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3-2ご令嬢は試行錯誤したい

ベイズの準備した昼食を自分の部屋で食べ終えたセナは、針仕事をしにいくという彼女について廊下を歩いた。ラビの言った、処刑されるから、という言葉が頭にこびりついて、一人でいるのが心細かったからである。


使用人の部屋にやってきたセナは、器用に繕い仕事をしていくベイズを見つめていた。ベイズはセナの視線に気がつくと、にこりと微笑んだ。


「セナ様は、王家の血を引く方なんですよね?そんな高貴な身分の方は、針仕事はいたしませんか?」

「ああ…、王家の血を引くとはいえ姫というわけではないから。普通針仕事みたいな家事は、嫁入り修行のために一通りできるものみたい、私の国では」

「普通?」

「…私は、普通じゃなかったから」


セナは小さく笑う。ベイズは針仕事の手を止めてセナの方を見た。セナはベイズに真っ直ぐ見つめられて少し動揺した後、苦笑いを漏らした。


「…私、生まれたときから、この国の前の皇帝に献上されることが決まってたから、だから、傷をつけたりしたらいけないからって、そういったことは一切教えてもらえなかった。部屋の外にも出してもらえなかったの、なんと20年」


セナはおどけてみせたけれど、あまりの期間の長さに、ベイズは絶句してしまった。セナは、あ、あはは…、と苦笑した。


「…結局、私が献上される年齢になる前に先代が亡くなって、この話が空中分解しちゃった後、でもなぜかやっぱり献上されることになって、今ここにいる…、って感じかな」


自分で話しながら、なかなかに奇っ怪な人生を送ってきたとセナは思った。ベイズはじっとセナの目を見たあと、そうですか…、と少し目を伏せた。


すると急に扉が開き、入ってきたメイドがベイズを見ると、あっ、と声を漏らした。


「何してるの?陛下のお見送りに行かなくちゃ」

「あっ、いけない!」


ベイズは慌てて立ち上がった。セナは、え?と目を丸くする。


「お見送り?」

「陛下、今日から数日間、外遊に出られるんです。さあセナ様も向かいましょう!」


ベイズはそう言うとセナを呼んだ。セナは、う、うん…、と言うと彼女について歩いた。














お城の門の前には、たくさんの家臣や使用人たちが集まっていた。彼らが取り囲むのは、出立の準備を終えて今にも城を出ようとしているフェンリルと、彼と一緒に外遊に向かう家臣たちだった。


すると、フェンリルのそばに、狼の獣人が近づいた。狼の獣人だけれど完全に人間の見た目をしたフェンリルと、その隣にいる明らかに狼の獣人だとわかる姿の男という並びに、セナは少し不思議な気持ちになる。彼の登場に周りの家臣たちは頭を下げる。


「ヴァーリ兄さん」


フェンリルは彼を見てそう呟く。ヴァーリと呼ばれた人狼は、フェンリル陛下、と呼んだ。


「どうかご無事で」

「…ええ。俺が不在の間、お願いいたします」


フェンリルがそう返すと、ヴァーリは一瞬固まった後、頭を下げた。フェンリルはヴァーリを一瞥したあと、移動用の馬に乗ろうとした。

その時、セナはフェンリルと目が合った。セナは突然のことに少し驚いて肩を揺らす。

フェンリルはセナに気がつくと馬に乗るのをやめて、こちらへ向かって歩いてきた。フェンリルの歩くところを、どんどん獣人たちが道を開けていく。セナは、え、え、と困惑しながら固まる。すると、獣人たちがどいた道を歩いてフェンリルはセナの前にやってきた。

セナは動揺しながらフェンリルを見上げた。フェンリルは涼し気な瞳でセナを見つめる。


「しばらく城を空ける。何かあればラビに伝えるように」


フェンリルはそうセナに告げた。セナは、ラビってあんまりお世話焼いてくれないけど…、と思いながらも、おずおずと頷いた。そんなセナを見てフェンリルは少し口元を緩める。セナは、フェンリルの笑顔に目を丸くする。すると、フェンリルはセナの顎の下に手を添えた。そして、セナが何かを考える暇もなくセナにキスをした。


