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1-4ご令嬢は復讐がしたい

翌日セナは、馬車を走らせて実家へ向かった。

家に戻ると両親は揃って彼女を待っていた。2人にはすでに、セナがアナスタシアの代わりにアースガルズ帝国へ献上される話は耳に届いているらしい。

セナは、これまで大切に育ててきてくれた2人の気持ちを踏みにじるような決断をしてしまったことが後ろめたくて目を泳がせる。すると、父親がセナの前に立った。


「セナ…」


優しい父の声が響き、セナは目から涙があふれる。ごめんなさい…、と言おうとしたセナを遮って、父は、よくやった!!と大きな声を上げた。


「……え?」


セナは目を丸くして父を見上げた。よくやった、という彼の言葉の意味が分からずに、セナは呆然とする。

両親はお互いに手を取り合って、今にも小躍りをしそうなほどはしゃいだ笑顔で見つめ合っていた。


「ああよかった!これで我家は安泰だ…!」

「本当ね…!新皇帝が献上を断ってきてからは、これからどうしたらいいかと、夜も眠れなかったけれど…」

「気が変わったようでよかった!」

「ええほんとうに!」

「あ、あの…」


セナは、自分が帝国へ献上されていくことを手放しに喜ぶ両親の方を困惑した顔で見つめた。すると母が、いい?とセナの目をまっすぐに見つめた。


「あなたは献上されるには少しばかり年増よ?でもね、女は愛嬌なんだから!皇帝陛下に気に入ってもらえるように愛想よくなさいよ?」

「そうだぞ!ご機嫌を損ねられてお前が国に返されたりしたら、この家は恥をかく!」

「相手は、いくら人に似ていても所詮は獣だから、きっと単純な頭よ。あなたはただただ何も考えず、可愛らしく従順にしていたらいいの」


心の底から嬉しそうな母はそう言いながら、セナの頬を優しく撫でる。セナは混乱しながらまばたきを繰り返した。













「(…お父様とお母様は…喜んでいた…?)」


実家から城に戻り、大きな廊下を歩きながらセナは悶々と考え込む。


「(あんなに世界は恐ろしいからって私を守ってくれていた2人が、野蛮で恐ろしい獣人のもとに献上することをちっとも止めようとしてくれない。なぜ?)」

「おおアレックス、聞いたか?」


セナは、アレックスという名前に咄嗟に身を隠した。貴族の子息たちが数人集まってなにやら楽しそうに話をしていた。


「例のセナ・シュタイン、結局帝国に献上されるらしいぞ」

「ええ?!20を過ぎたいい年のご令嬢なんか向こうもいらないだろ」


一人の子息の言葉に、周りにいた子息たちが嫌な笑い声をあげる。セナは身を隠して彼らの話を聞きながら、背筋が凍るのを感じる。


「帝国から返品されたら国の笑いものだな」

「もうすでに笑いものだろ」


ふんっ、とアレックスが鼻で笑いながらそう言った。セナは、普段と違うアレックスの様子に身体が硬直する。


「戦争に負けたこの王国の命乞いのために、色ボケ皇帝の献上品にさせられて、その結果、20年も部屋にしまい込まれた。他の男に傷物にされたら献上させられないからっていう理由でな。シュタイン家も名家だったのに落ちぶれたな。国王陛下からの褒賞をあてにして、実の娘を20年も閉じ込めるなんて、親のすることじゃない。閉じ込められた結果、あの令嬢、最初は紅茶の淹れ方すら知らなかったんだぞ?」


アレックスの話に、くつくつと子息たちが笑う。すると、でもさ、と子息がアレックスに言う。


「君、ずいぶん彼女を気に入っていたじゃないか」

「馬鹿言うな。哀れんでたんだよ」


アレックスは、腕を組んで失笑した。


「貴重な人生の20年間を、お国のために棒に振って、結果新皇帝が献上を断ったためにその成果も実らず、年だけ取った世間知らずの令嬢が残酷にも野に放たれたんだ。哀れまないわけにはいかないだろ」


アレックスの言葉が、空洞のセナの脳にがんと響いた。

子息の一人が、そうだ、と言った。


「そんな心優しいアレックスなら、皇帝から返品されるだろうセナ・シュタインをもらい受けてやったらどうだ?」

「馬鹿言うなよ。そんな曰く付きを引き取ったら俺まで笑いものだ。それに俺は、年下の美しい、きちんとした礼儀のある婚約者が決まりそうなんだよ」


アレックスはそう言いながら歩き出す。それに続いて他の子息たちもこの場から去った。取り残されたセナは、楽しそうに話を続ける彼らの笑い声を聞きながら立ち尽くしていた。










「(男なんか最低。男なんか最低。男なんか、)」


悶々と考えながら、セナは廊下を一心不乱に歩いた。あの下品に笑うアレックスと他の子息たちの声がリフレインして、セナは腹の底から怒りが湧き上がる。


「(…でも、そう教えてくれたお父様とお母様は、家のために私を閉じ込めていた…)」


両親は、非常に利己的な理由からセナを20年間も閉じ込められ続けた。親が欲に目がくらまなければこんなことにはならなかった。でもそれは、他の理性的な対話の道を辿らずに、王家の人間を献上するという短絡的な逃げ道を王家が選ばなければ、両親のその決断は生まれなかった。いやそもそも、前の皇帝が自分の欲のために王国の人間を欲しがらなければ起こらなかった問題。


