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5-1ご令嬢は恨めしい

フェンリルの部屋に、ヨル、ヘル、そしてラビが集まっていた。フェンリルはソファーに腰掛け、その向かいにヨルとヘルが座り、その後ろにラビが立っていた。さらにその後ろには、鍛え上げられた体の熊の獣人が数人、後ろ手に組んで控えていた。


「…ヴァーリお兄様の件、聞きましたよ」


紅茶を一口飲み、カップをソーサーに静かに置くと、ヘルが話し始めた。ヨルは、恐ろしいよね〜、とお皿に並べられたたくさんの種類のクッキーを眺めながら言った。

ヘルは怒りが伝わる瞳でフェンリルを見た。


「ヴァーリお兄様の行動は昔から目に余る。゛あの件゛について、フェンリルお兄様に目を瞑っていただいているという自覚がない。一度厳しく詰るべき」


ヘルの言葉に、後ろに控えていた獰猛そうな熊の獣人たちの視線が光る。その威圧感に、ラビは身震いをする。

ヨルは、うーん、と小さく口をとがらせる。


「でも、今回のことでヴァーリ兄さんを責めるのは難しいんじゃない?あの時期の兄さんの寝室にセナが勝手に入ったことは確かなんでしょ?いくら周囲みんな兄さんを嫌ってるとはいえ、皆、セナが悪いって言うと思うな」

「そもそもなぜ、セナはヴァーリお兄様の部屋に」


ヘルは横目でラビを見た。ラビは1度目を泳がせた後、彼女は使用人の手伝いの真似事をしていたんです、と答えた。


「真似事?」


クッキーを1枚選んだヨルは、ラビの方を見て首を傾げた。ラビは、はい…、と頷いた。


「なんでも、暇だから、と…。手伝いくらいなら良いかと、僕も特に彼女を止めませんでした。…申し訳ありませんでした」


ラビは頭を下げた。ヘルは、小さく息を吐いた。


「お兄様がセナを番にしないから、周りのセナに対する意識も低い。お兄様にその気がお有りなら、さっさと番にして、正妃にするべき」


ヘルは圧をかけるようにフェンリルを見る。フェンリルは目線を彼女からそらして、紅茶に口をつける。


「ヘルは、人間が兄さんの正妃でもいいの?」


ヨルの質問に、ええ、と間髪をいれずヘルは頷く。


「私自身、獣人の血が混ざっているとは言え種族で言えば人間。セナに対する抵抗はない。お兄様の生い立ちを考えたら、番にしたい人を連れてきただけで良い。それに、今のお兄様の権力があれば周りも文句を言えない。…なにより、フェンリルお兄様がこのまま番を作らず、ヴァーリお兄様に子どもが出来て、そのお子が次期皇帝になるなんてことが起きたとしたら、そんなの耐えられない」


ヘルは頬杖をついてうんざりしたようにため息をついた。ヨルは小さく吹き出し、それはそう、と言った。ラビは納得のいかない顔で目を伏せる。

ヘルはまたフェンリルの方を見た。


「…昨夜、セナの部屋に行ったのに何もなかったと聞いた。…フェンリルお兄様はどういうつもり」


ヘルはじろりとフェンリルを見る。フェンリルは小さく息をついたあと、腕を組んだ。


「…色々事情がある。先代の皇帝に献上される予定だった娘というのが彼女らしい。そのせいで、彼女は20年もの間、狭い部屋に閉じ込められて過ごした。特異な生い立ちゆえ、彼女にも色々と思うところがあるんだろう。…事を焦るのは、彼女が少し気の毒なように思う」


フェンリルの言葉に、ラビは、え…、と声を漏らす。ヨルは、20年?と目を丸くした。


「父さんが病気で亡くなって、兄さんが即位したのって…、今からだいたい7年前?」

「その時に王国から、お父様に人間の献上をする約束をしていたことを初めて聞かされて、フェンリルお兄様は断ってる」

「じゃあ、セナは兄さんが断った後、数年余分に閉じ込められてたってこと?」

「もう少し待てばお兄様の気が変わるかも、と彼女の生家は考えて、あと1年だけを繰り返してずるずる監禁の時間を引き延ばしていったのでは。娘を差し出したことに対する王国からの褒賞もあっただろうから」


