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5-2ご令嬢は恨めしい

「…セナ様?大丈夫ですか…?」


雨が窓を叩きつける昼下がり、セナはソファーにうつ伏せになって寝ていた。そんなセナを、紅茶の準備をしたベイズが心配そうに見つめる。


「どうかされましたか?」


ベイズは持っていたトレーをテーブルに置くと、セナのそばでしゃがみ込んだ。セナはずずずと顔をベイズの方に向けた。


「…怨恨が…」

「え、えんこん…?」

「怨嗟ゲージが…溜まっている…」

「え、ええと…?あっ、そうだ。ハーブティーでもおいれしますね」


ね、ね、とベイズは両手を軽く叩いて微笑むと、ハーブティーの用意を取りに部屋を出た。セナは扉が閉まる音を聞きながらぼんやりと虚空を見つめた。



昨日フェンリルに激昂してから、セナはずっと部屋に引きこもっていた。セナはソファーのクッションに頭を乗せて、仰向けで天井を見上げる。


「…結局、お前じゃない案件…」


セナはそう呟く。誰かに好きになられることも、その人と素敵なところへ出かけることも、できるのはお前じゃない。


「(…知ってた、わかってたってば。私は20年も閉じ込められてきた。…こんな私が今更、普通の女の子ができるようなことを夢見ることが間違ってる。いいえ、もう私は、゛女の子゛ですらない…)」


セナはまたうつ伏せになると、クッションに顔を埋めた。行き場のない怒りや悲しみを、この柔らかいクッションに顔をぐりぐりすることでぶつける。

すると、ノックのあと扉が開いた。顔を上げると、ラビがいた。


「セナ、今から衣装を選びに行くよ」

「いしょう…?」


セナはよく分からずに怪訝そうな声を上げる。ラビは、あれ、言ってなかった?と首を傾げた。


「明日、王国との友好記念パーティーがあるから、その時に着るドレスを選ばなくちゃ」

「友好、記念…パーティー??」


セナはばっと顔を上げて、ソファーに座り直した。


「パーティーってあの…、きれいなドレスを着て踊ったり、美味しいものを食べたり…」

「まあそう…、って、別に知ってるでしょ?」

「出たことないもの!」


セナは目を輝かせる。そんなセナにラビは目を丸くした後、そっか、20年外に出てなかったんだっけ…、と呟いた。

ラビは軽く咳払いをすると、ほらいくよ、と促した。セナは、うん、と言うと立ち上がった。


「あら、何かご用事ですか?」


ハーブティーの入った缶を持ってきたベイズが尋ねた。ラビが、明日のパーティーのドレス選びに、と答えると、なら私もご一緒します、とベイズが微笑んだ。









たくさんのドレスがしまわれた衣装室に、セナはラビとベイズと共に来た。

セナは色とりどりのドレスを見回して目を輝かせる。王国で綺麗な飾りや複雑なデザインのものを着ているご令嬢たちを、どれだけ羨ましい思いで見てきたか。その羨ましい気持ちが、今報われるかもしれない。


「わあ…わあわあ、わあ〜」


どれにしよう、と目移りするセナの肩を、ねえ、とラビが叩いた。


「セナなら…、この辺じゃない?」


ラビが指さしたのは、セナが見ていたようなドレスではなく、それよりも落ち着いた色とデザインの、大人っぽい、セナからしたら地味なドレスが飾られたコーナーだった。


「え、ええ…?渋くない…?」

「何言ってんの。君はもう立派な淑女でしょ」


うーん、これとか?とラビはセナの顔にあててドレスを選ぶ。セナは、む、と口を固く結びながら、ラビが選んでいくドレスを眺める。


「うーん、これかな?」

「あっ、それとてもお似合いです」


ベイズがにこにこと微笑む。じゃあこれだね、とラビが言うと、決めたドレスを別のところに移動させた。


「あとは靴かな」


ラビはそう言うと別のコーナーにセナを呼んだ。セナはかなりトーンダウンした気持ちでそれについていく。すると、そこにあった靴にセナはめを輝かせる。


「あっ、あ、ハイヒール!」


セナは踵のきゅっと上がった、素敵なデザインの靴に目を輝かせる。ラビは、あー、とその靴を見ながら声を漏らした。その年で似合わないと言われるだろうかと身構えるセナに、合うんじゃない?とラビは意外にも肯定した。


