7-4ご令嬢は迷走中
その日の夜、セナは寝る準備の手伝いを終えたベイズと別れてから、バルコニーに立った。そして、手すりの上にお腹を乗せて、ぐいっと隣をのぞき込んだ。
「(…バルコニーを伝っていけば、ヴァーリの部屋にたどり着ける…)」
ヴァーリの部屋の前には常に兵士が監視しているようで、扉から訪問して彼と合うことはできない。昼間、ヴァーリの部屋の位置と自分の部屋の位置を再確認し、そして、彼の部屋まで行く方法を考えついたのだ。
「(…よし!)」
セナはバルコニーに身を乗り出し、意を決して隣のバルコニーに移る。月明かりが照らす静かな夜の中、セナは落下の恐怖をなるべく考えないように、とにかく思い切ってバルコニーからバルコニーへ移動を続ける。
何度も怖気づき、もうやめておこうかと思う度に、昼間読んだウィズの手紙を思い出しては気持ちを奮い立たせた。
そうして、恐怖と疲れから背中を汗で濡らしながらも、なんとかヴァーリの部屋のバルコニーまでたどり着いた。
窓はカーテンで覆われており、部屋は暗くなっていた。まさかもう寝ているのか、とこれまでの苦労が水の泡になる恐怖に震えながら、部屋の窓を叩いた。
「ヴァーリ!ねえヴァーリ…!」
小声で、でも極力声に力を入れて、セナはヴァーリに呼びかける。がしかし、返事はない。駄目か、と肩を落としたその時、カーテンが開けられた。
「あ…」
セナは窓越しにヴァーリと目が合う。ぼさぼさの赤髪に、生気のない表情。目の下には深いクマが刻まれている。これまでの彼とは違い、すっかり牙を抜かれたような男の姿に、セナは動揺する。
「…お前…」
ヴァーリは少し目を丸くした後、窓を開けた。セナは、一瞬戸惑ったあと、真剣なまなざしで彼を見上げた。
「私を、あなたの番にして。今すぐに」
セナはそう、ヴァーリに迫る。ヴァーリは、目を丸くした後、はあ?と呆れたように言った。その言葉の圧にセナは怯むけれど、しかし負けないように両手を握りしめる。
「フェンリルが憎いんでしょう?復讐したいんでしょう?」
「…だとして、お前が俺の番になって、お前に何の得がある」
ヴァーリは眉をひそめて怪訝そうに尋ねる。セナは、はっと息を止める。
「(…ここで、母国に復讐がしたい…と明かすのは、逆に怪しまれるかな…)」
少し考えたあと、セナは、レティが、と口を開いた。
「レティが、あなたに傷をつけられたのを見て、よ。私が番になるから彼女をあなたの番から解放して。暴力を振るっている他の番もよ。それが条件」
彼女をどうにかできないかと考えていたことを思い出して浮かんだセナの言葉に、ヴァーリは少し瞳を揺らす。セナは一歩前に進み、部屋の中に足を踏み入れた。
「フェンリルはこれまで誰も番にするための女性を連れてこなかったと聞いた。私があなたの番になったら、彼がまた別の女性を連れてくるのはきっと時間がかかる。その間にあなたに跡取りになる子どもができれば、そうしたらあなたの思う通りになる」
一気にそう話して、セナは息切れを起こす。深く呼吸をして、セナはまたヴァーリを見上げる。
ヴァーリはそんなセナをしばらく黙ったまま見据えたあと、小さく息をついた。
「…もういい」
ヴァーリはそう言うと、ソファーへ向かって行き座った。深く腰掛けると、天井を見上げてまた息を吐いた。セナは慌てて彼を追いかけて、彼の前に立った。
「もういいって何?」
「…俺はもう疲れた」
「疲れたって…」
セナは眉をひそめて、唇を噛んだ。
「皇帝の座を弟に取られたんでしょ?皇帝になれなかったこと、周りに笑われてきたんでしょ?仕返ししなくちゃ!やり返してやらなくちゃ!全部めちゃくちゃにして、それで、これまで笑ってきた奴らに、思い知らせたくないの?!このまま終わったら、そいつらはこのまま何もなかったように日常を生きるだけ!のうのうと幸せに生きてくだけ!そんなの悔しいじゃない!恨めしいじゃない!自分をぞんざいに扱ってきたことの後悔をさせたいじゃない!絶望した顔が見たいじゃない!」