ヘルの言葉に、ヨルは、ふうん…、と少し考えたあと、でもさ、とソファーに背中を持たれさせた。


「セナがいくら気の毒だとしても、彼女の気持ちを尊重する必要はないのでは?セナは兄さんにもらわれたんだから、所有権は兄さんにある。兄さんが好きにするべきだよ」


ヨルの言葉に、ヘルは深く頷く。


「セナの気持ちは本当の本当にどうでもいい。フェンリルお兄様に、彼女を番にする気があるのなら1日でも早くそうするべき。周りも、人間でもいいからとにかく早く跡継ぎを産むようにとフェンリルお兄様に対して思ってる層が一定数いる。皆、皇帝の後継者のことに気を揉んでる」

「…それはわかっている。周りの不満については俺がなんとでもする。彼女の気持ちを少しでも汲んでやりたい」

「……」


ヘルは納得がいかない顔でフェンリルを見る。ヨルは、わあ、皇帝陛下の余裕だね、とにこにこ笑う。

ラビは彼らの話を静かに聞いていたけれど、急に、あ、と呟いた。ラビの声に、ヨルが振り向く。


「どうかしたの?」

「ああいえ…。…その、…セナが陛下を拒否する理由を知っていて…」

「理由?」


ヨルが首をかしげる。ラビは、はい、と眉をひそめてフェンリルの方を見た。


「彼女、王国に思いを寄せる相手がいるみたいです。だから早く王国に帰りたくて、陛下に不遜な態度を取って自分に対する嫌悪感を抱かせて、陛下の方から彼女を国に返すように促そうと企んでいるようです」

「好きな人?」


ヨルは少し目を丸くした後、あはは、と笑った。


「そんな子供じみたことするなんて正気?彼女、敗戦国から献上されてきた自覚ある?」


くすくすと笑うヨル。一方、そもそもセナの気持ちなど意に介すべきではないと考えているため至極どうでもよさそうに紅茶を飲むヘル。


「……ラビ」


フェンリルが低い声で話しかけた。その気迫に、ラビは耳を震わせた後、おそるおそるフェンリルの方を見た。


「セナをここに連れてこい。今すぐに」


フェンリルはそう静かに、しかし確かに怒りをにじませて言った。ラビは、は、はい…!と返事をすると、飛び上がって部屋から出た。

クッキーを咀嚼していたヨルは、あれ、と首を傾げた。


「もしかして僕たち、すぐ部屋から出たほうがいい?」

「そのようね」


心無しか目を輝かせたヘルはすぐに立ち上がると、まだクッキーを頬張るヨルの腕を引いて部屋から出た。その後に続いて、熊の獣人たちがフェンリルに一礼をすると部屋から出た。

フェンリルは眉をひそめて腕を組むと、深く息を吐いた。















あの騒動があった翌日、セナは一人で中庭をぼんやり眺めていた。


フェンリルから逃げ出してベイズの部屋に逃げ込んだセナは、彼女に傷の件を知られることになった。

ベイズは顔を真っ青にして一瞬気を失いかけた後、やっぱりお手伝いなんて二度としないでください!とセナに言いつけて、彼女が頼まれていた針仕事も今日全部回収してしまった。


そういうわけで、セナはまた暇な日を過ごすことになった。昨日は雨だったけれど今日はよく晴れていて、ぽかぽか暖かい日差しにセナは何度目かのあくびをする。



すると、自分の目の前を小さな小兎が歩いていくのが見えた。セナは、可愛い…、と声を漏らしたあと、そっとその小兎を抱き上げた。ふわふわで温かい兎に頬ずりすると、セナは、はあ…、とため息が出るほど幸せな気持ちになる。