周りの家臣たちのざわめきすら、突然のことに固まるセナには届かなかった。フェンリルはセナの頬を優しく撫でるとまた小さく微笑み、踵を返して外遊へ向かう家臣たちのもとへ帰っていった。




















「(なに?あんなにたくさんの人がいる前でキスをした?なにゆえ?!)」


セナは悶々と考えながら、使用人部屋で針仕事をするベイズを見つめた。セナは器用に針仕事をこなしていく彼女の手つきをしばらくぼんやりと見つめた後、…ねえ、と話しかけた。


「…フェンリルって、いつもあんな感じの人なの?」

「え?」


ベイズはセナの方を見て、いいえ、と頭を横に振った。


「まったく、そんな方じゃないです。皆、すごく驚いてると思います」


ベイズは大真面目にそう言った。セナはベイズにそう言われて、え、と声を漏らす。ベイズはそんなセナに優しく微笑む。


「やっぱり陛下、セナ様を正妃にお迎えするおつもりなんですね」


ふふ、と嬉しそうに微笑むベイズに、セナは硬直する。ベイズは、にこにこ笑顔のまま針仕事を続けた。










ベイズと別れたセナは、悶々と考え込みながら自室にいた。


「(…私を正妃に迎え入れるつもり?他に愛人もいないし、そういうのを作る人でもない…。つまり、)」


ソファーに腰掛けていたセナは、ばっと立ち上がる。


「…お前じゃない案件ではない…というかむしろ、あの人は私のことが好き?」


そんなことを思いついてすぐ、セナは苦笑しながら、いやいやいや…、と呟いてまたソファーに座った。


「(そんなわけ。私を好きになる理由がない。会ったこともないし、それに…)」


セナは自身の両手を絡めて目を伏せる。

それにそもそも、自分は無駄に年だけ取った、世間知らずな、哀れな女なのだ。笑われる要素はあっても、好かれる理由にはならない。

あの時のアレックスの笑い声がフラッシュバックして頭痛がする。自分を好意的に見てくれていると思っていた男性は結局自分のことを馬鹿にしていた。あんな目にはもう二度と遭いたくない。

セナはソファーの腕置きで頬杖をついて、夕焼けが差し込む窓を見つめる。


「…こんなことで心が揺らされてないで、さっさと嫌われて、国に帰りたいな」


セナはぽつりと呟いて、そして、うーん、と考え込む。


「(…でも、無視をしたり冷たくしたり、愛嬌とは真逆のことをしても、あの皇帝はそれほど気にしていないように見える…)」


セナは額に手を当てて、自分がどんなに不遜な態度をとっても微動だにしないフェンリルを思い出して頭を痛める。


「(…嫌われるにはどうしたら…)」

「あっ、セナいた!」


扉が開き、ラビがとたとたと部屋に入ってきた。セナは驚いた後、眉をひそめた。


「ねえ、ノックをしてよ…」

「したけど君が返事をしなかったんだよ。ねえ、夕食の準備、今から持ってこさせるから」


ラビから悪びれずにそう言われて、セナは不服そうに彼を見上げる。そんなセナを、なぜかラビも不服そうに見ている。


「…なにか?」

「ううん。…ただ、陛下の気持ちがわからなくて」

「え?」

「セナ様、お待たせいたしました」


聞き慣れない猫なで声に、セナはかなり動揺した。以前さんざん塩対応をしてきたメイドたちが、今日は笑顔で部屋に来て、てきぱきと夕飯の準備を始めた。

セナは目を丸くした後、ラビにひそひそと話しかけた。


「…何事?彼女たち、ちょっと前までかなり私に冷たかったけど…」

「陛下が君を寵愛していることがわかったからじゃない?」

「ちょっ?!」


セナはラビをまん丸にした目で見つめる。大衆の前でキスをされたことが効いて、周りは自分が皇帝にとって特別な存在だと気がついたのかとセナは考える。メイドたちから冷遇されているセナのことを知って、フェンリルが周りへ牽制のためにそうしたのだろうかとセナは察する、がしかし、皇帝が自分を寵愛する理由が浮かばすにセナは困惑する。


「…ねえ、なんで皇帝は私が好きなわけ?」

「僕が知りたいよ。ほんと、なんで?陛下は君の何がいいんだろう?」


ラビは腑に落ちない顔で腕を組む。セナは、あまりにもはっきり言われたことに固まる。しかしすぐ、王国でさんざん後ろ指をさされていたことを思い出して、ラビの刺々しい言葉すらも納得せざるを得ない。


