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蝦夷転生コンサル、松前藩の支配構造を現代知識で塗り替える――まずは実家の隙間風を何とかする  作者: 一月三日 五郎
第三章 松前編

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第86話:仕組みは人を喰う――再建屋の正体

 宝暦十四年(一七六四年) 初夏 蝦夷地・松前


 あれから一月が過ぎた。  


 勘太の予言は、あまりにも残酷な形で的中した。


 あの日から、若松屋は「安くて豪華な握り飯を売る店」として爆発的に繁盛した。

 連日、港の連中が列をなし、飛ぶように売れていた。  


 ――だが、その光景を見ても、俺は驚かなかった。


 あれは、いずれ崩れる。

 そう、理解していたからだ。


 対してこちらは、値を上げた具なしの塩結びを、変わらぬ手際で売り続けている。

 客の数は落ちたもの、完全に途切れることはなく売れていた。


 十文に値上げしたことで利益が増えた上に、

 あちらの混雑に耐え切れなかった客が流れてくるおかげで、

 まずまずの売り上げだった。


 そんな日々がしばらく続いた――


 そして、ある日の朝、若松屋の表に「臨時休業」と書かれた紙が一枚、貼られていた。


「……やはり、か」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 理解はしていた。

 していたはずなのに――


 目の前で現実になると、その落差に、思考が追いつかない。


 あれほどの客を集め、あれほどの勢いで銭を回していた店が、

 なぜ、たった一月で。


 俺は、固く閉じられた店の入り口を見つめたまま、呟いた。


「理屈は分かる。だが……腑に落ちん」


 背後で、足音が止まる。


「そういうもんですよ」


 勘太は、いつも通りの声音で答えた。


「人は、見えない損より、目に見える成果に騙されますから」


 視線を若松屋に向けたまま、淡々と続ける。


「道広様、もう分かったでしょう。

 あちらは最初から、売れば売るほど損をする構造だった」


「ああ……原価と手間が、値に見合っていない」


「ええ。それを『回転の遅さ』でさらに悪化させていた。


 客は来る。

 だが捌けない。

 人は疲弊する。

 

 ……結果、銭も体力も先に尽きる」


 まるで、最初から結末が決まっていたかのように語る。

 

「まあ、あちらの主人が無能だったわけではありません。


 むしろ――茶屋の主人としては有能だった。

 だからこそ、こちらの誘いに乗ったんですよ」


「……やはり、そうか」


 俺は、ゆっくりと振り返る。


 前に聞いた理屈。

 だが今は、その意味がまるで違って聞こえた。


「うちが具を入れなかったのは、ケチったからじゃない。

 あっちに具を入れれば勝てると思わせるため、だったな」


「そうです」


 あっさりと肯定する。


「ダメ押しに、こちらは値を上げた。

 安価な弁当を求める客は、自然とあちらへ流れる。

 

 ――低利益・重労働の構造に、嵌めるためです」


 そこまで聞いて、ようやく腑に落ちた。


 いや――落ちてしまった。


 あの行列も。

 あの繁盛も。


 すべては、崩壊を加速させる燃料でしかなかったのだ。


「……あそこの主人は、最後まで気づかなかったか」


「でしょうね。売れている間は、目の前に銭の山ができる。

 その陰に隠れて見るべきものが見えなくなってしまう」


 勘太は、何かを思い出すように目を細めた。


「茶屋は、茶屋をやっていればよかったんですよ。

 慣れない弁当屋なんて放って、茶屋を続けていれば勝っていたのはあちらです。

 それを変に欲をかくからこういうことになる」


 そこで一度、言葉を切る。


「……道広様も、お気をつけてください。

 餅は餅屋です。

 道広様には、漁師や茶屋の下働きなんて仕事は、これっぽっちも向いてませんからね」


 どこか見透かすような目で笑った。

 

 その言葉は、冷たい氷のくさびのように俺の胸に突き刺さった。

 身の丈をわきまえず、欲に駆られて向いていない事に手を出せば、待っているのは破滅か。

 ……俺の場合は、好奇心だろうか。

 興味本位で余計なことに首を突っ込むなと言われた気がした。

 

