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6-3ご令嬢はもどかしい

パーティーから1週間ほどたった日、自室に戻るために歩いていたセナは、反対側からヴァーリが歩いてくるのが見えた。

狼の女性を連れて歩くその姿を見たセナはとっさに身を隠して、彼が去るのを待った。あの日のことを思い出して、セナは身の毛がよだつ思いでいた。


ヴァーリはセナに気がつくと、眉をひそめ、そしてこちらへやってきた。セナはさらに体を縮こませるが、ヴァーリは彼女の前に来ると立ち止まった。


「…よお、正妃予定の人間様。まだ番にしてもらえてないのか?」


そう嫌味な言い方で言うヴァーリに腹が立つものの、余計なことをしてまた怒らせるのも嫌だったので、セナは目を伏せてその場をやり過ごそうとした。

ヴァーリはそんなセナに小さく鼻を鳴らすと、連れていた女性に、行くぞ、と声をかけて歩き出す。セナはちらりと彼らを見る。すると、暗い顔をした女性がセナの目にはいる。


「(…?)」


浮かない顔をした女性を連れて、ヴァーリは去っていった。何もなかったことにセナはほっと胸をなで下ろす。


「(…前回見た女性とも、前々回見た女性とも違う女の人を侍らせてたな…)」


セナは彼の姿を思い出しながら、軽蔑の気持ちでため息をついた。


「あっ、セナ、こんなところにいたの?」


ラビがとたとたとセナの方に向かって走ってきた。セナは、ラビ、と彼を呼んだ。


「どうかしたの?」

「お世話してる相手の居場所が不明だったら探すでしょ。ほら行くよ」


ラビはそう言うと、セナの部屋まで歩き出した。セナは、はいはい、と言うと、彼の後をついて行った。























フェンリルの部屋にて、作業机で書類を眺めるフェンリルの前に、憔悴した様子の人狼が、どうかお助けください、と頭を下げた。フェンリルは書類に目を通しながら、どうした、と尋ねた。


「…ヴァーリ様が、今度は私の娘を差し出せと仰るのです。どうかそれをとめていただけませんでしょうか…」


人狼はそう言うと、お願いいたします、と土下座をした。フェンリルは目線を彼に向けると、小さくため息をついた。そんなフェンリルに、すがるような視線を人狼が送る。


「恐れながら、ヴァーリ様にお子を設ける力はないのではと存じます。あれほどの数の番を作りながら、誰一人として身籠っていないのがその証拠。皆そう申しております。そのくせ、まるで原因が女たちにあるかのように暴力を振るうと聞きます。…ただでさえ、ヴァーリ様は周りからよく思われていない。…陛下も、実の兄とて、゛例の件゛からヴァーリ様とは距離をとっていらっしゃるではありませんか。…お願いいたします。皇帝陛下の兄上といえど、そのような方の番として娘を差し出すわけにはいきません…、どうか、どうか…」


