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3-3ご令嬢は試行錯誤したい

それからセナは、フェンリルが抱く自分へのイメージを悪くしてくれる人が他にいないか探してみることにした。


「(使用人に横柄なことをしても、フェンリルの耳に届くまで時間がかかりそうだし…。もっと彼にとって身近な人は…)」

「紅茶がはいりましたよ」


にこにこ笑顔のベイズが、セナに紅茶をいれてくれた。セナはベイズの方を見て、ありがとう、と微笑む。ベイズは、いいえ、とほんわかした様子で微笑み返す。


「(…癒される…)」

「あ、セナ」


扉が開いて、ラビが入ってきた。紅茶を飲んでいたセナは、驚いてむせそうになる。


「あっ、あつっ!の、ノックをして!」

「あれ、してなかったっけ」


ラビはとぼけたふりをする。以前セナが横柄な態度をとってから、まるで牽制のようにこういった態度をとるようになってしまったのだ。セナは口を固く結んでラビを見つめる。ラビは扉のほうを振り返る。


「ヨル様、この者がセナです」


ラビはそう言って頭を下げた。すると、扉から一人の少年が入ってきた。肌も髪も真っ白で、赤い瞳をした華奢で線の細い人物だった。セナと目を合わせると、少年はにこりと微笑んだ。セナは首をかしげる。


「…あの、どちら様?」

「はじめまして、ヨルといいます。フェンリル兄さんの弟です」


にこっと少年は微笑んだ。セナは、ええ?と目を丸くした。体つきがしっかりとしていて、精悍な印象を受けるフェンリルとは真逆な容姿をした目の前の少年に、セナは遺伝子の神秘を感じる。


