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3-1ご令嬢は試行錯誤したい

翌朝、ぐっすり眠るセナを起こしたのは、柔らかな朝のひざしではなく、騒々しいラビの声だった。


「もー!朝だよ!」


ラビはベッドで寝転がるセナから容赦なく布団をはぎ取った。セナは、はっとして体を起き上がらせる。朝食を準備しているにこにこ笑顔のベイズと目が合うと、セナはつられるように口元を緩ませた。


「ほら、とっとと食べる!」


ラビに急かされて、セナは寝癖だらけの頭のままテーブルにつく。小麦のいい匂いに、セナはうっとりと目を細める。


「うーん、おいしそう…。ありがとう、ベイズ」

「ふふ、召し上がれ」


ベイズは優しく微笑むとセナの隣で紅茶の準備を始めた。セナはそんな彼女を見てまた小さく微笑んだあと、きれいに焼けたトーストを一かじりした。

すると、ラビがセナの背後に立ち、てきぱきと寝癖を直し始めた。ラビの動かすブラシと連動して頭が動くため、セナはかなり食べ辛い思いをさせられた。


「…ねえラビ、今日の私の予定は?」

「特にないよ」

「特にない…」


ならなぜこんなに急かしてきたんだと心の中でラビに不満を募らせつつ、セナは咀嚼しながら何となく憂鬱な気持ちになる。


「(侍女として忙しくしてた頃も大変だったけど、予定がないと言われるのもまた…)…それじゃあ、これから私はここで何をしてたらいいの?」

「僕が知らないよ。君のことは陛下が好きにするんでしょ」

「ぶっ」


セナは食べていたものを吹き出しそうになる。ベイズが、あらあら、と慌ててセナの背中をさする。


「好きに…って、私は何なの?!」

「敗戦国から献上されてきたくせに、何か文句でもあるの?」


ラビに淡々と言われて、セナは何も言えなくなる。セナはテーブルに置いてあるナプキンで口を軽くぬぐう。


「(…やっぱり男なんて最低…)」

「む?」


突然ラビが長い耳を立てて軽く揺らした。ラビは、呼ばれたみたい、ちょっと行くね、と言うと部屋から出ていった。セナはラビの動くふわふわの耳を見つめる。


「(…ぐう…悔しいけど可愛い…。あんなに憎たらしいのに見た目はとんでもなく可愛い…!)」

「セナ様、あんまりお気を悪くなさらないでくださいね。母国のためにここへ連れてこられて、色々思うこともありますでしょうけれど、もう来てしまった以上、あんまり深く考えず、ここで穏やかに暮らされたら良いんですよ、ね」


ベイズはそうセナに微笑む。セナはそんな彼女を見つめる。


「(…私が母国に復讐しようとしていると知ったら、ベイズはびっくりするかな…)」


セナはそんなことをふいに考える。ベイズは考え込むセナを見つめながら、優しく目を細める。そんな彼女に、自分の野望が急に後ろめたくてセナは目をそらす。


「…そ、そうね。…フェンリルのたくさんいる愛人の一人として、ここでそれなりに暮らさせてもらおうかな」


セナは思ってもないでたらめでこの場を濁そうとした。するとベイズが、あら、と少し目を丸くした。


「フェンリル陛下には、愛人なんかいらっしゃいませんよ?」

「え…え?」

「先代のロキ皇帝にはそれはたくさんの愛妾がいましたけれど…、フェンリル様は正妃すらいらっしゃいませんよ。だから私、セナ様が正妃に選ばれた方なのだと思っていましたから」


皆、献上された人間が正妃に選ばれるわけないって言いますけど…、とベイズは頬に手を当てる。


「(…あれ、そうなんだ…)」


セナは想定外のことに目を丸くする。先代の皇帝にたくさん妾がいたと聞いたから、フェンリルにもたくさん妾がいるものだと、だから最低な男なのだと、勝手に思い込んでしまっていたようだった。


「(…ま、まあ、…人を一人献上してこいなんて言ってくる時点で最低だ、うん…)」


セナはベイズがいれてくれた紅茶の入ったカップを持ち上げて、温かい紅茶を用心深く飲んだ。




朝食を食べ終わると、セナはベイズに連れられて、クローゼットの前に連れてこられた。


「(…そうだ、おしゃれ!もしかしたらおしゃれができるかも……)」


セナはそんな希望をいだいて、ベイズが服を選ぶのを見つめる。王国では、年齢に見合った服をといわれ、派手でない服ばかり着させられてきたのだ。流行りの服を着る女の子たちを、羨ましい気持ちで見ていた自分が救われる日が来たのかもしれない。


