2-4ご令嬢は皇帝に嫌われたい
ラビに急かされながらセナは朝食を終えた。
セナは着替えなどの準備を終えると、ラビに連れられてお城の中を歩いた。様々な獣人たちとすれ違いながら、異世界に来てしまったような心地になる。
「そんなに珍しい?」
ラビがきょろきょろと周りを見回すセナに尋ねる。セナは、またジロジロ見てしまった自分を戒めながら前を向き、うん、と頷く。
「私のいた国には人間しかいないから」
「この国はね、たくさんの獣人が暮らしてる。それをまとめ上げているのが、狼の獣人であるフェンリル陛下」
ラビはそう説明する。セナは昨日のフェンリルを思い出してなんとなく体が固まる。ラビは、そんなセナには気が付かずに話を続ける。
「先代の皇帝の後、他のきょうだいたちや身内との権力争いに勝って皇帝の座を得て、多種多様な種族が暮らすこの国を統治してるお方だよ。冷静で冷徹で、…とにかく怒らせると怖い人だから、セナは言動に気をつけて…」
ラビはそう言いかけて言葉を止めた。セナはそんなラビに首をかしげる。その時、周りを歩いていた獣人たちが皆立ち止まり、頭を深々と下げ始めた。セナはラビの視線の先を見つめる。するとそこには、数名の家臣を連れたフェンリルの姿があった。
「あ…」
セナは彼を見つめて立ち止まる。そんなセナの腕をラビは慌てて引き、頭下げて!と小声で促す。セナはラビに言われるがまま頭を下げる。すると、フェンリルがセナの前に来て立ち止まった。
「朝食はとれたか」
フェンリルはそう尋ねた。セナは、えっ、と声を漏らして顔を上げた。その時、目の前の男に深々と頭を下げる周りの獣人たちが改めて見えた。
「(…この国を治めてるようなこの人がどれだけすごい人だか知らないけど、私はこの人に嫌われる必要がある。この人に嫌われて、怒らせて、王国と私の家に恥をかかせる必要が…)」
セナは目の前の男を見上げる。フェンリルの赤い瞳の中に自分が映っているのが見える。
アナスタシアではなかった自分にも手を出そうとした見境のなさにもちろん腹が立つし、結局何もなかったことで、望んで抱かれに行ったけど断られた形にされた自分が周りから笑われてしまったことも納得がいかなくて腹が立つ。
セナは眉をひそめて戦闘態勢になる。相変わらず自分より大きな体をしたこの男に、セナは怯むわけにはいかないのだ。自分の復讐のためには。
「…私、あなたと話すことなんかない。話しかけてこないで」
セナはそう、そっけない態度で返すとフェンリルにそっぽを向いた。
「(母親から、愛嬌を持って接しろと言われた。その逆をすればいい)」
セナはそんなことを思いながら、つんとした表情でいた。不遜な態度をとるセナに、ラビが顔を青くする。セナはそんな彼には構わず、踵を返して歩き出してしまった。そんなセナの腕をがしりとラビが掴む。
「ねえセナ正気?!謝って!」
「はあ?」
「謝って!」
「謝らない!」
セナはラビの手を振り払う。ラビは目を丸くした後、むっと眉をひそめる。
「…昨晩陛下に相手にされなかったからって、ふてくされないほうがいいよ?」
「なっ…」
ラビの指摘に、周りにいた獣人たちがそれぞれ吹き出して笑いを押し殺し始める。
セナは彼らを見回したあと顔を赤くして、ち、違うから!とラビに言い放った。
そして、セナはフェンリルを指さした。
「私はこの人と、どうともなる気が、そもそもありませんから!!」
セナはそう思い切り言い放った。セナのセリフに周りの空気が凍るのを感じる。
フェンリルはそう言ったセナを見つめて、少し目を丸くして固まる。セナはそんなフェンリルを挑発的に一瞥したあと、彼に背中を向けて歩き出した。ラビは、ああもう…、とため息をついたあと、フェンリルに深々と頭を下げてからセナを追いかけた。
颯爽と歩くセナの隣を歩くラビが、ジト目で彼女を見つめた。
「…なによ」