一体誰のせいで自分はこんなことになったのか。一体誰を恨んだらいいのか。セナは頭が真っ白になり立ち止まる。

頭を抱えてうずくまりたいほどの頭痛が彼女に襲いかかる。


「…あ、」


ふと、向こうからアナスタシアが歩いてくるのが見えた。セナは震える唇を噛みしめてから、笑顔を彼女に向けた。


「(…そうよ、私は彼女のために献上されるのよ)」


セナは暗闇から希望を見出したような気持ちになりながら、アナスタシアに駆け寄った。


「アナスタシア様…!」


セナはアナスタシアを見つめた。しかし自分の目に見えたのは、いつもの優しいアナスタシアではなかった。セナは予想外の彼女の反応に硬直する。アナスタシアは憎しみすら感じる瞳でセナを睨みつけた。


「…余計なことをしてくれたわね」

「よ、よけい…?」

「私はね、アースガルズ帝国に行きたかった…!」


アナスタシアは、そうセナに感情的に言い放った。セナはよくわからずに困惑する。


「で、でもアナスタシア様、これまで散々獣人のことを嫌いだって、だから私は、アナスタシアが不憫だったから、だから代わりに…」

「あんなに素敵な方が皇帝なら話は別よ!」


アナスタシアはセナを睨みつけてそう怒鳴る。セナはさらに訳がわからなくなり、まばたきを繰り返す。


「え、えっと…、」

「これまで散々、つまらない人生だった。素晴らしい姫になるための勉強を朝から晩までさせられて、そして、真面目で優しい、つまらない他国の王子のもとに嫁がされる。…私の人生ってなに?こんなつまらない人生を、私は王国のために送らされ続けてた!でもそれが変わるかもしれなかった…。アースガルズ帝国に行けたなら…、あのお方の元へ行けるのなら!」


アナスタシアは大きな瞳に涙をためて、セナを恨むように睨みつけた。


「…絶対に許さないから。あなたが私を、この国の姫という檻に閉じ込めたんだから…!これまであなたを可哀想に思って大目に見てきて差し上げたけれど、仇で返されたわ!あなたなんかに親切にしなければよかった!二度と私の前に現れないで!」


アナスタシアはそう言い放つと、セナの前から去った。セナは呆然とその場に立ち尽くした。











お城にある中庭で、セナはたった一人で呆然と立ち尽くしていた。澄み渡る青い空を、首が痛くなるほど真っ直ぐに、セナは見上げる。


「(…生まれて初めて、自分の部屋からこの世界に出てこられたとき、本当に嬉しかった…)」


どんよりと淀んだ部屋から出た時に吸い込んだ空気の、涙が出るほど甘かったこと、セナは今でも鮮明に思い出せた。

今日からきっと、素晴らしい日々が始まる。初めて足を踏み入れた未知の世界に恐怖はもちろんあった。けれど、これまで体験できなかった素敵なことをたくさん知れる、素敵な人や物にたくさん出会える、そんな無限にも思える未来への希望に、セナは胸が一杯になった。


「(…それなのにみんな、今更なにを言うんだとか、良い年して何を言ってるんだとか、私を笑っていた)」


セナは、これまで何度も浴びてきた嘲笑を思い出して、握る手の力をさらに込める。


「(…今更ってなに?私は、…私は国のために、家のためにみんなが言う素敵な若い時代を棒に振らされたのよ…!自分に選択肢なんかなかった。考える力すら与えてもらえなかった)」


セナはようやく、周りが自分をどう見ていたのかを知った。自分は、国のために、家のために人生の華やかな時代を削った結果、何にもならなかった惨めな年増の令嬢だったのだ。


「(…お父様もお母様も、家のために私の20年間を奪う選択をした。私なんか家のための都合のいい道具だった。国だって、私の人生なんかどうでもいいと思っていたから、私を帝国に献上する道を選んだんだ)」


セナは、はっと、激昂したアナスタシアの顔を思い出した後、唇を震わせた。


「(私は、アナスタシア様のために身代わりになったのに、あの自分勝手な物言い…!私を檻に閉じ込めていたのが、王家であるあなたたちでもあるのに…!)」


セナは自分の手のひらに爪が刺さって血が滲むほど、握り拳に力を入れる。セナは深い深い呼吸をした後、ふいに冷静な目になった。


「…私、復讐する」


セナは、そうひどく冷静な気持ちで言った。


「私を都合よく扱った国にも、家にも、復讐する。絶対に」


セナは青い空を見上げる。怒りがこみ上げるお腹で深呼吸を繰り返す。


「皇帝にさっさと嫌われて王国に送り返されて、家の顔とやらに泥を塗ってやるから!!王国と帝国との関係を悪くして、私の人生を軽んじたこと、みんなみんなぜんぶぜんぶ、後悔させてやるから!!」


冷たい風を頬に受けながら、セナはそう空に大声を響かせた。



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