ラビに案内されて、ヨルはセナの向かい側のソファに腰掛けた。ベイズがヨルの分の紅茶の準備を始めた。


「(皇帝の弟…ということは、フェンリルにかなり近しいわね。…彼に私の悪評を流してもらえば…)」

「フェンリル兄さんの連れてきた初めての女性だっていうから、僕、お話がしてみたくて」


おっとりした口調で、少年はセナに話しかける。セナは、そうなんですか…、と空返事をする。


「(…気の強いラビと違っておとなしそうだし、こっちが強気で出たら、私でも勝てそう…)」

「わあ、この紅茶いい匂い。ありがとう」


ヨルの言葉に、いいえ、とベイズは笑顔で返す。にこにこと紅茶を飲む柔らかい雰囲気のヨルに、セナは、この男になら勝てる、という確信を得る。


「(どんな無礼を働こうかしら…)」

「…ねえセナ、何か良からぬことを考えてない?」


ラビに訝しそうな顔をされてセナはぎくりとする。慌ててセナは、そんなことないわよ、と返す。ラビはそんなセナをジト目で見る。


「どうだか。セナ、君自分で思うより顔に出てるよ」

「え、えっ?!」

「気づいてないのかもしれないけど君、わかりやすいから気をつけたほうがいいよ」

「……」


ラビに言われてセナは黙り込む。ヨルは、もうラビ、とたしなめるように言った。


「フェンリル兄さんのお嫁さんに、あんまりひどいこと言ったらダメだよ」

「お嫁さん…になるんでしょうかね。未だに番にしてないみたいですし」

「あれ、そうなの?」


ヨルは目を丸くする。ラビは、そうなんですよ、と重ねる。


「(…つがい?)」

「だからおそらく、正妃にするおつもりはないんだと、僕は思ってます。…というか嫌です僕。こんな人間が陛下の正妃だなんて」


そう言うと、ラビはつんとセナにそっぽを向く。そんなラビに、セナは目を輝かせる。


「…もしかしてあなた、私が嫌いになったの?」

「え?な、なんでそんなに目を輝かせて聞くの…?」


ラビが怪訝そう顔でセナを見る。セナは、えっ、とべ、べつに…、と動揺しながら返す。ラビは、ふん、と鼻で息をした。


「てか、普通に考えて嫌でしよ。こんなのが皇帝の正妃だなんてさ」

「こんなの…!」


セナがむっとすると、ヨルが、まあまあ、とラビを宥める。


「セナのことはよく知らないけど、でも、フェンリル兄さんが選んだ人ならしょうがないよ」

「(しょ、しょうがない…?!)」


さらっと失礼なことを言うヨルにセナは小さく青筋を立てる。セナは小さく呼吸を繰り返してヨルとラビををちらりと見つめる。


「ねえ、さっきから言ってた゛つがい゛…っていうのは?私が正妃になるってことは、結婚式とかがあるの?」


セナがそう尋ねると、2人は、けっこんしき…?と、きょとんとした顔をした。


「結婚式…とは?」


ヨルはそう言って首をかしげる。セナは、ええ?と目を丸くする。


「結婚するなら結婚式をするんでしょ?違うの?」

「王国はそうなの?こっちでは特にしないかな」


ラビはそう返す。セナはさらに目を丸くする。


「ええ?!結婚式を?しない??どういう過程を経て゛結婚゛という状態になるわけ?」

「まあ、とにもかくにも番になって…」

「だからその、゛つがい゛とは?」


セナは首を傾げてラビを見る。ラビは、ええ?と怪訝そうな顔をする。


「うそでしょ、そんなことも知らないの?」

「知らないわよ、ここの常識なんて」

「まあ…簡単に言えば、性交渉があった同士のことだよ」

「せっ…」


セナは突然の直接的な言葉に固まる。ラビはそんなセナに気にせずに話を続ける。


「番との間に子どもができたらその番は大事にされるし、その子どもが後継ぎになったり、皇帝の個人的な寵愛があったりしたら正妃という立場になる。正妃にまでなれなくても、皇帝との間に子どもが生まれるだけで、その番の家は皇帝に大事にしてもらえたりするから、皆こぞって自分の家の娘を皇帝に会わせたがるってわけ」

「は、はあ…」

「ちなみに、誰かの番と勝手に関係を持つのはご法度だよ」


ヨルはそうにこにこと話す。セナは、ぽかんと彼を見つめる。


「(…そういう決まりが帝国にあったから、私はずっと塔にしまわれてたわけね…)」

「セナはまだ誰とも関係は持ってなさそうだから問題ないけどね」


ラビの言葉に、えっ、とセナは慌てる。


「なっ、ど、なっ、そんなの、あなたは知らないでしょ?」

「においでわかるよ」


ラビはそう淡々と返す。セナは、におい?!と動揺する。


「(においってなに…??わからないことが多すぎる…!)」

「このお菓子おいしいね〜」


朗らかにクッキーを食べるヨルをセナは見つめながら、ふと彼にも耳や尻尾がないことに気がつく。


「あなたも耳や尻尾をしまうタイプなの?」

「え?」

「ほら、フェンリルもしまってるから。同じ兄弟のヴァーリ…だっけ?は出してたけど…」


個人個人で思想があるの?とセナが尋ねると、ううん、とヨルは頭を振る。


「僕は狼じゃないから」

「え?そうなの?」

「うん。僕、蛇の獣人だから」


ヨルはにこりと微笑む。セナは、蛇?と目を丸くする。するとラビが、獣人同士血が混じると、きょうだいでも違う種族が生まれることがあるんだよ、と教えた。セナは、へえ…、と目を丸くする。そんな彼女を、にこにことヨルは見つめる。


