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蝦夷転生コンサル、松前藩の支配構造を現代知識で塗り替える――まずは実家の隙間風を何とかする  作者: 一月三日 五郎
第三章 松前編

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閑話:現場が暴く虚構――揺らぐ勘太の心

 宝暦十四年(一七六四年) 初夏 蝦夷地・松前


 後片付けに勤しむ道広を横目に、

 俺は帳簿を確認していた。


 あいつは俺を上手く騙せているつもりだろうが、

 その仮面はすでにはがれかけている。


 俺を騙すには、あまりにも現実社会を知らなすぎである。


 この一月、笹を回収しながら港の隅々まで耳を傾けてきたが、

 道広が語った『詐欺師』の噂など、欠片も出てこなかった。


 噂に飢えた港の労働者たちの間で、そこまで情報が出ないということは、

 そんな事件は存在しないという有力な証拠だ。

 

 さらに、道広や守屋らしき人物を港で見かけたという話もなかった。

 これはどう考えても怪しい。

 

 俺を騙そうと適当な話をでっちあげたのだろう。


 道広の失敗は、若松屋の主人の失敗と根本が同じだ。

 

 頭の中で組み立てた『理屈』だけで実行している。

 だから現実と乖離して失敗する。


 せめて、実際に港に行き、そこで誰かと言葉を交わしていれば、話は違ったかもしれない。

 だが、あいつはそこまではしなかった。

 

 俺が確かめに行くことすら想像していなかったかもしれない。

 言ったとしてもどうせ見つからないのだから、すぐにあきらめるとでも思ったのだろう。


 大体、多少の銭を得たところで、すぐに住処を移れるものがどれほどいるというのか。

 罪を犯した者は捕まらないように逃げる。

 至極当然の理屈だ。疑いようもない。

 

 だが、当事者の立場に立って考えれば、

 逃げるのも容易ではないことぐらいは想像がつく。

 

 ここは村社会なのだ。

 よそ者が出入りすれば目立つし、誰かが急にいなくなっても噂になる。

 

 煙のように消えられるわけではないのだ。

 あいつはそのあたりがわかっていない。


 あいつの目には、町を行き交う人々や港で働く男たちが、

 皆、特徴のない「有象無象」にでも見えているのだろう。  

 

 一人ひとりに、喰って寝て働く、それぞれの暮らしがある。

 そんな当たり前のことがわからない。

 他者の人生に対する想像力が欠けているのだ。


 だから、あんな態度が取れる。

 

 俺が気になっているのは労働に対する態度だ。

 道広のそれは生活を賭けた労働ではなく、

 高貴な者が暇を潰すために行う『体験学習ワークショップ』の域を出ていない。

 

 茶屋の主人に聞くところによれば、

 「なぜ自分がこんな汚れた雑巾を絞らねばならんのだ」と不平を漏らしているらしい。


 本当に追い込まれているのならば、そんな態度は取れないはずだ。


 あいつの偽の苦境は、隠せば隠すほど、

 本当に泥を啜って生きている、この茶屋の中で、

 異物として鮮明に浮かび上がってしまっている。


(……廃嫡されたというのは、嘘だろうな)


 せいぜい、父君の逆鱗に触れて謹慎を言い渡されたといったところか。

 

 あるいは、城内の退屈な生活に嫌気がさし、面白そうな「異分子」の俺を探るために、

 悲劇の主人公を演じてみることにしたか。

 

 どちらにしろ、放蕩な若様の座興にしか思えなかった。


 だが、まあいい。

 

 俺にとっても、これは悪い話じゃない。

 本当に権力を剥ぎ取られ、路頭に迷った「元・若様」より、

 城の中に繋がりを保ったままの「現役・若様」の方が利用価値は遥かに高い。


 あの鼻につく不遜さも、将来の「裁可」を引き出すための先行投資だと思えば、

 いくらでも耐えられる。


「……ふう」


 思わず小さく溜息が漏れた。

 気づいていることを悟られれば、あいつはまた別の、さらに面倒な小細工を始めるかもしれない。

 

 プライドの高い若様を扱うには、

 このまま「騙されているお人好しなガキ」を演じ続けてやるのが一番コストが低い。

 当面はこの状況を維持するしかない。


 それにしても、だ。

 

 権力者という人種は、なぜこうも本音を包み込み、

 偽りの皮を被らなければ動けないのか。

 

 もっと素直になれないのか。


 どこかの誰かも知っていたが、嘘なんて維持コストの高いものの筆頭だ。

 整合性を保ち続けるためにリソースを割き続けるなど無駄でしかない。

 

