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6-2ご令嬢はもどかしい

ベイズに案内されて、パーティーの衣装を選ぶために訪れた部屋へセナはやってきた。

フェンリルに見守られながら、セナはなんとなく居心地悪く靴を物色する。


「(…どんなものを作ってもらうか…、うーん、年相応の落ち着いたもの…)」


セナは、今履いているあの靴をちらりと見る。この靴もなかなか悪くない、と思ってからは、自分にふさわしいと押し付けられてきた類のデザインのものへの過剰な嫌悪感はなくなっていた。

セナは、落ち着いた色の、無難な靴を手に取る。踵も高くないから、歩きやすそうである。


「(…これかなあ…こんな感じのがいいかな…)」

「あれ、セナ様、平たい靴でいいんですか?」


横にいたベイズが、じっとセナを見つめる。セナは、え?と少し動揺する。


「え、ええ。歩きやすそうだし…」

「あんなに憧れていらっしゃったのに!せっかく陛下に用意していただけるのなら、自分が望むものにしたらよろしいじゃありませんか!」


ベイズが熱心にそう勧める。彼女の覇気に気圧されながら、セナは困惑する。

ヒールの高い靴を履けたら嬉しい。でも、昨日のパーティーでみた彼女たちのヒールの音を思い出すと、自分が手を出していいものかわからなくなって、複雑な気持ちになる。

すると、後ろで見ていたフェンリルが、セナの傍にやってきた。


「本当に望むものを言ったらいい」


フェンリルはセナを見つめてそう言う。セナは赤い瞳を見つめ返しながら、い、いいの、と眉をひそめた。そんなセナに、なぜ、と怪訝そうにフェンリルは尋ねる。


「…なぜって…」


セナは少し固まった後、一番手近にあったヒールの高い靴を手に取り、そして片足だけ履いた。そして、もう片足を履こうとしたその時、バランスを崩して無様に倒れた。

フェンリルは驚いた後、セナのそばにしゃがんで手を差し出した。セナはその手を取らず、ヒールの高い靴を脱いでから、こういうこと、と言って立ち上がった。


「この年にもなって、こういう靴を履く機会がなかったから、普通の人みたいに上手に歩けないの。それが無様だから履かない」


セナはスカートを軽く払って、ヒールの高い靴をもとあった場所に戻した。そんなセナをじっと見ていたフェンリルは、ゆっくり立ち上がった。


「履いて歩けないなら、歩けるように練習したらいい」

「れ、練習…?」


セナは目を丸くして彼を見上げた。そして、苦笑しながら、練習…、と繰り返した。


「(…上手に歩けなくて当然だった年頃ならそれでよかったかもしれないけれど…)」


セナは自分が戻した靴をちらりと見る。自身の現状を客観視してみれば、その靴はあまりにも自分には眩しすぎて、あの日ウキウキな気分でああいった靴を履こうとした自分があまりにも愚かに見える。

すると、セナの手をフェンリルが握った。セナは、え、と声を漏らして彼を見上げた。セナと目が合うと、フェンリルはゆっくりと目を細めた。


「練習して、あの靴で歩けるようになったら出かけよう、俺と」

「え…」

「今からもう一度履いてみたらどうだ?手を持って補助をするから」


フェンリルはそう言うとセナの両手を握った。セナが、え、え、と困惑している間に、ベイズが、ささっとセナの前に先ほどの靴を持ってきた。


「過去のことは何もしてやれないけれど、これからのことは俺が何とでもする。君の行きたいところに連れて行くよ。そこへ、君は君の履きたい靴を履いて行くんだ」


フェンリルは真っ直ぐにセナの目を見てそう言う。呆然と彼を見上げるセナに、フェンリルは優しく微笑むと、ほら、と靴を履き替えることを促した。


「(…私、あなたの探していた人じゃないんだけど…)」


そんな罪悪感が、セナの頭の中を占める。頭が真っ白になったセナは、フェンリルの手を振り払うと、や、やっぱり靴はいらない!と言い放って、その場から逃げ去った。













「(…ざ、ざざざ、罪悪感……)」


中庭のテーブルにて、セナは顔を付して打ちのめされていた。フェンリルのあの、好きな人を見る優しい瞳を思い出して、セナは頭を抱える。


「(あああ…、勘違いなんて…人違いなんて…!)」


本来は自分に向けられるべきものではないとわかってはいるものの、あそこまで愛おしそうに人から見られたことがないセナには、夢にまで見ていたことが叶った気持ちも湧いてきて、非常に複雑な気持ちになる。