「ちなみに僕、セナと一度会ったことがあるよ」

「……ああっ!あなたあの時の…!助けてくれてありがとう!」


ヨルの言葉に、セナはあの日の白い大蛇を思いだす。ヨルはそんなセナを見てまたにこりと目を細める。


「いいえ。…でも、あの高さから飛び降りようとするのはちょっと…無謀すぎるかな」


笑顔でヨルにそう言われて、セナは小さくなりながら、…はい、と頷いた。ラビは二人の会話に怪訝そうな顔をする。


「…おっと、もう行かなくちゃ。それじゃあまたね、セナ」


ヨルはそう言うと立ち上がり、セナにひらひらと手を振って部屋から出ていった。セナはヨルの背中をぼんやりと見つめる。


「(…あの大蛇、ヨルだったんだ…)」


セナは、あの日の規格外の大きさをした白蛇を思い出し、ヨルにわざと嫌われるようなことをして怒らせるのはやめよう、と決めた。
















セナは気晴らしにと、ラビとともに中庭に向かった。セナは隣を歩くラビに、ねえ、と話しかけた。


「フェンリルの兄弟って、ヴァーリって人とヨルの2人だけ?」

「まだいらっしゃる…けど…、…ねえセナ、何を企んでいるの?」

「え、ええっ?!」


セナは動揺してまばたきを繰り返す。ラビは疑わしそうにセナを見つめる。


「急に僕に対して面倒くさくなったり、ヨル様に対してよからぬことを考えてそうな顔したり」

「…べつに…」

「前に皇帝のこと、怒ってもらったほうがいいとか言ってたね。あれが何か関係してるの?」


じろりとラビに見られて、セナは目を泳がせる。しかしラビはじっとセナを見つめ続ける。セナは少し固まったあと、小さくため息をついた。


「あなたやヨルに嫌な態度をとって嫌な印象を持たれたら、フェンリルにまでその噂が回らないかしらって期待したのよ。…彼を怒らせて、嫌われて、…私は家に帰らされたいのよ」

「はあ?馬鹿じゃん。ほんとに皇帝を怒らせたら、国際問題になるよ」


頭冷やしなよ、とラビに冷静に返されて、セナは、それを狙っているんだけど、という言葉を飲み込む。


「なんでそうまでして国に帰りたいの?国に好きな人でもいるの?」


ラビはセナの隣を歩きながらそんなことを尋ねる。セナは、え?と首をかしげる。


「(…家と国に復讐したい…と言うとさらに馬鹿にされそうだから、そういうことにしておいたほうが穏便かな…)ま、…まあ…」

「献上されといていつまでも好きな人が忘れられない、なんて少女みたいな夢見てたらダメだよ。早く忘れなよ、大人でしょ」


ラビに言われて、セナは、それが本当の理由ではないのに傷ついた。さんざん王国で言われてきたことを思い出して、セナは胸がえぐられる。


「(…いつまでも、なんて言われても、私は夢を見る時間がなかった…。奪われてた。20年間も。国と家の都合で…)……そんなふうに、…わりきれないよ」


セナは弱々しく返した。そんな彼女に、普段との違いを感じてラビは一瞬言葉を詰まらせる。ラビは一度視線をそらしたあと、あ、と声を漏らした。ラビの視線の先を見ると、中庭にある噴水のそばのベンチで、座って読書をする少女の姿が見えた。


「ヘル様」


ラビが彼女に近づいてそう声をかけると、その少女は顔を上げた。灰色のウェーブがかった長髪に、赤い瞳をした儚い見た目の美しい少女だった。


「…ラビ」

「戻られていたんですね」

「ええ」


少女は短く返すとまた本に視線を落とした。セナはその少女の美しさに目を奪われる。

呆然としているセナに気がついたラビが、ヘル様、と口を開いた。


「この者はセナです」

「…あなたが」


ヘルは本から視線を上げてセナを見た。美少女の無表情は迫力がある、と、セナは思った。そんなセナに、ラビが、あのね、と話しかけた。


「このお方はヘル様。フェンリル陛下とヨル様の妹君だよ」

「あっ、…はじめまして」


セナは頭を下げた。ヘルはじっとセナを見つめている。


「…噂には聞いている。…同じ人間同士、よろしく」

「に、人間?」


セナはここで同じ人間と会えたことに目を丸くするが、ヘルは無表情のままこちらを見つめている。

大人しそうで、かつ、初めて出会ったフェンリルの妹という存在に、セナははっとよからぬことを思いつく。


「(…妹につらく当たったら、かなりの悪評が立つんじゃないかしら…?…でも、こんな幼気な少女をいびるのはさすがに…。彼女につらくあたる芝居をしたいと打診して、協力を仰ぐというのは…)」

