
様々な人が配給に並ぶ。
それでも暖かい物を口にした瞬間だけは、
みんな少しだけ人の顔に戻る。
その表情は、きっとみんなの胸に刻まれただろう。