 こいつは直接手を下さない。

 ただ相手の『欲』という火に油を注ぎ、燃え尽きるのを眺めているだけだ。


(……こいつは、策士や軍師などではない。もっと、たちの悪い何かだ)


「まあ、潰れかけの茶屋が息を吹き返した策です。

 真似したくなるのも無理はないでしょう。

 

 同じ茶屋がやっている。

 自分にもできると思ったでしょう。

 

 ――残念ながら、俺は茶屋ではなく再建屋ですが」


 そう言って、三日月のように口元を歪める。

 その笑みが、ひどく不気味に見えた。


 こいつの企ては、時に刃物よりも鋭く、静かに敵を屠る。  

 その神算の深淵を垣間見た俺は、あらためて、底知れぬ恐怖を覚えた。


---


「さて。それじゃあ、あちらの主人に『助け舟』を出しに行きますか」


 勘太が事も無げにそう言った瞬間、店内に悲鳴に近い声が上がった。


「な、敵を助けるというんですか!?」


「勘太さん、せっかく立場が逆転したのに、どうして……!」


 店主夫婦が困惑と憤りで顔を歪ませる。

 だが、勘太は首を傾げ、心底不思議そうに目を丸くしてみせた。


「どうしてって……もったいないじゃないですか。

 一代であれだけの店を立ち上げた、やり手の主人ですよ。


 それが、つい少し前まであれほど賑わっていたのに、

 これほど短い間に見る影もなくなるなんて。


 ……いやあ、なんとも惜しい話だ。

 松前にとっても損ですよ、これは」


 ――ぞくり、と背筋に冷たいものが走った。

 それはまるで――俺自身のことを言われているようだった。


「それはそうかもしれんが、相手は商売敵だ。

 敵は叩けるうちに叩いておいた方がいいのではないのか?

 兵法ではそういうものだろう、なあ守屋」


「その通りです。若」


 俺の言葉に守屋が頷く。そうだ。俺は間違っていないはずだ。

 妙なことを言いだす勘太がおかしいのだ。


 俺が守屋の肯定に気をよくして勘太を見ると奴はこれ見よがしにため息をついた。


「……道広様」


 勘太の視線が、静かに俺を射抜く。


「あちらの主も、そこで働く者たちも、あなたの民ですよ。

 敵ではありません。

 それを救わなくて、どうしますか」


 ――はっとした。

 

 繁盛する者も、落ちぶれる者も、等しく俺が治めるべき民――。


 守屋を見るとやつも同じように気付いたようだった。


 上に立つ者の視点。


 父上にもよく聞かされていたというのにすっかり頭から抜け落ちていた。


「本来、あなたが重きを置くべきはあちらでしょう。

 より多くの税を納めるのですから」


 勘太は、淡々と続ける。

 なぜ、俺がこんな説教をされているのだ。

 だが、苛立ちよりもふがいなさが先に立つ。


 武士でもなければ大人ですらない子供に、上に立つ者の心構えを説かれている。

 これではどちらが上位者なのかわからない。


「こんな潰れかけの店に、仏心を出している場合ではない」


「そんな……」


 店主夫婦が言葉を失う。


「失礼、言い過ぎました。

 でも、まあ、もう潰れかけではないので構いませんよね」


 口では詫びるが勘太は、一切気に留める様子がない。

 店主夫婦も救われた立場ということもあり、文句を言いにくいようだ。


「……まあ、あちらがああなるよう誘導したのは俺ですけど。

 それはいったん、置いておくとして」


(置いておくのか!?)


 思わず心中で叫ぶ。

 だが――こいつにとっては、本当に取るに足らないことなのだろう。

 結果的に救うのだから一時的に陥れても問題ない、本気でそう思っていそうだ。


「『吸収合併』してしまいましょう。

 あちらの店と、この店を一つにするんです」


 さらりと言ってのける。


「こちらは弁当事業に専念。

 あちらは茶屋としての商いに専念させる。

 余った人手は、こちらに回せばいい


 この一月であちらの人たちも握り飯弁当の提供に慣れているでしょうから即戦力ですよ。

 これからは楽できますね。ご主人。いやあ、よかった、よかった。」


「は、はあ」


 懸命に客を捌いていた売り子も必死に握り飯を作っていた調理担当も

 すべてはこの時のために身を削っていたというのか。

 勘太の口ぶりはまるですべてが予定調和だとでもいうかのようだった。


「餅は餅屋です。

 茶屋をやりたい者には茶屋を。

 飯を作りたい者には飯を」


 そして――


「それらすべてを『仕組み』に取り込み、

 富を最大化する。

 