人狼はそう言って額を地面に擦り付ける。フェンリルは今一度小さく息をつく。


「…わかった。俺から言い伝える」

「はっ、へ、陛下…!陛下、ありがとうございます…!」


ほとんど泣きそうな顔で、人狼はそう感謝した。フェンリルは、ああ、と短く返すと、部屋から出るように手を払った。

人狼は立ち上がった後、ところで、と話しかけた。


「恐れながら陛下、陛下はそろそろあの時期かと存じます。…どうでしょうか、私の娘と…」

「悪いが興味がない。他をあたってくれ」


フェンリルはそう跳ね除ける。人狼はあからさまにがっかりした顔をした後、失礼いたします…、と言うと部屋から出た。

フェンリルは、またため息をつくと、書類に目を通しはじめた。


「とうとうそんな話が出始めたね。これからもどんどん出るんじゃないかな。皆、泥舟には乗りたくないしね」


フェンリルの部屋で同じく書類仕事をしていたヨルがそう話しかける。フェンリルは、そうかもしれないな、と返す。

ヨルはクッキーを1枚つまむと、苦笑いを漏らした。


「ヴァーリ兄さん、どう出るかな?」

「……」


フェンリルは1度目を閉じると、うんざりしたような顔でため息をついた。


「そういえば、今年も外が騒がしいね。兄さんのあの時期だからね」

「……」


ヨルの言葉に、フェンリルは、ああ…、と思い出したように呟くと、面倒くさそうに息を吐いた。


「去年は、兄さんの寝室に娘を忍ばせてた猛者もいたよね。今年はどんな兵が現れるかな?」

「…変な楽しみ方をするな」

「そういえば、セナは兄さんがあの時期だって知ってるの?」


ヨルに尋ねられて、フェンリルは一瞬固まる。しかしすぐに、いや、と返す。


「極力会わないようにはする」


フェンリルの言葉に、ヨルはクッキーを口にくわえたまま固まる。一瞬の間の後、へえ…、とヨルはクッキーを咀嚼しながら意味深に返した。


「…兄さんがそんな感じなら、ヘルが何かしてきそう…」

「……」


ヨルと顔を見合わせたフェンリルは、また重いため息をついた。














ラビと自室に向かっていたセナは、ふと、今日はやけに訪問客が多いことに気がつく。


「(…この、父親らしき人に連れられた若い娘、が多い光景…既視感…)ねえ、また何かあるの?」

「ああ、そろそろ陛下があの時期だから」

「あの時期…あの?!」


セナは、ヴァーリとの一悶着を思い出して一気に気持ちが下がる。ラビはそんなセナには気が付かず、そうだよ、と何でもないように言った。


「まあ、陛下って薬さえ飲んじゃえば普段とほとんど変わらないから」

「…ヴァーリとはかなり違うみたい。個人差があるのね」

「そういうこと」


ラビはそう言いながら、すたすたと人混みを抜けて歩いていく。セナはそれを追いかける。

すると、ラビに向かって乱暴に、おい!と声をかける獣人がいた。体の大きな狼の獣人で、高圧的な態度だった。ラビは立ち止まると、彼には臆せず、なんですか、と淡々と返した。


「陛下はどこにいらっしゃる」

「何の御用ですか?」

「わかるだろ?娘を連れてきたんだ。陛下に会わせろ」

「そういった取り次ぎはしておりません」


自分より倍以上大きな相手にも、ラビは怯まずに返す。セナはそんなラビを、尊敬の眼差しで見つめる。

しかし人狼は、憤慨した様子を見せると、片手で乱暴にラビの耳を掴み、持ち上げて彼を宙吊りにした。

ラビは痛みから顔をしかめる。人狼はラビの耳に顔を近づけると、大声で怒鳴った。


「小兎のくせに、舐めた態度を取るな!!俺を誰だと思っている?!狼だぞ?!立場をわきまえろ!!兎のくせに偉そうに城をうろちょろしやがって!!」


この大声に、周りは何事かとこちらを見る。兎が狼に吊るし上げられていることに気がつくと、周りはゲラゲラと笑い出した。

この光景に、セナはあの日ヴァーリに髪を掴まれたことを思い出す。あの日の恐怖が蘇り、手が震える。


「あっ!!」


ラビがとうとう苦痛から声を漏らした。その声に、周りはまた笑い声を上げる。

セナは、ラビが気持ちだけは誰よりも強くいる、と言っていたことを思い出す。これまできっと、何度もこんなふうに彼は虐げられてきたのだろう。そう思うと苦しくて、許せなくて、セナはつい、ラビと人狼のそばに駆け寄っていた。


「…なんだ、お前は」


セナの姿を見た人狼が、威圧的な顔で見下ろしてきた。セナはぎくりと体を震わせたあと、生唾をのみ込んだ。

恐怖に体が震える。自分より大きな体をした目の前の男に、自分が敵うわけがない。男は恐ろしい。男は怖いと言った両親の言葉がフラッシュバックする。


「(…いつまで囚われているつもり?)」


セナは自分で自分に問いかける。自分を騙して部屋に閉じ込めた奴らの言葉を、自分を良いように使ってのうのうと幸せに暮らしてる奴らの言葉を、いつまで信じるつもりなのか。過去は変えられない、と言ったフェンリルの言葉を、セナは思い出す。