「履いてみたら?」

「う、うん…!」


セナは胸が高鳴りながら夢にまで見たハイヒールに足を入れた。この夢のような靴を履いた自分を見たいと、セナは鏡の方へ向かおうとした。すると、上手く歩くことができずバランスを崩し、その場で倒れ込んでしまった。短い悲鳴を上げたベイズが慌ててセナに近寄り、転んだ彼女の背中を心配そうにさすった。


「だ、大丈夫ですか?」

「ハイヒールって、こんなに歩きにくいの…?」

「まあ、慣れてないとねえ。危ないからヒールのない靴にしたほうがいいよ」


ラビはそう言うと辺りを見回し、ドレスに合いそうな、踵の高くない普通の靴を持ってきた。セナは無念そうにその靴を見つめる。セナはまた気落ちしながら、衣装室をあとにすることになった。













そして翌日、お城にあるホールにて、アースガルズ帝国とガーデラス王国の友好記念パーティーが開かれた。

その日も雨で、灰色の空を窓から眺めながら、セナは気乗りしない様子で希望通りではないドレスに着替えた。

自分の希望通りではなかったものの、ドレスを着て髪を整えたりしてもらった自分を見たら、次第にセナの気持ちは明るくなってきた。着替えを手伝ってくれたベイズから、セナ様とってもお綺麗です、素敵です、としきりに褒めてもらえたこともあり、気落ちしていたセナはなんとか持ち直して会場に向かうことができた。



ラビに連れられて、セナは会場に訪れた。そこは、これまで他の人が参加しているのを話に聞くだけだった、憧れの世界が広がっていた。

綺麗なドレスや、素敵なスーツを着た人たちが、綺羅びやかな雰囲気のなかで談笑している姿に、セナは目を輝かせる。室内には生演奏がしっとりと流れて、テーブルには美味しそうな食事が並んでいる。


「(す、すごい…!これまでマナーがなってないから、まだ社交界には出せないと言われて出られなかったけど…)」


セナは、この空間をまるで夢を見ているかの気持ちで歩く。

会場には獣人だけでなく、王国の人間たちも参加していて、見知った顔もたくさんあった。久しぶりに見た王国の人間に、懐かしい気持ちより、王国で受けた扱いが扱いだったため、少し腹立たしい気持ちになった。


「(…まあいいや。今日は初めてのパーティーなんだから、それを楽しもう…)」


そう気持ちを持ち直して、セナはまたパーティーを眺める。

すると、一際人の目を集める存在に気が付き、セナはそちらを見た。そこには、従臣やヘルと共に周りと接するフェンリルの姿だった。フェンリルはセナに気がつくと、少し目を丸くした。セナはすぐに彼から視線をそらすと、彼のいる方向とは違う方へ歩く。そんなセナを、ラビが見つめる。またラビから、失礼な態度をとるなと叱られると思ったセナだったが、彼はは少しだけ眉をひそめると、小さく息をつき、何も言わずにセナの隣を歩いた。


ふと、年頃の女性たちが、セナが着たかったようなドレスを着て談笑している姿が見えた。セナはその光景に足が止まる。彼女たちは自分が履きたかったヒールのついた靴を履き、会場を自由に歩いていく。ヒールがカツカツと地面を叩く音に、何もなかった20年間を思い知らされて、セナは息苦しくなる。


「今日の装い、とってもお似合いですね」

「あらありがとうございます」


華やかな衣装に見を包んだ女性たちがお互いを褒め合う。笑顔で賛辞を交わし合う姿に、セナは目が奪われる。ここに来るまでずっとベイズに褒められていたことを思い出して、セナは自分のことが醜く感じる。眩しいほど輝く女性たちを、なぜ素直に綺麗だと自分は褒められないのか。素直に素敵だ、とか、美しい、といった感情の前に、妬ましいという感情が出てしまう。