…そう期待していたけれど、ベイズに見せられたのは、王国にいたときと変わらないような、落ち着いた服ばかりだった。セナは固まった後、ベイズの方を見た。


「あの…、これが全部?」

「え?ええ…。セナ様のご年齢に合わせて、このお年ぐらいの方が着られるようなデザインのものをそろえた…んですが…」


ベイズが、あれ、と気まずそうな顔をする。セナはそんなベイズに申し訳なくて、ううんごめん、なんでもないの…、と言うと、今日着る服を選んだ。











着替え終わったセナは、戻ってきたラビに連れられて、セナは部屋から出て中庭に連れてこられた。綺麗に手入れがされた花や木々が並ぶ中庭を、セナはぼんやりと眺める。


「…ここに連れてきて、なにかあるの?」

「いいや。部屋にいたら気が滅入るかと思って」


ラビはうんと背伸びをしながらそう返す。セナは、部屋に閉じ込められていた日々を苦々しく思い出しながら、良く晴れた青空を見上げる。


「…無駄に良い天気ね。ねえ、街に出たりしたら駄目なの?」

「さあ?聞いてみたら」

「だれに?」

「フェンリル陛下に」

「…」


セナはラビの返しに黙り込む。ラビはそんなセナを特に気にもせずに深呼吸をして、気持ちよさそうに垂れた耳を小さく動かす。セナはその可愛さに、触りたくて手がうずうすとする。


「…ねえラビ、少しでいいから撫でてもいい?」

「ええ?やだよお」

「なによ、冷たいのね」

「パーソナルな部分なんだから、そう軽々しくは触らせられないね」


ふん、とラビはセナからそっぽを向く。セナは、はいはい、と言いながら、中庭に設置されている噴水の縁に腰掛けた。ラビはひょこひょこと軽く跳びはねながら、呑気に中庭を回っている。


「…ねえラビ、私って、何のためにここに献上されてきたの?」

「さあ?戦って負かした国の王族の女性を妾にするのがここの皇帝のステータスだったから、じゃない?」


ラビの返しに、なんて悪趣味な…、とセナは引く。するとラビは、でもなあ、と腕を組む。


「フェンリル陛下って、先代と真逆で、女性を侍らせたりする趣味ないからなあ。家臣への褒賞にでもするのかな?」

「ほうしょう?」

「まあ、仕事頑張ったご褒美みたいな。人間って希少価値高いし」


それもまた悪趣味な…、とセナはさらに引く。セナは小さく息をついて、空を見上げる。

すると、耳をぴくりと動かしたラビが慌てて姿勢を正した。セナが、どうしたの?と首を傾げると、ラビが、セナも立って、と急かした。


「どうして?」

「いいから」

「理由がわからない」

「ああもう、面倒くさいなあ」


ラビが嫌そうな顔をセナに向ける。セナが、何なのよ、と眉をひそめたとき、後ろから、セナ、と呼ぶ低い声がした。セナは少し体を揺らしたあと、振り向いた。すると噴水越しから、家臣を引き連れたフェンリルの姿があった。

フェンリルはセナの前に来ると彼女を見下ろした。無駄に端正な顔立ちの彼にも何も心が躍らないまま、セナは不機嫌そうな顔をして彼を見上げた。


「今から昼食を一緒にとろう」


フェンリルはそうセナに誘った。すると、ラビを含む周りにいた家臣たちがざわついた。セナはそのざわつきの理由がわからないまま、嫌です、とそっぽを向いた。この返事に周りが凍りつくのを、セナはひしひしと感じたが、考えを変えるつもりはなかった。


「私、前に話しかけないでくださいって言いましたよね?あなたと話したくないんです。失礼します」


セナはそう言うと、フェンリルから顔を背けたまま立ち上がり、さっさとその場から去っていった。そんなセナを慌ててラビが追いかける。


「もう!今すぐ戻って、陛下と昼食をとって!」

「嫌よ!なんであんな人と」

「陛下のお誘いを断るなんて、本当の本当に怒らせちゃうよ?」

「それで結構。なるべく早く嫌いになってもらいたいもの」


セナはつんと言い放つとどんどん歩いていった。ラビは呆れた顔をしたあと、はいはい、と至極面倒くさそうに言った。


「それじゃあお昼、セナは何が食べたいの?」

「あら、要望を聞いてもらえるの?」

「もちろん。処刑前の、人生最後の食事になるだろうからさ」


ラビはそうセナに冷たく言い放った。セナはラビの言葉に、うっ、と息を詰まらせる。そんなセナを、どうするの?とラビはジト目で見つめた。


「謝るなら今のうちだよ?」

「…あ、謝らない!私の意思は硬いから!!」


セナはそう言って、どんどん廊下を歩いていった。そんなセナを、ラビは呆れた目で見ていた。

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