最終話-1ご令嬢が見た夢
セナはレティに、新しい番となる候補のリストを渡した。レティはリストを受け取ると、目を伏せた。
「…なんだか、至れり尽くせりね」
「…あのねレティ、あの…」
セナは、何も言ってはいけないのに、つい言いそうになる。ラビの剣幕を思い出して、セナはなんとか口を噤む。そんなセナを見て、レティは口元を緩めた。
「…なんとなくね、事情はわかってたの」
「え…え?」
「謝らないで、セナ。…あのまま彼と一緒にいて良かったなんて、とても思えないから」
レティはそう、自分に言い聞かせるように言う。セナは罪悪感から瞳を揺らして、そして目を伏せた。
さあて、とやたら明るい声を出すと、レティはリストを眺めた。
「新しい人生を歩まなくちゃ。まだまだこれから長いもの」
レティはそう微笑む。セナは彼女を見つめて、小さく微笑み返した。
部屋に戻り、セナは小さくため息をついた。ベイズが、どうかいたしましたか、と尋ねた時、フェンリルとラビが部屋に入ってきた。セナは、陛下、と頭を下げた。
「レティに、例のリストを渡してきました。本当に、ありがとうございました」
「いや」
フェンリルはそう返すと、ソファーに座った。ベイズは2人分のお茶の用意を楽しそうに始める。ラビは訝しげにセナを見た。
「…まさかとは思うけどセナ、彼女に余計なことを言ったりしてないだろうね?」
「い、言ってない!もう変なことはしないから…」
「ふうん」
ラビは怪しむ様子でセナの顔を見る。セナは目を泳がせながら苦笑する。そんな2人の間に、まあまあ、と笑顔のベイズが割り込む。
「セナ様もおかけになって、お茶にいたしましょう、ね」
フェンリルがセナに会いに来たことが嬉しいのか、ベイズは幸せそうに微笑む。そんな彼女に心が絆されて、セナもつられて口元が緩む。
「(…相変わらず癒される…)」
セナは顔がとろけながらフェンリルの隣に座った。ベイズがお茶を準備し終えたとき、ところで、とフェンリルがセナに話しかけた。
「君のしたいことリストはできたのか?」
「し、したいことリスト…?」
セナはきょとんとしたあと、前にそんな話を彼としたことを思い出して、ああ…、と呟く。
「(…前は、人違い説が濃厚だったから本気にしてなかったけど、この人が本当に私を好きだとわかったから…)」
なら積年の夢を叶えてもらおうか、と思った瞬間、フェンリルが自分のことを好きだという事実を思い出して、セナの頬が紅潮する。
涼し気な目元をした美しい目の前の男にまじまじと見つめられることが急に恥ずかしくなり、セナは両頬に手を添える。
「(…だ、だめだ…、誰かに好かれているという事実だけで心臓がばくばく言う…!なんて単純なんだ私は…!)」
「…ねえセナ、まさかとは思うけど、変なお願いしようとしてる?」
願いは何かと聞かれて、顔を赤くして恥ずかしそうにするセナを見て、ラビが怪訝そうに尋ねる。セナは眉をひそめて、ち、違うから…!と否定する。
「俺が叶えられるものなら、多少おかしくても聞き入れるぞ」
「…陛下、大抵のことは叶えられちゃうんですからやめてくださいよ…」
ラビがそう懇願する。そんな彼にセナは、だから変なことなんかお願いしないから!と自分の尊厳のために否定する。
「(…でも、したいことかあ…)」
セナは、うーん、と考える。夢見ていたことならいくらでもある。がしかし、真隣に、自分のことを好きだと言ってくる人がいるために、緊張して考えが纏まらないのだ。
「(…あああ駄目だ駄目。見つめられるだけで緊張して頭がこんがらがる…!)」
「セナ、遠慮しなくていい。なんでも言ってくれ。君の夢をかなえることは、俺の夢でもある」
フェンリルは、そうセナの手の上に自分の手を重ねて言う。自分のものではない体温を感じた瞬間、セナは驚いて、ソファから滑り落ちてしまった。
「せ、セナ様…!」
ベイズが慌ててセナのそばに行って怪我の有無を確認する。フェンリルもセナの前で膝をつき、大丈夫か、と心配そうに尋ねる。セナは恥ずかしさから赤面して俯く。