喉の奥が焼けそうなほど痛い。王国のことを、親のことを、周りのやつらのことを思えば憎くて、悔しくて。私の20年を返してよと叫びたくて苦しくて。
「(…絶望した顔を見て…それからどうなるの?その先に何がある…?)」
心の底では薄々気づいていた。復讐したって、一時的な気晴らしにしかならないこと。周りの人たちを、国を、滅茶苦茶にしたその後、何の罪悪感もなしに生きられる勇気なんか自分にはないこと。
かといって、自分をこんな目に遭わせた奴らを野放しにしたくない気持ちも確かで。
「(…自分はどうしたい…自分は…)」
「第一お前、俺に抱かれることができるのか?」
「はっ、え?」
「あんなに怯えてたやつが。…つーか、何をするのかわかってんのか?」
「ば、馬鹿にしないで!わかってるわよ!…多少…」
「…そもそも、お前に手を出したら今度こそ俺は処刑だ」
ヴァーリの言葉に、セナは、え、と声を漏らす。ヴァーリはどこか遠くを見ながら、かといって、この状況が生きてるのかと言われたら…、と呟く。
ヴァーリは目だけセナの方に向ける。
「良いから出ていけ。俺はお前の話には乗らない」
「……」
セナは唇を噛み締めて、そして目を伏せた。俯いてため息つき、…夜分に失礼しました、と言うと、扉の方に走っていった。その背中に、ヴァーリはびくりと耳を動かす。
「馬鹿っ、扉から出たら…」
そんなヴァーリの声は、セナが開けた扉の閉まる音で消える。ヴァーリはしばらく黙り込んだあと、深いため息をつき、目元に手を当ててより深く椅子に腰掛けた。
意気消沈したセナは、扉を開けた。すると、前で監視していたらしい犬の兵士が、セナを見て目を丸くした。
「えっ、えっ?!」
「あ…」
しまった、とセナは思う。兵士が見張っているからあんな苦労をして外から入り込んだということを失念していたのだ。動揺で固まる兵士から、セナはさっと目をそらすと、懸命に走ってその場から逃げた。
翌朝、セナはラビに叩き起こされた。昨夜なかなか寝付けなかったセナは、重いまぶたをなんとか開けてラビを見た。ラビは顔を真っ青にしてセナの方を見ていた。
「セナ!昨夜ヴァーリ殿下の部屋にいたって本当?!」
ラビはセナの肩を揺する。もう彼にまで話がいっているのかとセナは動揺しながら、こくりと頷いた。ラビは目を丸くして固まった後、震える手をセナから離した。
「とんでもなく大ごとになってるよセナ…。殿下に連れこまれたの?殿下に襲われた…わけではなさそう…?大丈夫?」
ラビは心配そうにセナの匂いを嗅ぐ。セナは、何もなかったわよ、と小さく返す。いつもの様子ではないラビに、セナは自分がどえらいことをしてしまったことを肌で感じる。
「…とにかく僕、今からそのことに関する会議に出てくるから…!」
ラビはそう言うとセナに背中を向けた。セナは、まって、と呼びとめる。
「連れ込まれてない。私が彼の部屋に行ったの」
「は…?」
「彼の番にしてもらおうと勝手に部屋に行った。…でも彼に追い出されたの、そんなことしないって」
セナの言葉に、ラビは顔面が更に蒼白になっていく。ラビは目を泳がせた後、じ、時間がないから…、と言うと、慌てた様子で部屋から出ていった。その背中を、どこか他人事のような気持ちでセナは見つめる。
「(…そんな騒ぎになっているのなら、きっとただでは済まない…)」
セナは、寝癖のついた頭を軽く直す。柔らかい朝日を感じて、セナは窓の外を見る。
