4-2ご令嬢は夢見がち
フェンリルが城を出て数日が経った。
セナはラビと一緒に城内を散策したり、ベイズの仕事を眺めたりして、毎日を過ごしていた。
ある日の昼食後、セナはラビとともに中庭でぼんやりと空を眺めていた。ラビは暖かい日差しに当たりながら、眠たそうに欠伸をした。それにつられて、セナも欠伸が出る。
「…ああ…やることがない…」
セナは、ねえ、とラビの方を見た。
「…何かすることない?」
「何か、とは?」
「何か…っていうのは、なにかよ!なにか!」
「具体的な案を出してみてよ。それが可か不可かを判断してあげるから」
ラビは辛辣に言い放つ。セナは、む、と眉をひそめる。
「何か…うーん…、何でもいいから、今の状況が変わるような何か!毎日毎日なにもすることがなくて、退屈すぎるのよ!」
セナはそう言いながら、まあ20年間部屋で閉じ込められていた時よりは自由だけれど、と心の中で呟く。
「(…でもあの頃は、自分の世界がここ以外にあるって知らなかったから、だから耐えられた。今はもう、世界は広いと知ってしまったから、この単調でやることのない日々に耐えられない…!)…そうだ、お城の外に出ていくのは駄目?街がどんなふうかみたい!」
「外出ねえ…、それは陛下に聞かなくちゃ」
「…その陛下はいつ帰ってくるの?出ていってから1週間は経ちそうだけれど」
「もう少しじゃない?陛下忙しいから」
ラビはそう淡々と返す。セナは、はあ、とため息をついて伸びをする。
「なんだか、私と違って忙しそうで羨ましいわ」
「何言ってんのさ」
ラビが呆れた顔をして腕を組む。
「アースガルズ帝国に住まうたくさんの種族をまとめ上げ続けることって簡単にできることじゃないよ?権力や権威を持ち続けて、周りを従わせること。臣下たちの力のバランスを考えること。普通の精神じゃ無理だよ」
「わ、私にできるとは言ってない…」
「それに、ガーデラス王国みたいなのがアースガルズ帝国に喧嘩をふっかけてきたりもする。他国との関係維持は、それはもう大変なんだから」
ラビがジト目でセナを見る。セナは、えっ!と声を上げる。
「あの戦争って、王国から仕掛けたの?」
「王国の人間のくせに知らないの?帝国の土地や資源を図々しくも狙ってきたんだよ。無様にも追い払われちゃったけどさ」
ラビは、ふん、と鼻で笑う。セナはかなり気まずくて目を泳がせる。
「(し、知らなかった…。そういった勉強を一切してこなかったから…)」
セナは自分の無知に恥ずかしくなる。がしかし、自分が撒いた種だというのに、王国の人たちはあれほどまで被害者のような態度で獣人を憎むのだろうか。逆恨みのようなことをしているとでもいうのだろうか。
セナが考え込んでいると、ラビが、あ、と声を漏らした。
「僕、そろそろ会議に出なくちゃ。セナは部屋に帰ろうか」
「ええ、部屋あ…?」
「ほらとっとと歩いて」
「あっ、そうだ、ベイズのところに行くわ」
「…別にいいけど、ベイズの仕事の邪魔をしたら駄目だよ」
ラビはそう言うと、使用人部屋までセナを送り届けた。
セナは、使用人部屋で針仕事をするベイズを見つめた。ベイズは時折セナと目が合うと、にこりと微笑んでくれた。
「(…可愛い…)」
「そうだセナ様、そろそろお茶にしますか?」
ベイズは布を置くと立ち上がった。セナは、い、いいのいいの、と慌てて手を振った。
「お仕事の邪魔になっちゃうから。続けて続けて」
「でも…」
ベイズは困惑した顔をする。ラビに言われた言葉を思い出しながら、確かに自分がここにいたら、彼女に気を使わせてしまうか…、とセナは悩む。
「…そうだ、私、ベイズのお手伝いがしたい」
「え、ええ?」
「針仕事…はしたことないけど、お掃除とかお洗濯とか…もしたことないけど、教えてもらえれば…」