「(…思えばずっと、ああいう相手が自分にもできることを望んでいた…)」


セナはテーブルに頬をつけてそんなことを心の中で呟く。

お城で侍女として働いていた頃、周りの侍女たちの恋愛話を聞いて心を躍らせていた。自分にもいつかそんな相手が…、と夢見ていた。


「(…って、どうしてアレックスの顔が…ああもう忌々しい…)…あれ?」


セナは、足元に黒いものがやってきたのに気がついて顔を上げた。なんと、ぶーちゃんがいたのだ。セナは笑顔で、ぶーちゃん、と呼んで、子犬を抱き上げた。


「どうしたの?こんなところで」


セナは膝のうえに子犬を乗せて、わしゃわしゃと撫でる。ふわふわの毛が心地よく、セナはリラックスする。


「(あー、アレックスの記憶へのストレスが消失していく…)」


セナが夢中で撫でていると、ぶーちゃんがこちらを振り返って、可愛い瞳を向けてきた。セナは、なあに?と話しかけて微笑む。

ふと、向こう側から男女の猫の獣人二人が、仲よさげに手をつないで歩いているのが見えた。女性の猫はその年ごろによく似合う、可愛らしい小花柄の明るい色のワンピースを着ている。


「い、いいなあ…。いいなあ…!!」


セナは羨ましい気持ちがあふれて、ついぶーちゃんを思い切り抱きしめながら、幸せそうな2人をじとーっと見つめる。


「(…フェンリルが本当に私のことを好きだったら、私でもああいうことができたのかな…)」


ふと、セナはそんなことを考える。


「(…復讐なんかしないで、これまで温めてきたふわふわの恋愛や、きらきらの夢を、フェンリルと叶えていく…という選択肢があったのかな…)」


セナはそんなことを思いつく。

これまで散々、自分が叶えたかったけれど叶わなかった夢を抱き続けたセナだけれど、周りが叶えている姿や叶えることのない現実に、その夢はどんどん良くない方向に熟成されていた。

それがもしかしたら、叶えられたのかもしれない。好きな人と、素敵な服を着て出かけたり、素敵なところに出かけたり、そんな周りから今更何をと白い目で見られた夢を、叶えることができたのかもしれない。

過去は変えられない。だから、未来を変えていくしかない。これから、これまでしたかったこと、できなかったことを叶えていく、そんな未来を、フェンリルとつくれたとしたら。


「(…まあ、そもそもが人違いなんですが…)」


セナは猫たちの背中をうらやましそうに見つめた後、がくりと項垂れて、またテーブルに頬をつける。セナの腕のなかにいたぶーちゃんが、心配そうにセナに鼻をこすりつける。セナはそんなぶーちゃんの顎を優しく撫で、そして頬擦りをした。


「(…いいなあ、あの人に本当に好かれていいる人は)」


セナはそんなことを考える。先ほどフェンリルが自分に向けて言った言葉が頭の中で繰り返されて、セナは胸がギュッと締め付けられる。

あの人にあんなふうな優しい目で見つめてもらえて、優しくしてもらえるなんて、あの人に好かれている人が羨ましい。

婚約者の話をしていたあの侍女たちは、その相手にこんなふうに扱ってもらっていたのかと今実感して、セナは羨ましくて恨めしくて苦しくなる。


「(…なんか私、他人のことを羨ましがってばっかりだな…)…あれ?」


セナは、自分の膝に尖ったが当たった感覚がして、ふと頭を上げた。そして、ぶーちゃんの前足を手のひらに乗せた。


「あれ、爪がすごく伸びてるよ。私のお部屋で切ってあげる」


セナはそう言うと、ぶーちゃんを抱き上げて立ち上がった。すると、ぶーちゃんはセナの腕から抜け出して、何処かへ走り去ってしまった。セナはその背中を見つめて、爪切り嫌だよねえ、と苦笑いを漏らした。

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