「(…私を正妃にするつもり…かあ…)」


昨日のフェンリルの言葉を思い出し、セナは固まる。何度も言われたことがある言葉だったけれど、昨日言われた時に、不思議とセナの胸に響いたのだ。自業自得と罵られた自分のことでさえも心配してくれた優しさに絆されたからか、それはわからない。けれどセナは、その言葉が不思議なほど強く心に届いたのだ。


「(それはつまり、つまりそれは、やっぱりそれは、あの人は私が好きだということ…?本当にただ私が好きだった、…ってこと?)」


セナは腕に兎を抱きかかえたまま硬直する。兎を抱きしめながら、悶々と考え込む。


「(…そもそも、フェンリルはなぜ私が好きなの?)」


セナはそんな疑問に立ち返る。ここに来る前に彼に出会った記憶といえば、あの日ぶつかって服を破損させたあの出来事だけだ。


「(…はっ、まさか、あの時、私に一目惚れして…)」


セナは口元を片手で覆う。がしかしすぐに冷静になり、いや、ないか…、と思い直す。

悶々と考え込んでいると、ねえ、という不満そうな声がした。え、と目を丸くして声の方を見ると、腕に抱かれた兎が、うさぎの耳が生えた男の子に変わっていた。


「わっ!わっ!あなた、獣人だったの?」

「そんなの普通にわかるでしょ?!急に触らないで!」


プンスカ怒った男の子を、セナは慌てて地面におろした。しゃがんで彼に目を合わせると、ごめんなさい、と謝った。眉をつり上げた男の子は、セナに詰め寄る。


「ぼくが兎だからって馬鹿にしてるな?!ぼくのお兄ちゃんはすごいんだぞ!お城で働いてるんだから!!馬鹿にすんなよ!!」

「ご、ごめんなさい、本当に…!」


セナは男の子の剣幕にひたすら謝罪した。すると、背後から、セナ?という声がした。振り向くとラビがいた。


「こんなとこにいた」

「ラビ兄ちゃん!」


男の子はぴょんと飛び跳ねてラビに抱きついた。ラビは、トーマ!と名前を呼んだ。


「どうしたんだ?」

「お城に野菜を届けた帰りに、急にこの変な人間に捕まったんだ!!」

「ご、ごめんなさい、つい…!」


セナは顔を青くして謝った。ラビはジト目でセナを睨むと、ため息をついた。


「トーマ、この不審者は兄ちゃんが何とかしておくから。早く家に帰りな」

「はあい!」


トーマはぴょんと跳ねると走り出し、少しの距離を取ったあと、セナに、あっかんべー!と舌を出すと、また兎の姿になって走っていってしまった。セナは、本当にごめんなさい…!とその背中に謝った。


「本当にやめてよね。僕たちが可愛いからって気安く触らないで」


ラビは腕を組んでそうセナを叱咤した。セナはしゅんとしながら、はい…、と項垂れた。


「可愛い小兎が歩いてるのかと思って、つい…」

「普通に見たら獣人だってわかるでしょ?…いいから、早く行くよ」

「(み、見たらわかるって…)どこに?」

「陛下が呼んでる」


ラビにそう短く言われて、セナは首を傾げた。










ラビについて歩きながら、セナは、ねえ、と話しかけた。


「あなた兄弟がいたのね」

「僕は兎だよ、きょうだいならたくさんいる」

「トーマ…だったかしら、あなたのこと自慢してたわよ。お城で働いてるんだって。…ねえ、それってすごいことなの?」

「…まあ、…兎は弱いから」

「弱い…の?」


セナは、これまで散々な扱いをしてきたラビを思い出して訝しげな顔をする。ラビは前を向いたまま少し黙り込む。


「…見たらわかるでしょ。兎は弱い。体も小さいし、力もない。だから僕は、気持ちだけは強くいる。気持ちだけは誰にも負けないように。だからここまでこられた。お陰で家族も食べさせてあげられてる。家族が多いから、家業だけでは苦しいしね」