「(私がヴァーリの部屋に勝手に忍び込んだわけだし、私にだけ罪がある。…彼は、私を番にしたら今度は命がないと言っていたし、彼を巻き込まずに済んだとのなら、良かったのか…)」
晴れ渡る青い空を、セナは見つめる。
「これでやっと、終わりか…」
家に帰されるのか、それとも処刑か。どちらになるかはわからなかったけれど、最初に企んでいた通り、国や家に多大なダメージを与えられるだろう。
望んでいたことが叶えられるだろうと言うのに、セナはちっとも心が晴れなかった。気が狂いそうなほど青く澄み渡る空に、セナはぎゅっと胸が締め付けられて、息がうまくできなくなった。
広い会議室には、重臣たちと、その中心に座るフェンリル、そして彼らに対峙するように座るヴァーリがいた。ヘルはいつもの無表情で、椅子に座るヴァーリを真っ直ぐに見つめた。
「昨晩、セナと自室にいたと報告があった」
ヘルの言葉に、ヴァーリはじっと黙り込む。少しの間の後、ヴァーリはどこか一点を見つめたまま、そうだ、と答えた。
「見張りの目を盗んで、俺があの人間の女を連れ込んだ。あの女を自分の番にして、この状況に対する憂さ晴らしをしようとした。既のところで逃げられたがな」
フェンリルの返事に、室内はざわつく。フェンリルは黙ってヴァーリの瞳を見つめる。ラビは青い顔のまま、所在ない様子で目を伏せる。
「…これまでのこと、そして最近の蛮行…。その上での昨晩の事件。…ヴァーリ殿下とはいえ、相応の償いが必要なのでは?」
臣下の一人がそう口を開く。それに同調するように周りは頷く。
「…今から審議をする。連れて行け」
フェンリルがそう言うと、後ろに控えていた兵士たちがヴァーリを連行した。部屋から連れ出されようとしたヴァーリは、ラビの方を見た。
「おい兎」
ラビははっとしてヴァーリを見た。
「あの女に伝えろ。レティを頼んだと」
ヴァーリはそう言うと、兵士たちによって部屋から出された。
ヴァーリが部屋から出たあと、重臣たちはヴァーリの処遇について各々思うように話し始める。
ラビは顔色が悪いまま目を伏せる。そんなラビのそばにヨルがやってきた。
「ねえ、どういうこと?レティってヴァーリ兄さんの番だよね?」
「僕には、なんのことかよく…」
「ラビ、セナには伝えなくていい」
ヘルがそう釘を刺す。ラビは、は、はい…、と頷いた。
朝食も取らず、心配そうなベイズに何の説明もできないまま、セナは部屋のベッドでずっと横になっていた。
夕方頃、ラビがセナの部屋に来て、重たい表情で口を開いた。
「…ヴァーリ殿下は、牢で幽閉されることになった。期限は決められなかったけど、当分の間。…下手したらずっと。それに伴って、殿下の番関係はすべて解消させられることになった」
「えっ…」
セナは驚いて体を起こした。そして、ラビのそばに向かった。
「待って、彼は何もしていない。私が勝手に部屋に行ったのよ。なぜそんなことになっているの?」
「ヴァーリ殿下が言ったんだよ。自分がセナを部屋に無理矢理連れ込んだって。フェンリル陛下への謀反のつもりでやったって」
「えっ…」
セナは訳が分からずに固まる。ラビは唇を噛み締めたあと、ねえセナ、と言った。
「もう金輪際、こんな馬鹿なことは止めて。陛下からあんなに心を尽くしてもらっておいて、こんなことばかりしてたら本当に処刑されちゃうよ」
「待って…、ヴァーリは私のせいでそんなことになったの?私のせいで牢に…」
「決定打はセナだけど、…でもきっと、いつかはこうなってたよ。彼はもうずっと前から周りから疎まれていて、もちろんそうなる理由は十分すぎるほどあった。彼には非がありすぎた」
「でも…そうだとしてもこれはおかしいわよ。ラビ、私の方から彼の部屋に行ったって伝えてくれたの?」
「あの場で僕なんかに発言権はないよ。それよりセナ、一度頭を冷やして、」