「…僕がせっかく、陛下は怖い人だよって教えてあげたのにさ。あーあ、献上されてきた身のくせにあんな態度とっちゃって。陛下を怒らせちゃったかもよ?」
「怒ってもらって結構。私、はやく嫌われたいから」
セナは、ふんっ、と鼻を鳴らして言う。そんなセナを白けた目でラビが見つめる。
「ねえセナ、どういうつもり?」
「どういうつもりって、」
「処刑されちゃうかもよ」
「しょっ…」
想像もしていなかった単語に、セナは立ち止まる。そんなセナを置いてラビはどんどん進んでいく。
「明日は処刑場かもね〜。セナのお世話係はお役御免かあ。はやかったな〜」
ラビはそう言いながらセナを置いていってしまった。セナはそんな彼の背中を見つめて硬直した。
「(…処刑…は、想定外だった……)」
部屋に戻り、ベッドに横たわりながらセナは悶々と考える。
「獣人の国にノコノコやってきて、生きたまま国に帰してもらえるという考えがそもそも甘かったかしら…」
王国にいた時、散々周りの人たちが獣人たちを野蛮だの恐ろしいだの言っていたことを思い出しながら身震いをする。セナは深いため息をついて寝返りを打つ。
両親や国に仕返しはしたい。けれど、自分が処刑されるリスクを負ってまでするべきだろうか。
「いいえ、絶対に仕返しする。絶対!」
セナはそう改めて意気込んだとき、あ、と声を漏らした。
部屋からバルコニーに繋がる扉の窓が目に入り、バルコニーの手すりの上をとことこと歩くぶーちゃんの姿を発見したのだ。
セナはすぐに元気になり、勢いよく起き上がると、バルコニーに繋がる扉を開けた。
「ぶーちゃん!」
セナは笑顔で近づくと、ぶーちゃんを抱き上げて頬ずりをした。ぶーちゃんは鼻をひくひくとさせながらセナの方を見上げた。
「あなた、この国に住んでたの?」
セナは、こちらを見つめるつぶらな赤い瞳に尋ねる。ぶーちゃんは尻尾を緩く揺らすだけである。セナはぶーちゃんの瞳を見つめて目を細める。
温かくて柔らかい塊を抱いていたら、セナは急に眠くなってきた。目はしょぼしょぼして、体はぐったりと疲れ切っている。
「ねえ、一緒に寝てもらっていいかな?なんだか、あなたといたら眠れそう。…昨日ぜんぜん眠れなくて…」
セナはぶーちゃんを抱き直すと、部屋に連れて行った。そして、ベッドの上にぶーちゃんを寝かせて、その隣に自分も横たわった。そして、隣で眠るぶーちゃんの頭を撫でた。ベッドに伏せをしたぶーちゃんは、目を閉じて気持ちよさそうにセナの手に撫でられている。そんなぶーちゃんが可愛すぎてセナは目元を緩ませる、がしかし、眉をひそめる。
「ぶーちゃん、あなたにこうやってまた会えてとっても嬉しい。でもね私、国に帰らないといけないの。絶対にあのフェンリルとかいう男に嫌われて、国に帰してもらうの…。…ぜったい、に…」
セナはそんな決意を呟きながら、どんどん眠くなる。その隙間には抗えず、ゆっくりと意識を手放した。
すう、と寝息をたてるセナのそばで腰を下ろして座るフェンリルは、彼女をじっと見下ろしていた。フェンリルはゆっくりとセナに手を伸ばすと、彼女の頬を優しく撫でた。
「…やっと見つけた」
フェンリルはセナの頬の上で手を滑らせると、彼女の額にかかる髪を軽く分けた。寝ているセナはほんの少し眉に力が入る。そんな彼女を見つめて、フェンリルは不敵に微笑む。
「帰れるなんて、思わないほうがいい」
フェンリルはそう言って今一度口元を緩めると、ゆっくりとベッドの上から降りて、部屋から出ていった。
窓から差し込む夕陽の光で、セナは目を覚ました。ゆっくりと体を起こして背伸びをした後、隣にいたはずのぶーちゃんの姿を探した。しかし、部屋のどこにも姿はなかった。
「あれ…?」
セナは、まだ眠い目をこすりながら首をかしげる。
「飼い主のところに、帰っちゃったのかな…」
セナはそんな独り言をしながら軽く背伸びをすると、疲れから、はあ、とため息をついた。