「……」


セナはラビを見つめた。これまでの気の強さは、力の弱さをカバーするためだったのか、と、セナは今、うっすらと気がつく。


「ついたよ」


ラビはそう言うと部屋の前に来た。大きな扉の前には、体格のいい狼の見張りが2人立っていた。ラビは扉にノックをして、それから扉を開けて、セナに入るように促した。セナが部屋に足を踏み入れると、ラビは入らずに扉を閉めた。あれ、と首を傾げながら、セナは部屋の奥に進んだ。


整然とした部屋には、本棚がたくさん並んでおり、そこには本が所狭しと詰められていた、ヴァーリの部屋とはまた雰囲気が違う…、と思いながら進むと、ソファーに座る人影が見えた。そこにはフェンリルと、その向かいに狐の耳が生えた女性がいた。


「(…あ)」


セナは目を丸くした時に、あの日使用人たちから聞かされた話を思い出す。


「(…周りから無理やり別れさせられたとかいう、狐の獣人…って…)」

「あら、どなた?」


狐の女性がセナの方を見て微笑む。セナは驚いて肩を揺らす。おっとりとしたタレ目に、優しそうな笑顔のその女性は、セナが、いつかこんな服を着て誰かとお出かけしたいなぁ、と想像していたような可愛らしいワンピースを着ていた。


「…セナ」


えらく不機嫌そうなフェンリルがセナの方をじろりと見た。セナは少し眉をひそめる。


「(…もしかして、彼女との時間を邪魔しやがって…とか思ってる…?…ってあれ、そっちから呼んだんじゃなかったっけ…?!)」

「それじゃあ、そろそろ私は御暇しようかしら」

「…ああ」


女性は立ち上がると、セナの前に来た。そして、ふにゃりと笑った。


「私、ジャスミンって言うの。ずっと辺境地にいたんだけど、昨日からこっちに戻ってきたの。これからよろしく」


そう、親しみやすい笑顔を浮かべる彼女に、動揺しすぎたために、あ、せ、セナです…、とだけしか返せない。

ジャスミンは今一度微笑むと扉の方に向かった。セナは彼女の背中を見つめる。華奢で可憐で、たくさんの人に愛されてきたような佇まいに、自分の憧れがつまった相手だという感情が溢れる。


「(う、う、羨ましい…!私もあんなふうに育ちたかった…!)」


セナは羨ましさのあまり心の中で暴れたくなる。


「(彼女は太陽の下でたくさんの人に愛されて育てられたんだろうな…ああ…私なんて20年も塔の中に閉じ込められてきたのに…)」

「…セナ」


いつになく不機嫌そうなフェンリルが、ソファーに座ったまま呼んだ。セナは彼の方を振り向き、訝しげに見つめる。


「(…この男、私にあんな甘いことを言ったり、キ、キスしたりしてきたくせに、さっきのジャスミンって人と結婚できなかった憂さ晴らしに私を使ってたってわけ?結局良いように使ってたってわけ?!)」


セナは湧き上がる怒りに拳が震える。あれほど不遜な態度をとったセナを、怒って送り帰さなかったのは、憂さ晴らしの道具にするためだったのだ。

その気がないのに自分に思わせぶりな態度をとってきたあのアレックスを思い出して、更にセナは怒りが込み上がる。

セナは唇を噛み締めて、気持ちを少しでも落ち着けるために呼吸を繰り返す。


「(…やっぱり復讐よ、復讐。私には復讐しかない…!国と家に復讐してやる…!この男の憂さ晴らしのためなんかに使われてなるものか…!!絶対に!)」

「聞いているのか、こっちに来い」


フェンリルはそんなセナに眉をひそめてそう言う。セナは反抗的な視線を彼に送ったあと、渋々彼の前に来て立った。フェンリルはセナをちらりと見上げた。


「…祖国に恋人がいると聞いたが」

「え?」


セナは目を丸くした。


「(…恋人?なん…、誰のこと?え、アレックス?あれは恋人カウントなの?いや、そんなわけないか…。というか、どこからの情報?)」


なにがなにか分からない困惑と、憎きアレックスの顔を思い出した不快感からセナは眉がぴくりと歪む。フェンリルはそんなセナを見て小さく眉をひそめる。


「…ここに来た初日、逃げようとしていたな。祖国が恋しいのかと思ったら、その男のところへ帰ろうとしていたのか?」

「えっ、あの、あれは…」


セナは訂正しようとしたが、どう直せばいいか分からずに口を噤む。国と親に復讐したくてわちゃわちゃしていたことを説明するわけにもいかない。セナは目を伏せて考え込む。そんなセナのことを、フェンリルは1秒足りとも目を離さずに監視し続ける。その圧にセナは余計に焦り、考えがまとまらない。