「い、いけませんよ!セナ様にそんなことお願いできません!」
ベイズは慌てて頭を振ると、お茶を準備するのでお飲みください、と言って歩き出した。セナは、ええ…、と声を漏らす。
「(…王国で言う、王妃に使用人の仕事を頼むようなことだからかな…)」
そう置き換えてみて、セナはベイズが断る理由がわかる。
「(いやまあ、私は正妃ではないけれど…)」
「あらいいんじゃない?」
そんな声がして、視線を動かすと、大量の洗濯物を持ったメイド数人がこちらを見ていた。
「洗濯物たくさんあるの。お願いできます?」
「はい!やりたいです!」
セナは立ち上がると、すたすたと彼女たちの方へ向かった。ベイズは顔を青くして、だめよ!とメイドたちの方を見た。
「まだ正妃ではないとはいえ、陛下が大切にされているお方よ?そんな小間使いみたいなことさせては駄目よ!」
「本人がやりたいって言うんだからいいじゃない」
「でも、」
「それに彼女、本当に正妃になれるのかしら?まだ番にもしてもらってないみたいだけれど」
ふふ、とメイドたちは顔を見合わせて笑う。彼女たちの笑顔に、セナは王国でのことを思いだす。20年間しまい込まれてきた自分を哀れだと笑う彼らの顔。自分の置かれた状況が何も分からずにぼんやりとする自分。今思えばとても情けない。でも、果たしてあの日の自分に言い返すという判断ができただろうか。そんな選択肢があることを、知っていただろうか。
「みんな言ってるわよ?陛下は先代と違って狼らしく一途みたいだから、本命の相手を番にするまで、周りからうるさく言わせないための目眩まし的な存在として人間をそばに置いてるって」
「何かおかしいと思ってたのよね。散々女性を紹介されてきても手を付けなかったのに、急にこんな人間を連れてくるなんて」
「そ、その本命の相手がセナ様なんですよ!」
ベイズが必死にそう言う。その言葉を、馬鹿にしたようにメイドたちが笑う。以前急に態度が軟化したと思っていた彼女たちは、どうやら一向にフェンリルの番にセナがならないことから、セナをどう扱ってもいいもの、という認識に戻ったのだろう。
「だったら、この人間をとっくに番にしてるでしょ」
「それは…」
「いまだに番にしていない。それが答えよ」
「そういえば昔、狐の獣人との噂があったわね」
「ああ、あの方でしょう?狼じゃないからって昔反対されて、陛下から引き離すために他の獣人の番にさせられたってって聞いたことがあるわ」
「陛下、狐の獣人とのことで腹いせに人間を正妃に据えるっておっしゃってるんじゃない?」
メイドはそう言うと、嫌味な顔をセナに見せた。セナはその言葉に目を丸くする。ベイズはそのメイドを、やめて、と言って咎めるように睨んだ。
「そんな、使用人の間の噂でしかないことを真実のように言わないで。そもそも、セナ様の前でなんてことを言うの?本当にこれ以上はやめて、お願いだから」
「構わないわよ。他国がよこしてきた、陛下に相手にしてもらえない惨めな献上品なんだから」
「もうやめて!」
ベイズが悲しそうに目を潤ませる。そんなベイズを見て、セナは何とも言えない気持ちになる。
「さあ、さっさと行きましょう」
意地悪く微笑んだメイドがセナに洗濯籠を渡す。セナは何も考えられずにそれを受け取る。ベイズがセナの手をつかみ、セナ様、と言った。
「さっきのはただの噂です。証拠なんかないし、だから本当のことだと誤解しないでください」
「…うん、わかった。とりあえずお仕事行ってくる。ちょうど暇だったから」
セナはそう小さく笑うと、歩き出したメイドたちの後を追いかけた。
フェンリルの好意に裏があったかもしれないことに、なるほどやっぱり、と思う気持ちと、信じたくない気持ちが混ざり合った。