「やあ、セナ」


懐かしい声がして、振り向くとウィズがいた。セナは、殿下…、と声を漏らした。


「久しぶり、元気にしてた?」

「…お久しぶりです。ええまあ、そこそこ」 


セナは小さく笑う。ウィズは、そう、と微笑む。


「君のおかげで、アースガルズ帝国とは良好な関係を築けてるよ」

「…またまた、私なんか、なにも…」

「はは。…でも、セナが国を出て行ってから不思議と帝国とうまく行くようになった。君にはなにか魔法がかかっているのかもしれない」


ウィズはそう言って柔和に笑う。セナはその笑顔に、愛想笑いを返す。ウィズは、知っている彼女よりも暗い様子に、少しだけ動きを止めたあと、そうだ、と微笑んだ。


「両親のことが気になるんだろ?」

「え、え?」

「これまで育ててきてくれた親を置いて異国へ来てしまったんだもの。心配になる気持ちもわかるよ」


ウィズの言葉に、セナは、あ、ええ…、と困惑しながら笑う。


「(…別に気にならない。どうだっていい。私を騙して、自分たちの良いように使った人たちのことなんか…)」

「シュタイン家はね、セナの件で王家からの御礼を得て、それを元手に始めた事業で大成功したんだ。どんどん大きな家になってるよ。家も建て替えたみたい。前にお邪魔したけど、すっごく大きくて綺麗な家だったよ。庭も綺麗でね、そこで飼い出した大型犬が自由に走ってたよ」


ウィズは、よかったね、とセナに言う。セナは、え、と目を丸くして彼の方を見る。


「(う、うそ、し、幸せになってる…!こんな目に遭ってる私を差し置いて、ちゃっかり幸せになってるんですけど…!!)あ、はあ、へえ…」


セナの怨嗟ゲージがどんと溜まる。ウィズは、ぎこちないセナを見つめて少し首を傾げたあと、ああ、と何かを理解したように微笑んだ。


「もしかして、アナスタシアのこと?王国にいるとき仲良くしてたから、彼女のことが気になる?」

「え?いや…」

「アナスタシアは隣国に嫁いで行ったよ。本心では、嫌だったみたいだけれど…」


そう少し苦笑するウィズに、セナは、はっと彼の方を見る。最後に会った彼女の言っていたことを思い出すと、彼女があの結婚を嫌がっていたことも思い出した。セナは期待に満ちた目でウィズを見る。


「(もしかして、彼女に報いが?!私にひどいことを言った彼女に、何か報いが…!)」

「でも、いざ隣国に行ったらとっても楽しかったみたい。隣国の王子もだけれど、国王も王妃も姫もとっても心根の優しい親切な人たちばかりだから、アナスタシアは心穏やかに過ごせているみたい。最近アナスタシアに会ったけれど、ここにいた時よりも幸せそうだったよ。王国では、姫になる勉強をみっちりさせられていたからね。彼女は真面目で優秀だから、全部きちんとしようと努力してしまう分つらかったのかもね。…とにかく、アナスタシアも幸福に過ごしているよ」 