「(いや、恋人がいることを肯定すればいいのか。その人が忘れられないということにしたら、嫌な感じがして、嫌ってもらえる?…いえでも、この人の本命はジャスミンなわけで、別に私の想い人のことは関係ないのか…)えっ、と…」


セナは両手を組んだり離したりして、落ち着きがない様子で言葉を探す。目を泳がせて唇を何度も噛む。背中には汗が流れる。


「(どうしたらいい?何て言うのが正解?どうしたら嫌ってもらえる?国に帰してもらえる?ここは軽く流して別のチャンスを掴むべき?でも不機嫌そうにしているから、今が彼の逆鱗に触れるまたとないチャンス?)えっ…と……」


わからない、わからない、とパニックになりながら、とうとうセナは目を伏せて、肩を落とした。


「(だめだ…浮かばない…何も……)」


セナは顔色を悪くして俯いた。

フェンリルは黙ってセナの様子を見届けたあと、軽く頭をかいて、小さく息を吐いた。


「…別に、だとしても関係がない。別に一切、俺には別に関係がない、…別に」

「(…゛別に゛が多いな…)」

「君のことはもう俺がもらい受けた。それが全てだ」


フェンリルはそう言うとソファーから立ち上がり、上着を脱いだ。セナは少し驚きながら、数歩後ろに下がった。

ネクタイを緩めていたフェンリルは、後退りするセナの方を見ると、彼女の手首を掴んだ。何をされるのか察したセナは咄嗟に、い、痛い…、と言った。


しかしフェンリルは、怪我をしたのは反対の腕だ、と言うと、セナの手首を引いて自分の方に寄せた。

フェンリルはセナを強く抱きしめると、唇を彼女の頬や首に這わせた。

セナはそれを受けながら、なんとか逃れようとフェンリルの体を押す。がしかし、力が敵わない。疲れて一度力を緩めたとき、セナは王国での言葉を思い出した。


ーー哀れんでたんだよ

ーー帝国から返品されたら国の笑いものだな

ーー彼女では皇帝の機嫌を損ねる

ーー可哀想に思って大目に見てきて差し上げた

ーー俺は、年下の美しい、きちんとした礼儀のある婚約者が決まりそうなんだよ



自分を蝕む嘲笑の声。自分はただ、周りの勝手で、何も知らないまま閉じ込められていただけだというのに。



ーー陛下、狐の獣人とのことで腹いせに人間を正妃に据えるっておっしゃってるんじゃない?



また良いように使われる。表の顔では優しくされて、良いように使われようとしている。消費させられる。



ーー本当に必要なのはお前じゃない。何も知らない、年だけ取った哀れなお前じゃない



頭の中のフェンリルが、そうセナに話しかけたのが聞こえた。


セナははっとすると、渾身の力で抵抗した。その際に腕の傷が少し痛み、セナは大声で、痛い!!と怒鳴った。その剣幕に、フェンリルは手を止めた。その隙に、セナはフェンリルとの距離を取った。そして、憎しみを込めた瞳で彼を睨みつけた。国を、親を、王国の城の人間を、帝国の城の人間を、目の前の男を、そしてこの世のすべてを恨んだ瞳で。


「あなたの都合で、私の人生を巻き込まないで。もうこれ以上、誰かに消費されたくない、良いように使われたくない」


セナはフェンリルを押しのけて、よろけるように後ろに下がった。セナは彼の方は見ず、もう二度と私に話しかけないで、と言い捨てると、部屋から出ていった。


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