やけに愛想の良いメイドたちは、てきぱきと夕飯の準備をし終えると、給仕のためにさっと部屋の隅に控えた。セナは美味しそうな夕飯を眺めて空腹を感じるものの、どこか不気味な彼女たちになんとも不可解な気持ちになる。


「(…私が皇帝に気に入られているからって、なんだかあからさますぎるなあ…)」


セナはなんとも言えない気持ちで夕食の席につき、食事を始めた。相変わらず美味しいご飯に、セナは空腹が満たされていく。


「(…皇帝の私への評判で、私への待遇がよくなる。……なら、周りからの私の評判を落としたら、皇帝の私への待遇が悪くなったりしないだろうか)」


セナはそんなことを思いつく。もぐもぐと咀嚼をしながら、セナはちらりとラビを見る。ラビは、セナの視線を感じ取ると、彼女の方を見た。


「何か用?」

「え?ええ、なにも…」


セナはさっと目をそらして食事に視線を移す。しかしすぐに、いえ、と言ってラビの方を見た。


「焼きたてのパンが食べたいわ。今すぐ持ってきて」


セナが言うと、ラビは、ええ?もうたんまり食べたじゃん、と明らかに面倒くさそうに言う。セナはいいから!と畳み掛ける。


「いいから持ってきて!違うやつ!皇帝の寵愛を受けている私の言うことが聞けないの?」


セナはラビにそう高圧的に言う。ラビはジト目でセナを見つめると深いため息をついた。


「…わかったよ」


ラビは後ろに控えていたメイドの方を見た。メイドはたちは皆慌てて部屋から出て厨房へ向かった。

ラビと二人きりになった部屋でセナは、はーあ、とわざとらしくため息をつくと、頭をぐるぐると回した。


「なんだか疲れちゃった。パンが来るまで、肩のマッサージをお願いできる?」

「はあ?」

「お願いできる?」


セナは嫌な顔でラビに言う。ラビはじろりとセナを一瞥する。


「なんで?」


まさかそんな、圧が強めの返しをされるとは思わず、セナは怯む。


「な、なんでって…」

「なんでこの可愛い僕が、そんなことしなくちゃいけないわけ?」


ラビはそうセナに威嚇する。セナは、ぐぬぬ、とラビを睨み返す、が、元来そこまで気の強くない彼女はラビの圧にどんどん負けていく。


「な、なら、カーテンを閉めて。今すぐ」


何としてでもこき使おうとしぼりだし、セナはラビにそう命ずるが、ラビは、嫌だね、とそっぽを向く。


「な、そ、それくらいしなさいよ!私の世話係なんでしょう?」

「何か今日のセナ、癪に障るから嫌だ」

「しゃっ…!」

「お待たせいたしました」


扉が開き、パンの入ったバケットを持ったメイドが戻ってきた。小麦のいい匂いが部屋に広がり、セナは目を輝かせて彼女たちの方を見る。すると、セナは唖然とした。そこにあったのは、一人で食べ切れるわけがない大量のパンの山だった。


「がっ、なっ…」

「セナのために用意してくれたんだよ?全部残さずちゃんと食べてね」


ラビが笑顔でそうセナに言い放つ。セナは一瞬硬直しながらも、目の前に置かれたパンに震える手を伸ばした。









ラビ監視のもと、パンを食べ続けたセナだったが、出された分を食べきることは不可能だった。

半泣きでパンをもう満杯になった胃にちびちび入れるセナの元に、就寝の準備のためにベイズがやってきた。事情を聞いたベイズは、セナが食べきれなかったパンを、使用人たちで分けますから、と笑顔で回収していってくれた。


「ほら、思い知ったならさっさとお風呂にでも入って寝たら」


ラビは冷たくセナに言い放った。セナは、む、とラビの方を見た。


「(…ラビに嫌がらせは無理…。もっと勝てそうな相手はいないかしら…)」


セナは渋々バスルームに向かいながら、そんな卑怯なことを考える。ラビは、じゃあ僕行くからね〜、と言うと部屋から出ていった。



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