「駄目よ、そんなの駄目!私が説明してくる!」
セナはそう言うと慌てて部屋から出た。ラビは、待ってよセナ!と怒鳴るが、彼女は止まらずに行ってしまう。
ラビは眉をひそめて、唇を強く噛み締めた。
「…陛下は、きっとわかってたよそんなこと…。わかっててこうしたんだ…」
ラビは、一人になった部屋で静かにそう呟いた。
セナは長い廊下を歩き、フェンリルの部屋まで向かった。歩きながら、自分が閉じ込められていたことを思い出す。それと同じ事を、自分のせいでヴァーリにさせることになった結果を、セナは何としてでも覆さなくてはいけないと決心していた。
フェンリルの部屋の扉を叩くと、扉を執事の犬の獣人が開けた。セナはその隣を通り抜けて、ソファーに座るフェンリルの前に来た。本を読んでいたらしいフェンリルは、セナの方を静かに見上げた。
「…ヴァーリの処罰を撤回して。彼が証言したことは事実とは異なってる。昨日の夜、私が彼の部屋に忍び込んだのよ。彼の番にしてと頼んだけれど、丁重に断られた。だから部屋を出た。そこを、扉の前で見張っていた兵士に見られたの。それが事実よ。処罰されるべきは私であって、彼ではない」
セナはフェンリルをまっすぐに見つめた。フェンリルは本をテーブルに置くと、小さく息をついた。
「…王国の、ウィズ王子から手紙が来たようだな」
「え?」
突拍子もないことを言われて、セナは動揺する。眉をひそめて、来たけど…、と返す。
「話をそらさないで。ヴァーリが証言したことは間違ってるの。嘘じゃない。本当に私が、」
「そこまでして帰りたいか。国に」
低く鋭い声がした。後ろに控えていた執事が身を震わせる。セナは、息を止めて身を固める。フェンリルはゆっくりと立ち上がるとセナの前まで来て、彼女を見下ろした。
「君は前に言っていたな。番う行為を、手段として消費されたくないと。それを覆してもいいと思うほど、国に帰りたいか。会いたい人間がいるのか」
フェンリルの声色から、彼が怒っていることをセナは感じた。何をしても微動だにしなかった彼の憤慨した様子に、セナはぎゅっと唇を噛みしめる。長年想いを寄せていた相手が、その想いを知ったうえで他の男と番になろうとしたことに、激しい怒りを覚えているのだろう。
彼の怒りと対峙して、セナは怯みそうになる。それでも、もうここまできたら最後まで突き通すしかない。セナは、復讐する道を選んだのだから。
「ええそうよ。私は国に帰りたい。帰るためならこんなことだってしてしまえる」
セナがそう返すと、フェンリルの頭に耳が現れた。あっ、と思った瞬間、セナは勢いよくフェンリルに押し倒された。セナは鈍い痛みにまぶたを固く閉じる。慌てふためく執事が、怯えながら両手で目をふさぎ、部屋の隅で蹲る。
フェンリルはセナの肩を強く掴んだ。彼の爪は狼のように鋭く、セナの肌に刺さって痛みを感じる。セナは、ゆっくりまぶたを開けて、自分を見下ろす男を見上げる。フェンリルは荒い呼吸を繰り返して、腕を震わせている。セナの肩に触れる手は熱い。
「(…そう言えば今彼は…)」
はたと、セナはフェンリルが今あの時期であることを思い出す。いつになく乱暴な彼の様子にセナは納得がいくが、しかし、呑気に納得などしている場合ではないことに気がつく。
「(…まずい、このままじゃ…)」
セナは体をよじり、うつ伏せになると、そのまま腕の力で彼の下から這い出ようとする。がしかし、すぐに上にのしかかられて、体の動きがほとんど取れなくなる。これまで何度か襲われかけたことはあったけれど、あれは本気ではなかったのかと思わされるほど、今の彼の力は強く、そして乱暴だった。
「や、やめて、やめて誰か!誰か!!」
