4-1ご令嬢は夢見がち
部屋から飛び出したセナはその晩、使用人部屋で眠るベイズのベッドに潜り込んで彼女と一緒に眠りについた。
朝、ベイズはセナの朝食の準備のために起き上がった。まだ眠るセナを見て悩みながらも、ベイズは彼女の肩を優しく揺らした。
「セナ様、朝ですよ。お部屋で朝食を取りましょう
」
「うーーん……」
セナは重いまぶたをこすりながら起き上がった。ベイズはそんなセナに微笑むと、さあ行きましょう、と呼びかけた。セナは寝癖頭を軽く手でかき分けながら、ベッドにまた顔を伏せた。
「…フェンリルがまだ部屋にいるかもしれない…。会いたくないからいやだ…」
「ええ?そ、そんなことおっしゃらずに…」
ベイズは慌ててセナの肩を揺する。セナは頬をシーツにつけたままベイズを見上げる。ベイズは、さあさあ、とセナの手を引いて彼女を立ち上がらせた。
「陛下がセナ様のお部屋にいるということは、セナ様に会いたいってことですよ。そのお気持ちを受け入れて差し上げるのはどうですか?」
「いやだ!」
セナはぶんぶんと頭を横に振る。もとよりセナにフェンリルと仲良くする気はないし、向こうがセナに好意を見せていても、その理由がみつからなければその好意を信じられない。王国でさんざん良いように使われてきた彼女は、これ以上誰かの都合のために振り回されたくないし、誰かの都合のための偽りの優しさを真に受けて傷つきたくなかったのだ。
駄々をこねるセナに、ベイズは、まあ、と困ったように眉を下げた。
「そんなことおっしゃらずに。それに、陛下だってセナ様がいない部屋にはもういらっしゃらないかもしれませんし」
「……」
「お部屋をのぞきに行くだけです。ね?」
優しくベイズにたしなめられて、セナは渋々頭を縦に振った。
セナとベイズが部屋に向かうと、セナのベッドですやすやと眠るフェンリルの姿があった。
「(…まさかとは思っていたけど、本当に人の部屋で爆睡するとは…)」
セナは顔を引きつらせながらフェンリルの寝顔を見つめる。これまで見たことがないほど端正な彼の寝顔にすら、セナはときめく気になれない。
「ではセナ様、私は朝食の準備をしに行ってまいります」
ベイズはにこにこ笑顔でそういうと、さっさと部屋から出ていってしまった。セナは、あっ!と声を漏らす。
「(…私がこの男に会いたくないのを知ってて置いてった…!)」
普段ずっと優しくしてきてくれた彼女に見捨てられたことに傷つくがしかし、彼女は一貫してセナとフェンリルが仲良くすることを望んでいたので、彼女の行動は仕方がないものなのかもしれないとセナは唇を噛む。
セナは息を小さく吐いた後、まだ眠るフェンリルを見つめる。
「(…疲れてるのかな)」
セナはじっとその寝顔を見つめる。昨日まで長期間他国へ仕事をしに回っていたのだから、当然体は疲れ切っているだろう。
「(…疲れているところに、嫁候補にしろと女性をたくさん送り込まれたらたまったもんじゃない…か。ましてやそういうものに興味がなさそうなこの人からしたら)」
そんなことを考えてセナは、また急に目の前の人が不憫に思えた。
「(…なんだかすこし…可哀想かも)」
周りから強要される煩わしいものから逃れるためにセナの部屋に一晩泊まったのだとしたら、なんとなく同情の余地はあるようにセナには思えた。王国で自分がひどい扱いを受けたからこそ余計に。
セナはベッドにそっと近づき、眠るフェンリルを見つめる。心配する気持ちと、同情するような気持ちと、そして、シンパシーを感じなら、セナはじっとフェンリルの寝顔を見た。すると、フェンリルはゆっくりと瞳を開いた。セナは彼と目が合うと一度ぱちりと瞬きをした。
「そんなに見つめてどうした」
フェンリルはそう言うと小さく目を細めた。セナは目を丸くしたあと、む、と眉をひそめた。
「…ずっと起きていたのね?」
「部屋に人が入ってきたのに、気が付かないわけがないだろ」
フェンリルはそう言うと体を起こして、すこし寝癖のついた髪を頭で軽くかきあげた。窓から差し込む光が、彼の黒髪に反射する。
セナは怪訝そうな顔をして、ベッドから一歩二歩と後ずさった。
「…よく眠れたようでよかった。さあ、すぐに私の部屋から出て」
「今から朝食を一緒にとろう。昨日の今日だが、昼前には城を出る。短い間だがまた会えなくなる」
フェンリルはベッドから起き上がると軽く伸びをしながらセナの隣に立って窓の外を見た。セナは、少し目を丸くした後、眉をひそめて、嫌!と言い放った。
「あなたなんかと食べたくない」
セナはそう言うとフェンリルからそっぽを向いた。フェンリルはそんなセナを見下ろして小さく口元を緩め、そしてセナの髪を耳にかけた。冷たい指先がセナの耳や頬に触れる。瞬きをした後セナはフェンリルを見上げる。フェンリルはセナと目が合うと少し目を細めた。
「短い時間でいい。君を見ていたい」
フェンリルの言葉に、セナははっとする。
「(…前も、国を出る前に食事を一緒にとろうと言ってきたけど、それも会えなくなる前に顔が見たかった、とかなのだろうか…)」
そんなことに気がついて心臓が一瞬揺れそうになったのに慌てたセナは、自分に触れるフェンリルの手を払った後、彼を睨みつけた。短絡的に人の好意を信じて馬鹿を見たくないし、それに自分は彼に嫌われなくてはいけないのだ。
しかしフェンリルは、特に気にした様子もなくそんなセナに目を細める。不遜な態度を意にも介さない彼に、セナはもどかしい気持ちになる。
すると、扉が開いて、朝食を持ってきたベイズが入ってきた。ベイズは笑顔で当然のように2人分の朝食を準備すると、部屋の隅に控えた。フェンリルは朝食の用意されたテーブルに座り、セナを見た。
「早く席についたらどうだ」
「だから私は…」
断ろうとしたセナのお腹が、空腹のためにぐうと鳴った。セナは少しずつ赤面したあと軽く咳払いをして、フェンリルの向かいに座った。フェンリルはセナを見つめて口元を緩めると朝食を取り始めた。セナは食欲に負けた自分に情けなくなったけれど、目の前に並べられた美味しそうな朝食を見たらそんな気持ちはきれいに吹っ飛んだ。