 ましてや、一時をやり過ごすためならまだしも、

 これから共に過ごすことになる相手に嘘をつき続けて、どうするというのか。

 一体何がやりたいんだ。


 俺が文で適当に書いた「役に立ちそうな話」の中から、

 ちょうどいいネタを引っ張り出し、俺をハメるための脚本を書いたつもりか。  

 ――こちらをなめ過ぎだ。


 初日は確かに、その迫真の演技に揺さぶられ、完全に信じ込んでいた。

 だが、少し時間が経って冷静になれば、違和感にも気づこうというものだ。

 

 せっかく、念願の都会に来られたというのに、ちっとも楽しめない。


 宗谷の冷たく澄んだ空気が懐かしくなってきた。

 あそこの空気は、こんなに権謀術数で澱んではいなかった。

 

 セタリさんは、わからないことはわからないと言い、困れば素直に頼ってくれた。

 こちらが無茶振りをすれば、不満を口にしながらも、最後には必ずやり遂げてくれた。


 リラには振り回されることもあったが、俺の話に熱心に耳を傾けてくれた。

 延々、紙を作っていたのも今となってはいい思い出だ。

 

 あそこでは、俺もある程度は本音を吐き出せたのだ。

 あの「透明なやり取り」が、今の俺には酷く贅沢なものに思える。


(……セタリさんやリラが懐かしいな。

 あそこなら、こんなに神経を削って裏を読む必要もなかったんだが)


 正直、セタリさんやリラに同行を願いたい気持ちもあったが、やめておいて正解だった。

 この澱んだ松前の空気――嘘と策謀が呼吸のように繰り返される魔窟に、

 彼らまで毒されてほしくはない。

 なにより、その淀んだ空気の一端を担っているのが自分なのだからなおさらだ。


 不意に湧いた郷愁を追い出すように、深く、重い溜息を吐く。

 感情の揺らぎを無理やり排し、脳内のスイッチを冷徹なコンサルタントへと切り替える。


 ……認めざるを得ない。

 地元を離れたことで、俺は柄にもなくホームシックに陥っている。


 道広に対する過剰なまでの苛立ちや、茶屋夫婦への刺々しい態度も、その影響だろう。  

 特にあの夫婦に対しては、自分でもひどいことを言った自覚がある。

 

 完全な八つ当たりだ。

 いい迷惑だろう。


 あの夫婦も道広の芝居に巻き込まれた形だ。

 市場調査をしている最中、見かけて声をかけてみれば、

 あまりにも悲惨な状況で――助けずにはいられなかった。

   

 本来なら、こんなことをしている暇はないというのにだ。


 本来の計画では、道広の遊び相手として城に入り、

 城でしか得られない情報を集めたり、将来のために布石を打っておきたかった。 

 

 それが、次期藩主様の気まぐれで、こんな再建屋ごっこに興じる羽目になるとは。  

 何の罰ゲームなのだ。


 こんなことなら、あのまま宗谷でアイヌネットワークの増築や殖産興業に邁進していたかった。  

 その方が、よほど楽しい日々になったはずだ。


 結局のところ、存外、俺はあちらの生活を気に入っていたのだ。


 ……だが、だからといって尻尾を巻いて帰るという選択肢はない。  

 俺はここでやるべきことをやるために、自分からこの魔窟に飛び込んだのだ。


 それに、収穫もあった。  

 

 若松屋の主人。清二。

 彼は、いい協力者になってくれるだろう。  

 

 子供の俺が言うのもなんだが、まだ二十代後半と若いがしっかりしている。

 何より向上心と、弁当屋を見てチャンスと思えば実行に移す行動力がある。

 

 惜しいのは、その熱量を制御できる「ブレーキ」が周囲にいなかったことだ。

 若くして成り上がった弊害か、周りが彼の速度に追いつけていなかった。

 あの番頭は悪くないが、守屋と同じで最終的に主に従うタイプだ。


 うまくいっている時はいいが、今回のように狂いが生じた時、

 止めてくれる者がいないのは致命的だ。


 ――それは、俺も同じだった。


 俺が宗谷であれだけのことを成し遂げられたのは、俺一人の力ではない。

 鉄太、朔弥、三吉、それに徳蔵さん。

 セタリさんにリラ、そして家族のみんな。

 

 彼らがいたからこそ、俺はここまでこれたのだ。


(……帰りたいな)


 思い出すと目頭が熱くなってくる。

 

 ここでは冷徹なコンサルタントの仮面をかぶらなければならない。

 

 今の俺には、本当の意味で背中を預けられる味方はいないのだ。

 甘えも、迷いも、ここでは命取りになる。


「……ふう」  


 道広、お前が俺を使って何をしたいのかは知らん。  

 だが、俺は俺でお前という『駒』を使って、  

 この松前の商いの流れを塗り替える準備を進めさせてもらう。

 

 城に入れないなら入れないで、ここでやれることをやるだけだ。

 場所がどこであろうと、俺が止まることはない。


 ――お前が、それに気づく頃には、もう遅い。

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