自分が憎んでいる相手のハッピーな近況報告を聞かされて、セナはまた怨嗟ゲージが溜まる。

セナはまたぎこちなく、そうですか…、と返す。そんなセナにウィズは小首をかしげた後、あっ、と声を漏らした。そして、セナに近づくと小声で話しかけた。


「…まさか、アレックスのことが気になるの?」

「え、えっ?!」


セナは動揺してウィズを見上げた。ウィズは小声で、彼のことは忘れなよ、とたしなめた。


「もう彼は、素敵な婚約者との結婚を終えたよ。来年には子どもが生まれるらしい」

「こっ…!」


怨嗟ゲージがぐんと溜まったセナは目を丸くしてウィズを凝視した。自分にあの仕打ちをした男が普通に幸せな家庭を築いているようで、腹の奥から怒りが湧き上がる。

ウィズはにこりと微笑むと、ね、さっさと忘れたほうがいい、とセナに優しく言った。


セナは硬直したままウィズを見つめ続けた。心臓が嫌に速く鼓動を打つ。そんなセナに、ウィズがゆっくりとまばたきをしたあと、大丈夫?と彼女の背中に手を伸ばそうとした。

その時、ウィズはその手を止めて顔を上げた。そして、やってきた人物に笑顔を見せた。


「フェンリル陛下、本日はお招きいただきありがとうございます」


ウィズは、セナから離れてフェンリルの方に向かった。フェンリルは、ああ、と短く返した。2人が何やら軽く挨拶をしている間、セナは彼らの方は見ず、俯いていた。


「実は陛下に、紹介したい女性がいて…」


ウィズはそう言うと、少し遠くにいた女性に目配せをした。その女性は、ウィズに呼ばれてこちらに来た。全体的に赤く、花をモチーフにした素敵なドレスを着たその若い女性は、ウィズの隣に立つと少し恥ずかしそうに頬を赤らめて、恭しく会釈をした。形の素敵なハイヒールを履いて颯爽と歩いていた彼女に、セナは小さく呼吸をする。


「(…羨ましい)」


セナは自分より随分若そうな女性を見て心の底から思う。もしも、あの塔に閉じ込められていなかったら、彼女と同じ歳の頃、自分はこんな風にパーティーの会場で歩けたのだろうか。


「…って、殿下、もしかしてこの方とご結婚されるんですか?」


セナは、はっとして尋ねる。爽やかな見た目のウィズと、清純そうな彼女。見た目はかなりお似合いだった。


「(ぐっ…!私をこんなとこに追いやった王家の人間のくせに、私を差し置いて幸せになってる…!ものすごっく素敵なお相手だし、ありえないくらい幸せな結婚生活を送れそう…!私を差し置いて…!!)」


セナはまたさらに怨嗟ゲージがたまり、そのゲージがはちきれそうになる。

歯ぎしりすらしそうになっていたセナは、突然、怒りの火が消えたように冷静になった。


「(…幸せになってる…皆…私をこんな目にあわせておいて…のうのうと……)」


セナは少しずつ視線を落とす。小さく息を吐きながら、どんどん気持ちが落ち込んでいく。

するとウィズは、いやいや、と手を振った。


「彼女は僕の結婚相手ではなく…。ああ陛下、彼女はアシュリーといいます。王家からは少し遠くなるものの、王国の中ではかなり高貴な身分の女性です。性格もとても穏やかなんですよ」


ウィズはそう、アシュリーを褒める。アシュリーはフェンリルを見上げて恥ずかしそうにはにかむ。セナは、何処となく違和感を感じとる。

セナはふと、前にウィズから言われた、セナでは皇帝の機嫌を損ねる、という言葉を思い出す。


「(…今、王国と帝国の関係は良好。そこに水を差しかねない私を、排除したいのかな…)」


お前じゃない案件。セナは心の中でそう呟く。

ウィズは立ち尽くすセナをちらりと見て、一瞬眉をひそめた。その顔を見てセナは察する、お前邪魔だからどっかいってろ、と思われていることを。


「(…少しずつ、空気というものが読めてきたのかも…)」


いっそ読めなかったほうがよかったかもしれない、とセナは思う。ウィズはセナに、にこりと微笑んだ。


「ほらセナ、向こうに行ってきたら?ダンスが始まるみたいだ」


ウィズはそう、ダンスの音楽が鳴り始めたタイミングで、踊ろうと集まりだした人の波を見てセナに促す。セナはそちらの方は見ずに、ウィズを見据える。そして、にこりと微笑んだ。


「いいえ。これまで私、踊り方を習う機会がなかったので、踊れないんです」


失礼します、と言ってセナはその場を去った。地味なドレスと地味な靴を着て、セナは会場から抜け出した。


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