セナは、部屋の隅で怯えている執事に訴える。執事はセナに気がつくと、慌てて扉の方に駆け寄り、部屋から出ていってしまった。
「(み、見捨てられた…!)」
セナは絶望するが、それに浸っている時間などなく、肌に触れるフェンリルの爪の痛さに、セナは顔をしかめる。彼は加減がわからなくなっているのか、強すぎる力と鋭い爪で、セナの肌がどんどん傷ついていく。
「(…これが、人の心を踏みにじった報いか…)」
服を破られて、肌に爪を立てられている中で、セナはそんなことを考える。これまで散々、自分は奴らにこんな目に遭った、だから奴らは相応の報いを受けなければ、と喚いていたけれど、そんな自分もいつの間にか、誰かに報いを受けるべき立場になっていた。
痛みに耐えながら、セナは、彼の怒りを体に受ける。後で本当は自分はあなたが探していた人じゃない、と明かしたことで精算されるという問題ではない、とセナはようやく悟る。今このとき傷ついた痛みはなくならないし、その痛みをわざと作り出した自分に責がある。
「あっ…!」
後ろから、セナはフェンリルにうなじを噛みつかれた。今まで感じたことのないような痛みから目に涙がにじむ。手を動かして暴れてもびくともせず、しかも、フェンリルはセナの首に噛みついたまま離れようとしない。
「(…痛い…)」
しばらくしたら、フェンリルの牙はセナの首から離れた。けれど牙が抜かれた瞬間に気が抜けて体の力が抜けた。そのまま、抵抗を続けたことで体力が削られたことと、身体的な痛み、そして精神的な疲れが積み重なったことで、セナは体をぐったりとさせた。
そんなセナの腰を、フェンリルが乱雑に引き寄せる。セナは抗うことができず、肘をついた状態で、情けなく四つん這いにさせられる。そんなセナに背後からフェンリルが覆いかぶさる。
「(…少女みたいな夢はもう見てたらいけない…馬鹿にされる…)」
冷たい床に頬をつけて、セナは虚ろな目で一点を見つめる。
「(…でも、誰に馬鹿にされたって、夢を見ていたらよかった。馬鹿馬鹿しくても、それでも。こんなことになるのなら)」
セナは今になって、自分の選択を悔やむ。だとしても、こんな自分がどこで夢を見続けられただろうか。年だけ取った世間知らずの令嬢が、周りの冷笑に傷つかず、腐らず、真っ直ぐになんて、どうしたらいられただろうか。
「(…ああいっそ、私なんかずっと、閉じ込められていたらよかったんだ…あの塔に…)……え…?」
服が破けて露わになった自分の背中に、何か生ぬるいものが垂れてきた。それはぽつりぽつりと止め処なく落ちてくる。
セナは恐る恐る振り返った。すると、自身の腕に牙を立てて噛み付くフェンリルの姿があった。そこから鮮血が溢れ出る。それでもフェンリルは構わずに腕に食らいつき続ける。
「あ…あ…」
セナは腰を抜かして地面にへたり込む。これまで見たことがないほど凄惨な状況に頭が真っ白になるけれど、それでも、自分の野生を噛み殺してセナに逃げろと伝えているような彼の行動に、なんとかない力を振り絞って、セナは彼の下から逃げ出す。そして、よろめきながら立ち上がると、扉を開けて部屋から逃げ出した。
セナは、扉を閉じると、一度その扉に背中をもたれかけた。そして、肩で息をした。すると、自分の前に誰かが立っていることに気がついた。顔を上げると、そこには神妙な顔をしたラビがいた。
「…ラビ……」
「……」
ラビは真っ直ぐに、体も衣服もぼろぼろのセナを見つめた。セナはその目を見られずに視線をそらす。以前、ヴァーリの時に叱られたくせに、また同じ轍を踏んだ自分に、もう呆れてものも言えないのだろうか、とセナは想像する。
「…手当てするから。部屋に戻ろう」
ラビはそう言うと、自分の上着をセナにかけた。セナは彼の方は見られないまま、俯いていた。