「(…過去は変えられない。だから、過去に囚われすぎたらいけない)」


セナはそう自分に言い聞かせて、必死の思いで目の前の人狼を睨みつけた。


「…その手を、離しなさい」


声が完全に震えた。セナの情けない声に、周りは馬鹿にしたような笑い声を上げる。セナはもう一度つばを飲み込むと、今度はさっきよりも力強く、その手を離しなさい!と言い放った。


「…なんだ、お前は?」


人狼はラビから手を離すと、今度はセナの方に手を伸ばした。そして、セナの胸ぐらをつかんだ。セナは一瞬ひるむが、しかし、負けじと睨みつける。


「(…かっこつけて出てきたけど、ここからの勝ち筋が見えない…!)」


セナは今更焦り出す。がしかし、そんな内心は見せないように、目の前の人狼に威嚇し続ける。

ラビはそんなセナの虚勢に気がついているのか、や、やめてください、とセナの胸ぐらをつかむ人狼の手を掴んだ。がしかし、ラビはいとも簡単にその人狼に片手で投げ飛ばされる。

セナは、あっ!と声を漏らしたあと、ギロリと人狼を睨みつけ、自分の胸ぐらをつかむ彼の腕を力強く掴んで爪を立てた。


「いい加減にして!」

「なんだお前、俺とやり合おうってのか?」

「こ、これ以上私たちに何かしたら、ただじゃ済まないわよ?!」

「ハッ!どうなるってんだ?え?」


挑発的に人狼がセナを睨む。セナは負けじと睨みつける。がしかし、返す言葉が見つからない。


「(…喧嘩…なんかできるわけないし勝てるわけもない…。逃げようにも掴まれてたら逃げられない…)…わっ、私はねえ、皇帝の寵愛を受けてるのよ!!」


自分の持つ手札がなく、とうとう禁忌カードを出してしまった。虎の威を借る狐となった自分が情けなくてセナは恥ずかしくなる。

セナの言葉に一瞬周りがしんと静まる。がしかし、じわじわと周りの嘲笑が起きた。目の前の人狼もくつくつと馬鹿にしたようにセナを笑う。


「ああ、そういえばそうだったな。いつまでたっても番にしてもらってないから忘れてたぜ」

「なっ、ぐ…」


あの日フェンリルが、自分が番にしないせいでセナが不利益を被っている、というようなことを言っていたのを思い出して、こういうことも起こるのか、と今更セナは実感する。


「ほっ、ほんとよ?!あなたなんか、どうなってもしらないから!!わかったならその手を離して!!」

「どうなるのか気になるなあ?お前に痛い目を見せたらわかるのか?あ?」


人狼がそう凄む。セナが恐怖から一瞬言葉を失ったその時、周りが静かになった。異変に気がついた人狼が周りを見渡すと、何かに気がついた瞬間顔を青くした。セナが人狼の視線の先を見ると、そこにはフェンリルとヘル、そしてヨルがいた。


「彼女の言うとおりだ。すぐ彼女から手を離せ」


冷たいフェンリルの言葉に、周りは更に静まり返る。

人狼は震え上がりながらセナから手を離した。セナは掴まれた部分を払った後、ラビの方に向かった。そして、尻もちをついていた彼の背中を心配そうになでた。


「怪我はない?」


そう尋ねると、ラビは目を丸くした後、都合悪そうに目をそらした。


「…僕を助けようとしてくれたかっこ良さ50点、陛下の名前を出したかっこ悪さマイナス100点、かな」

「こっ、こんな時にそんな点数をつける…?!」


本当にこの兎は可愛いのにかわいくない!とセナは心の中で歯ぎしりをする。


「…陛下の正妃になる女性に恐れ多くも手を出したこと、深く恥じなさい」


ヘルはそう静かに言う。人狼は顔を青くすると、お、お待ちください…、と、許しを乞うように跪いた。しかしヘルは、目だけで何かを合図をした。すると、どこからかやってきた熊の兵士が、人狼を連れてどこかへ行ってしまった。セナはあ然とその光景を眺める。