「一応教えとくけど、彼女、フェンリル陛下からこの国の軍の精鋭部隊の指揮を任されてるよ。陛下に信頼されてるから、表には出せないような仕事を請け負ったりしてる」

「えっ…」


セナは、可憐な見た目の彼女からは想像もつかない肩書きに硬直する。


「(…そんな彼女に陛下を欺くのを手伝わせようとしたら、その時点で私が処分されそう…。いや、それはそれで、家と国に復讐するという目的は果たされるのか…?)」

「よからぬことは考えないように」


ラビに釘を差されたセナは、はあい…、と力なくうなだれた。

その時、ヘルがじっとセナの方を見つめているのが見えた。セナはヘルの方を見て首を傾げた。


「あの…なにか?」

「…フェンリルお兄様とは番になってないって、…本当?」

「え?ええ…はい…」


セナが答えると、ヘルはあからさまにがっかりした顔をした。セナは、え、え…、と戸惑う。ヘルは閉じた本の上に肘を置いて頬杖をつき、アンニュイな表情を浮かべた。


「…がっかり。お兄様がはじめて連れてきた女性だっていうから、正妃になるものだと期待してたのに…」

「ヘル様、この者は他国からやってきた純粋な人間ですよ?選ばれる訳ありません」


ラビがそう言うと、ヘルはまっすぐにラビを見つめた。


「…私は、獣人の血が流れているとはいえ、種族としては人間。人間が獣人の帝国の正妃になることに忌避感はない」

「う、…でも、周りが許さないのでは…。やはり次の皇帝も狼がいいと思う者は多いはず。そのためにはやはり、人狼の家から娘を…」

「フェンリルお兄様の今の権力と支持があれば、可能。…確実にするのなら跡継ぎが必要。…セナ」


ヘルは大きな瞳でじっとセナを見つめた。セナは困惑しながらヘルを見た。


「フェンリルお兄様と一刻も早く番になりなさい」

「ぶっ!!」


まっすぐな瞳でそう言われて、セナはむせる。ヘルはそんなセナに構わず、じっと見つめ続ける。


「フェンリルお兄様が連れてきた女性はあなたが初めて。あなたしかいない」

「でも、陛下は寝室に入ってまでセナに何もしてないんですよ?」


ラビがそう怪訝そうに言う。ヘルは口元に手を当ててしばらく考え込んだ。


「理由があるはず。なにか理由が…」


じっと真剣に考えながらヘルはそう呟く。ラビは納得いかなさそうな顔でヘルを見つめる。


「どんな理由だって言うんです?」

「それはわからない。…そういえばセナ、お兄様にずいぶん不遜な態度を取っているらしいわね」


ヘルがそう淡々と尋ねた。セナは一瞬言葉に詰まったあと、こくりと頷いた。ヘルは、無表情のままじっとセナを見つめた。


「それが理由かもしれない。セナがそんな態度だから、お兄様が遠慮して…」

「遠慮?!あの陛下が?!あり得ないですよ、絶対権力者の陛下が他の人に遠慮…、ましてや王国から献上されてきた人間に…。いやいや、ない、絶対ないです!」


ラビが手を振って否定する。ヘルはそんなラビをじっと見つめたあと、ふう、と小さくため息をついた。そして、またセナの方を見た。


「約束して、セナ。お兄様と親しくするって」

「え、ええ?いや、あ、あの、私、」

「約束して」


ヘルにそう、静かに、しかし有無を言わせない圧でそう言われたセナは、無意識に、…はい、と返事をしていた。






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