表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/5

1-3ご令嬢は復讐がしたい

その日の夜、セナはあの男のことを何度も思い出してしまい、嫌な緊張からなかなか寝付けなかった。ベッドの上で何度も寝返りを打った。 


「(…陛下…って言われていたから、つまり、アースガルズ帝国の皇帝…つまり、獣人ってこと?)」


セナはぶつかった男性のことを思い出してまた身震いをする。大きな体に冷たい視線。恐ろしい男とはこういう人のことを言うのかと、セナは身をもって知った。


「(…そういえば昔、一度だけ獣人の男の子を見たことがある)」


セナはふと、そんなことを思い出す。

どこから入り込んたのか、あの塔の部屋の扉の小窓から、その男の子とセナは顔を合わせた。見た目はだいたい人間だけれど、自分にはない耳や尻尾があった。黒髪の男の子はセナと目が合うと、勢いよく扉をどんと叩いた。その頃のセナは、両親以外の人と接したことがなく、かつ、男がどれだけ恐ろしいか教え込まれていたため、恐怖から気を失ってしまった。目を覚ました時には、もうその獣人の男の子はいなかった。


「(…アナスタシア様が散々おっしゃってた、獣人は乱暴で野蛮で、恐ろしいって。あの皇帝もきっとそう)」


セナは目を固く瞑ってから、肩の力を緩めてため息をついた。その恐ろしい獣人の、さらには皇帝陛下に無礼にもぶつかったうえに、服の一部を破損させてしまうという失態をした自分が無傷でここに戻ってこられたことに深く感謝するしかない。


「(…でもあの時、私の髪を切る選択肢もあったのか…)」


ふとセナはそんなことを考える。けれど彼はそうはせず、即座に自分のボタンを切った。

セナは少しだけ考えたあと、もういいや早く寝てしまおう、と再び瞳を閉じた。













翌日、ほとんど眠れなかったセナは眠い目をこすりながらアナスタシアの部屋へ向かった。

すると部屋には、アナスタシアの他に、国王に王妃、そしてウィズ王子、さらに重臣たちが数名なにやら深刻そうに話しこんでいた。

セナは瞬きを繰り返したあと、すすすとミリアのそばに向かった。


「…ねえどうしたの?」

「ものすごーく、大変なことになったみたい」

「大変なこと?」


セナが首を傾げたとき、はあ、という国王の深いため息が聞こえた。


「まさかアナスタシアを献上せねばならんくなるとは……。せっかく隣国の王子との結婚が決まっていたのに……」


目元を手で覆って肩を落とす国王の腕を、すがるような目をした王妃が掴んだ。


「陛下、なんとかなりませんか?アナスタシアはこの国のたった一人の姫です。それをあんな、獣の国の妾にだなんて…」


涙ながらに話した王妃の言葉に、セナはさらに首をかしげる。


「…めかけ?なにそれ」

「愛人、…本妻の他に侍らせる女のことよ。アースガルズの皇帝が、王家か、それに近しい家柄の女性を献上するように言ってきたらしいわ」


ミリアが苦々しい顔で言う。セナはぎょっとした顔でミリアの方を見る。


「なっ、なにそれ!そんな非道なことが許されるの?!」

「ああもう声が大きい!…帝国ではよくあることみたい。先代の皇帝なんてそれはもうたくさんの愛人がいたらしいから」

「な…な…」


セナは驚きと怒りで手が震える。


「(…男って生き物は…、男って生き物はっ…!!)でもどうして、この国がそんな条件飲まないといけないの?」


セナがミリアに尋ねると、眉をひそめてミリアは口を開いた。


「…先の戦争でこの国が負けた時、先代の皇帝とのあいだで取り交わした約束だからよ。まあ、それが実行される前に先代は亡くなられたけど…。新しい皇帝は数年前に、その件を白紙にするって言ってたのに、昨日急に、やっぱり以前の約束通り献上してこい、って言ってきたらしいわ」

「ど、どうして?」

「さあ…。でも、皆様のお話だと、昨日皇帝を歓迎するパーティーがあったから、その時にアナスタシア様や他の美しい人間の女性を見て、やっぱり人間の女性か欲しくなったんじゃないかって…」


ミリアの言葉に、セナは怒りが頭に込み上げた。両親から口酸っぱく言われ続けた゛男はろくでもない゛という言葉を、セナは今一度かみしめる。


「…しかしやはり、アナスタシア様をお渡しするわけには…。帝国との関係ももちろん大切です。しかし、アナスタシア様は隣国との関係を取り持っていただかなくてはいけない。アナスタシア様にしかできないお役目です」


