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6-1ご令嬢はもどかしい

フェンリルと別れたあと、セナは部屋に戻った。ベイズがいれてくれた紅茶が入ったカップをぼんやり眺めながら、セナは小さくため息をつく。


「(…人違いだとわかったら、返品されるだろうな…)」


フェンリルが、セナのことを人違いだと気がつけば、問答無用で王国へ返すだろう。そうなれば国中の笑いものである。


「(…なら、素知らぬ顔をする?これまでどおり嫌われるように振る舞って、国に帰されれば目的は果たされるわけで…)」


しかし、そうしたらフェンリルの心を傷つけるのではないだろうか、とセナは考えてしまう。これまでなら、最低な男などどうしたって構わないと思えていたのに、昨日の彼の優しさに触れて、前までのようには思えなくなってしまった。


「(…怒らせるだけ怒らせて、国に帰されることが決まってから、実は人違いでしたよ、と明かす?そうしたら、あの人が好きな人に傷つけられることはないし…。うーん、そもそもどうしたら彼が怒るのか、という問題もある…)」


セナは腕を組んで、うーん…、と考え込む。そんなセナを見て、ベイズは首を傾げる。


「どうかなされました?悩み事ですか?」


ベイズは心配そうにセナを見つめる。セナは、はっとすると、ううん、とほほえんでみせた。それでも心配そうに瞳を揺らす彼女に、セナは胸が痛む。


その時、扉がノックされた。ベイズが返事をしたあと扉を開けると、ウィズが顔をのぞかせた。セナは目を丸くした後、ウィズ殿下…、とつぶやきながら立ち上がった。


「やあ、今時間あるかな?」

「え?ええ…」

「王国へ帰る前に、君に挨拶をしようかと思ってね」


ウィズはそう言って部屋に入り、セナの向かい側に座った。セナは少し眉をひそめた後、先ほど座っていたところに腰掛けた。


ベイズは、お茶の準備をいたしますね、というと部屋から出ていってしまった。部屋はセナとウィズの2人しかおらず、しんと静かな空気が流れる。


「(…王国にいた頃は、殿下と話す時間が癒しだったのに、なんだか今は重苦しい…)」


特に顔も見たくない相手と顔を合わせることに、セナは気持ちが沈む。さらには、国に復讐してやる心づもりでいるため、その策略が彼に知られてしまわないかと、どこか落ち着かない気持ちになってしまう。


「(…ラビに、顔によく出ると言われたしな…。今まさに顔に出てたらどうしよう…)」

「…ここで、上手くやってるようでよかったよ。君のことを、少し心配しすぎていたようだ」

「え?」


セナはきょとんとした顔でウィズを見た。ウィズはセナと目が合うと、にこりと微笑んだ。


「(…心配…、といよりも、信頼していなかったんでしょう…)…どうでしょうか。うまく、やれているのでしょうか…?」

「やれているよ。…また手紙を書くよ。君の近況を教えてくれ」


ウィズはそう微笑む。やはり疑ってるな…、とセナは軽く眉をひそめる。しかしすぐに、ん?とセナは疑問が頭に浮かぶ。


「そういえば、アシュリーは…?殿下は私とアシュリーを取り替えたかったのでしょう?」


セナの言葉にウィズは目を丸くして、それから苦笑した。


「どうしてわかったの?」

「それは…わかりますよ」

「なんだか、鋭すぎて別人みたいに見えるよ。…気がついていたのなら気を悪くしただろう、申し訳なかったよ」

「…いいえ」


セナは少し不貞腐れて返す。気なんか、もっとずっと前から悪くさせられている。

ウィズはそんなセナに苦笑を漏らす。


「君には荷が重いんじゃないかって、ずっと気がかりだったんだよ。悪かった」


ウィズはそう言って微笑む。彼の胡散臭い笑顔を見ながら、恐らく王国にいた時からずっと、彼には小馬鹿にされていたんだろうな、とセナは察する。

ウィズは小さく息をつくと、断られたよ、と窓の外を見て言った。


「フェンリル皇帝は君がいいんだって」

「…」


セナは、昨日のフェンリルを思い出して複雑な気持ちになる。ウィズは視線を窓からセナに移した。


「上手くやっているならいいんだ。…僕の杞憂だったみたいだ」

「……」


セナと目が合うと、ウィズはにこりと微笑んだ。

もしも自分が、彼や国を裏切ろうとしていると知ったら、彼はどんな顔をするだろう、とセナは考える。


実際にセナの裏切りによって運命が狂わされた時、彼はどうなるのだろうか。セナをこんな風に扱ったことを悔やんでくれるだろうか。帝国との関係が悪くなったことに絶望して、苦悩に満ちた日々を送ってくれるのだろうか。彼だけじゃない。自分の親も、城にいた自分を散々馬鹿にしてきた人たちも。


「(…いい気味)」


彼らの阿鼻叫喚を夢想をして、セナは快感から唇が震える。自分をこんな目にあわせた人たちなんか、同じくらいの苦しみを味わえばいいのだ。自分の20年の恨みを晴らすためにも。 