「だ、大丈夫です…」
「手を貸して」
フェンリルはセナの手を優しく握る。セナはまた動揺すると、隣にいたベイズに抱きついた。ベイズは、きゃっ、と声を漏らした後、どうしたんですか?とセナの背中を撫でた。
「ご、ごごごめんなさい…。男の人から好かれたことなんかないから、へ、変に緊張して…」
セナはベイズの肩に顔を埋めながら謝罪する。ラビが、重症だ…、と腕を組む。フェンリルはセナを見てきょとんとした後、小さく吹き出した。そんなフェンリルを見たラビとベイズは硬直する。
「(うっそ、陛下がこんなふうに笑うなんて…、あの陛下が…)」
「(まあまあまあ!本当にセナ様を愛していらっしゃるのね…!)」
「ほらセナ、こういうのは慣れだから」
フェンリルはそうセナの頭を撫でるが、セナはベイズにへばりついたまま、じゃあ少しずつ慣らしますとりあえず今日はここまでということで…!と必死に返す。
「…そうだ!セナ様、新しいお洋服と靴を作っていただくのはどうですか?」
ベイズがそうセナに提案する。セナは、え?と声を漏らす。
「セナ様がお好きなデザインの物を作っていただいて、それを着て陛下とお出かけするんです。どうでしょう?」
ベイズにそう言われて、セナはいつも、いつか自分も素敵な人と素敵なお洋服を着てお出かけがしたいと願っていたことを思い出す。
「な、なるほど…それ、とても良い…!」
「ならそうするか。すぐに仕立て屋を呼ぶ」
フェンリルはそう言うと、ラビの方を見た。ラビは、かしこまりました、と言うとすぐに部屋から出た。
ベイズはセナとフェンリルを順番に見て、少し考えた後、そうだ、と棒読みで言った。
「私、お菓子を取ってまいります」
「えっ、わ、私も行く…!」
セナは立ち上がろうとしたベイズに絡みつく。ベイズは、そんな、セナ様はお部屋でお待ちください、とソファーに座らせようとする。セナはそんなベイズの腕にしがみつく。
「ほらセナ様、逃げていては一生緊張したままですよ?」
「それはわかってるけど…!」
頭の中では空想の恋人と何度も遊びに出かけたけれど、現実世界ではそのシミュレーションは意味をなさなかった。セナとベイズが押し問答をしている様子を、フェンリルは微笑ましげに見つめる。
「お待たせいたしました!」
扉が開くと、ラビがアライグマの獣人2人をつれてやってきた。セナは、早っ!と心の中で驚く。
「じ、じゃあ採寸するから!男性陣は退出をお願いします!!」
セナはそう、フェンリルとラビに告げる。ラビは、はいはい、と言うと扉を開けた。フェンリルはセナの方を見て、目を細めた。
「気が済むまでやってくれ」
フェンリルはそう言うと、ラビが開けていた扉から出た。セナはその背中を見送ると、緊張が解かれて脱力した。
採寸が終わり、次はデザインの要望を告げる時間になった。セナは、仕立て屋が見本で持ってきた布を眺めながら、うん…、と考える。
「とりあえず、年相応のデザインのものと…」
セナはよさげな布を選んで職人に告げる。それからセナは、目をキラリと光らせる。
「それともう一つ、お花の柄で、色は華やかなやつで、レースやリボンがたくさんついていて、それから…」
セナはこれまで妄想してきた服の構想を伝える。職人は慌ててメモを取る。
「…と、言う感じで」
「は、はあ、かしこまりました…」
獣人は急いでメモを取り終えると、それでは、完成した後、お持ちいたします、と言うと頭を下げた。
すると、もう一人の獣人が、では、と話しかけた。
「次は靴の方を」
「…」
セナは少し考えた後、落ち着いたもので、と話始めた。
「それから、踵のうんと高いやつ!」
「かしこまりました」
職人は微笑む。2人のアライグマの獣人は、頭を下げると部屋から出ていった。
セナは嬉しさと高揚感から頬を赤くする。ベイズは微笑んで、靴を履いて歩く練習をしないとですね、と言った。