家臣の一人がそう発言した。その言葉に他の家臣たちも深く頷く。

するとウィズが、しかし、と口を挟んだ。


「なら、アナスタシア以外に誰がいる?王家かそれに近しい家柄の出である妙齢の女性は、今は残念ながらアナスタシアしかいないよ」


ウィズの言葉に、家臣たちは俯く。王妃は口元を手で覆い、目に涙を浮かべる。

セナは、アナスタシアの方を見つめる。俯いていて表情が見えないけれど、きっと沈痛な表情をしているだろう。彼女はこれまでずっと、獣人を憎む発言をしていたのだから。そんな彼女が、本妻ならまだしも、妾として帝国の皇帝に攫われてしまうなんて。セナはアナスタシアが不憫でならなかった。これまで彼女に親切にしてもらってきたから余計に。


ウィズは、なら、と話を続けた。


「アナスタシアが帝国へ行く、ということで話を進めましょう」

「…あ、あっ!」


セナは急に思い出したように声を上げた。セナの声に、周りの皆の視線が集まる。ミリアは目を丸くした後、ちょ、ちょっと…、とセナの服の袖を引いた。


「あの私!私、王家に近しい家柄の女性です!私もいます!」


セナは手を挙げてそう答えた。そんなセナに、周りは困惑した顔を浮かべる。

国王は、ええと…、と言いにくそうにセナの方を見た。


「セナ、ああセナ、そうだ、お前は王家に近い高貴な家柄だ。…けれど…はて…、ううん、お前の年は18か、19だったか?」

「いいえ、20歳をとうに超えています」


ウィズがぴしゃりと言った。20歳を超えている、という言葉に、家臣たちは俯く。セナはわけが分からずに彼らを見渡す。


「え…え?」

「…゛妙齢の゛って言ってるでしょ!」


ミリアが小声でセナを戒める。セナはそれでも訳がわからずに首をかしげる。

すると王妃が、いいじゃない、と言った。


「セナにお願いしましょう。そうしましょうよ。もともと彼女が行く予定でもあったのだから」


王妃は、ねえ、と国王に圧をかけた。国王は、うーん、と腕を組む。セナは、もともと自分が行く予定だった、という初めて聞く情報にあぜんとする。

ウィズは、待ってください、と顔をしかめた。


「彼女では皇帝の機嫌を損ねる可能性がある。年齢の割に彼女は世界を知らない。言動も未熟だ。彼を怒らせたら後が面倒です。アナスタシアなら頭がいい、知識もある。もちろん美貌も。彼の気分を害することはないでしょう」

「でもフェンリル皇帝は、゛以前の約束の通り献上を受けたい゛、とおっしゃったんでしょう?以前の約束通りというのなら、アナスタシアではなくむしろセナをお渡しするのが正しいわ」

「しかし…」


ウィズがもどかしそうに言葉を濁す。すると国王が、よし、と膝を叩いた。


「セナに頼もう。いくら考えても、アナスタシアを妾にやるわけにはいかない。…向こうの機嫌を損ねたらそのときはまた考えたらよい」

「陛下…!」


ウィズが歯を食いしばり、さらにもどかしそうな顔をする。

セナは、まばたきを繰り返しながら、自分の発言が発端のはずなのに、何がどうなっているのかわからなかったがしかし、自分がアナスタシアのことを救えた、ということだけはわかっていた。 


「ああ、セナ、…お前には苦労をかける。お前の父と母には私から話そう。…きっと深くショックを受ける。がしかし、国のために、どうか犠牲になってもらう他ないのだ」


国王は、そう眉をひそめてセナの方を見つめた。セナは国王を見つめながらじわじわと、自分の置かれた状況が分かってきた。


「(…そっか、私…私つまり、獣人の国に妾として献上されてしまうということか…)」


事態が深刻になっていることに、セナはようやく気がつく。国王はゆっくり椅子から立ち上がると、セナの方に向かった。


「…あの野蛮な獣に生贄として捧げられる運命を、王国の未来のために受け入れてくれたこと、深く感謝する」


国王はそうセナに告げた。セナは、呆然と国王を見上げた。


「(…どうしよう、大変…。こんなこと、あんなに私を大切にしてくれていたお父様とお母様が、許可するわけない…。わけないけれど、国王陛下から頼まれたら許可するしかない…)」


セナは、自分をこれまで守ってきてくれた両親が、自分を手放すことになる悲しみを思って胸が締め付けられた。


「(…せっかく、あんなに大切に育ててくださったのに…私……)」


セナは罪悪感から息が苦しくなる。それでも、アナスタシアを見放すという選択肢もきっととれなかったと、セナは自分で自分に言い聞かせた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