「これからも上手くやってくれ。王国のためにも。そこに住まう人々のためにも」


ウィズはそう言うとソファーから立ち上がった。想像の中で喜びをかみしめていたセナは、はたと固まる。そして、ゆっくりとウィズを見上げる。


「…私は?」


セナはぽつりと尋ねる。ウィズは、え?と首を傾げる。セナはそんなウィズを見つめる。


「王家の人や国の人の幸せのために私はこんな目にあった。国の都合で閉じ込められた20年は、誰が返してくれるんですか?」


セナは少しずつ頭に血が上るのを感じる。そんなセナに、ウィズはあきれたようなため息をついた。 


「…君も王家の人間なら理解できるだろう?国のために身を賭すのは王家の人間の義務だ。アナスタシアだって隣国に嫁いで行った」

「でも、お話を聞く限りアナスタシア様はお幸せそうです。それに比べて私なんて、」

「幸せ?そんなものはあくまで付加的なものだ。君やアナスタシアがすべきことは、我が国のために他国へ行って、国同士の関係を良好に保つ架け橋になること。そこで君たちがどうなるかは、王国や民たちには関係がないことだ。君が一定の期間閉じ込められていたことに対する苦痛なんて、平和な日々の暮らしを求める国や国民には関係がないし、それらを実現させるためならば王家の人間である君は受け入れてしかるべきだ。君がまるで悲劇のヒロインかのように振る舞うのは全く間違っている」


セナは息が止まる。ウィズはそんなセナを見つめて、また重いため息をつく。


「…幼いこどもと話してるんじゃないんだから…」


ウィズはそう言うと、軽く頭をかいた。それからまた小さく息をつくと、僕はもう行くよ、と言った。


「くれぐれも上手くやるんだよ。くれぐれも、だ」


ウィズはそう言うとセナに背中を向けて扉の方に向かった。セナはそんな彼の背中を呆然と見つめる。

すると、扉が開いた。そこには、フェンリルの姿があった。ウィズは急に社交的な笑みを浮かべると、陛下、と明るく話しかけた。


「この度はお招きいただきありがとうごさいました」

「…なぜ彼女の部屋に?」

「ああいえ、親戚として、様子を見に来たんです。またしばらく会う機会もありませんから、国へ帰る前に一度」


ねえセナ、とウィズは明るくセナに話しかける。そんなウィズが心底不気味で、セナは唇を固く結ぶ。

ウィズはそんなセナに小さく眉をひそめると、すぐに笑顔でフェンリルを見上げて、それでは失礼いたします、と挨拶すると部屋から出た。


「(…む、む、む、むかつく…!!)」


セナは頭の中で地団駄を踏む。あの呆れたような、バカにしたようなウィズの顔とため息を思い出して、セナは更に腹が立つ。

膝にかかるスカートをぎぎぎと両手で握りしめながら、セナは怒りを少しでも発散させようとする。


「(わかるわよ?わかってるわよ?お国のために王家は尽さなくちゃいけないんでしょ?だとしても、なぜ人の20年を、青春の時期を浪費しておいてそれを当然のような顔をするの?!なんなの?!)」

「…彼は?」


セナのそばに来たフェンリルがそう訪ねた。セナは、え?と声を漏らして彼を見上げた。


「ウィズ王子です…王国の…」

「それは知っている。…君とはどういう関係なんだ」

「どういう…、国王陛下の従兄弟が私の父で…だから殿下と私は…何なんだろう?」

「…親しくしていたのか?」

「え?」

「個人的に部屋に来るくらいだから」

「親しく…」


セナは、お城で優しくしてくれていたウィズを思い出しながら、それも内心小馬鹿にしていたのだと察してまた怒りが滲む。セナは眉をひくひくとさせた後、まあ、そこそこ…、と濁した。

フェンリルはそんなセナをじっと見たあと、目をそらし、そうか…、とだけ返した。


「(…なに?)…そういえば、何か用ですか?」


浮かない気持ちのセナが尋ねると、フェンリルは、ああ…、とはっとしたように言って、軽く咳払いをした。


「君に、靴を作るのはどうかと」

「靴?」

「靴が好きなようじゃないか」


フェンリルがあんまりにも真面目にそう言うものだから、セナはきょとんとしてしまった。


「くつ…?」

「明日にでも靴の職人を呼ぶから、どんなものにするか選びに行こう」


フェンリルはそう言うと、セナの手を取った。セナは、まだよくわかっていないまま、彼を見上げる。


「お待たせいたしまし…、あっ、陛下…」


ウィズのお茶を持ってきたベイズが、セナと一緒にいるフェンリルを見て、深々と頭を下げた。フェンリルはベイズの方を見て、ちょうど良かった、と言った。


「衣装がしまってある部屋があったはずだ。そこまで案内してくれ」

「はっ、か、かしこまりました…」


まだ状況が読み込めていないベイズは、そう返事しながらセナの方を見てどういうことか聞きたそうな目をした。セナもセナで展開についていけず、彼女に首を傾げてみせた。



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