「……あの人、どうなるの?」

「セナの知ることじゃない」


セナの質問に、そうヘルは返す。淡々としている彼女に空恐ろしくなるセナは、彼女に悪巧みの片棒を担がせることを頼まなくてよかったと心底安心する。


「にしても、やりすぎでは?」


ヨルがそう尋ねると、これでいい、とヘルは返した。


「あの時期だったとは言え、ヴァーリお兄様の件もあったし、1度見せしめにしたほうがいい」


そう平然と返すヘルに、おーこわ、とヨルは苦笑する。

セナは、ラビにたいした怪我がないことを確認すると、フェンリルたちの方に向かった。


「あの…」


セナは、助けてもらったお礼を伝えようとするが、なにぶん、自分で寵愛を受けているなどとのたまった厚かましさが恥ずかしくて口籠りながら赤面してしまった。

セナは頬を紅潮させながら、なんども唇を噛みしめたあと、おずおずとフェンリルを見上げた。


「あの…、ありがとう…」


なんとかそうお礼を伝えられた瞬間、フェンリルの頭に狼の耳がぴょんと飛び出した。セナはぽかんと彼の頭を見上げる。それに気がついたフェンリルは慌てて耳を手でぐしゃぐしゃと押し込む。その押し込む手には、鋭い爪が見えていた。

そんなフェンリルを見ていたヘルは、すぐにセナの方を見た。


「セナ、もっとちゃんとお礼を言ったほうがいい。礼儀として」

「え?あ、ご、ごめんなさい…そうよね…」

「ここは騒がしい。セナの部屋に行く」


ヘルはそう言うとセナの手を引いた。セナは、え?と首を傾げてフェンリルの方を見た。フェンリルはセナと目が合うと、またひょこりと耳が出た。


「…結構だ」


フェンリルはそう言い捨てると、背中を向けて歩き出した。頭を乱暴にかいて、また自分の耳をしまっている。セナはそんなフェンリルを見つめてまた首を傾げる。

すると、セナの手を引いていたヘルが舌打ちをした。


「…残念。でもまだ機会はある」

「え?」

「もう行く」


ヘルはそう言うとセナから手を離しフェンリルの後を追いかけた。ヨルは小さく吹き出すと、じゃあね、とセナに手を振った。セナはよくわけがわからないまま手を振り返す。


「(…そういえば、感情がたかぶると耳や尻尾が出るとか…)」


そんなことを思い出し、セナは、はっとする。


「(…も、もしかして…)」

「…あの時期とは言え、いつもなら薬を飲めば何でもない人があれだけのことであんなふうになるなんて、陛下、本当にセナのことが好きなんだね」


ラビにそう言われて、セナはぎくりとして飛び上がりそうになる。セナは動揺したまま、え、え…、とラビの方を見た。ラビは不服そうに、そしてどこか悔しそうに、セナの方をジト目で見た。


「…僕もね、ほんの少し、本当に少しだけ君のこと、…その…、好きになったよ。本当にちょびっとだけね」


ラビはそう、唇を尖らせながら言った。セナは、え…、と声を漏らしたあと、だ、だめだめだめ!と手を振った。


「き、嫌いになってもらわなきゃ駄目!私のことは嫌いでいて!!」

「はあ?まだそんなこと言ってるの?」


ラビが呆れたようにセナを見る。


「もう諦めなよ。セナは陛下の正妃になるんだから」

「なっ、あなた認めてなかったじゃない!」

「認めてはないよ。許容しただけ」


ラビはそう言って、セナを見つめる。セナは、不本意ながらも恥ずかしそうに揺れるふわふわの耳のあまりの可愛さに悔しいけれど胸が高鳴る。


「これからよろしくね、セナ様?」

「さっ、さま?!」


呼び捨てで良いわよ!とセナがラビに言う。ラビは、やだよ、と返す。セナは、そんなラビを見つめて立ち尽くす。


「(…ただの人違いなのに…話が大きくなっていく…!)」

「ほらセナ様、早く行くよ?」

「(早く嫌われて国に帰らないと…!)」


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