 ――それが、上に立つ者の役目ですよ」


 こいつは、慈悲すらも道具にするのか。


 救いを与えながら、逃げ場のない形に組み替える。

 それはもはや温情ではない。支配だ。


 俺は今さらながら、自分が何を松前へ招き入れたのかを思い知る。


 ――怪物だ。

 

 人の姿をした、仕組みそのもののような何か。

 

---


 後日、若松屋を訪れた俺たちは勘太の宣言通りに交渉を申し出た。

 結果から言うと若松屋の主人との交渉は、拍子抜けするほど簡単だった。

 

(……こうも簡単に従えてしまうとは)


 最初に食ってかかっていた店主の声は、

 いつの間にか細くなり、

 最後には、ただ頷いていた。


 救済という名の、完全な服従。


 選択を迫られているようで、押し付けられている。

 

 いつから勘太の筋書き通り動いていたのか。

 最後までわかることはない。

 

 なにしろ、共犯者の俺にさえわからないのだから。


「ふう。やはり、強者の真似事は楽しいですね。

 圧倒的に有利な立場から偉そうにものを言うのは最高です。

 気を付けないと癖になりそうだ」


 交渉が終わり店を出たところで、勘太は肩を回しながら、事も無げに言った。

 とても元服前の子供が吐く台詞ではない。

 だが、その言葉に含まれた奇妙な引っかかりを、俺は見逃せなかった。


「……強者の真似事、とはどういう意味だ。

 お前は十分に強者だろう。

 貴様ほどの智謀を持つ者など、城の中にも、この松前にもおらん。」


「買いかぶりですよ、道広様」


 勘太は冷めた目で、店内を見渡した。


「今回は、相手が善良な職人気質の人だったから上手くいっただけです。

 相手が狡猾な悪人なら、こんな回りくどい交渉おままごとは通用しません」


「……ではどうする」


「さあ。もっと、手っ取り早いやり方を使います。

 悪党に遠慮は無用ですから」


 勘太は事もなげに言った。

 一代で店を繁盛させた有能な店主をいとも簡単に罠にかけておいて言うことではない。

 

 相手が悪党であればいったいどんな目にあわせていたというのか。

 ――それは聞かないほうがよさそうだった。

 

 俺は内心で戦慄しながらも、問いを重ねた。


「それで……今回はたまたま上手くいったと?」


「いえいえ、事前に若松屋の主人については下調べしてましたから

 たまたまというわけではありません。

 

 ただ、いつもこう上手くいくわけではないと言いたかったんですよ」


 ――下調べ、だと?

 こいつは連日の外回りの最中に、いったいどれだけの手を打っていたのか。

 底の知れなさを思い知り、震えを覚えた。


「……これからどうする。まだこの茶屋を続けるのか?」


「そうですね。もう少し続けます」


「また何かの仕掛けで、誰かを『ハメる』つもりか?」


「はは、ご名答。分かってきましたね、道広様」


「……何も分かってなどおらん」


 俺をからかって満足したのか、

 「じゃあ、俺はこの後の話を詰めてきますので」と言い残し、

 勘太は奥へと消えていった。


 一人残された俺は、夕闇に沈みゆく店内を、ただ見つめていた。  

 

 そう。

 

 何も、何一つとして分かってなどいないのだ。  

 

 これほど間近で、呼吸の一つまで観察しているつもりでいながら、

 まるではるか高みから、俺の方が観察されているような――そんな錯覚すら覚える。


(……だが、そもそも、奴の目的は何だ?)


 奴は俺が後継者に返り咲くための「成果」を作るため動いており、

 この茶屋の再建はその一端であったはずだ。

 

 少なくとも俺は、そう認識していた。  


 だが、たかが一軒の茶屋を再建したところで、

 それが父上を激怒させた俺の失態を覆すほどの「成果」になるのか?

 それとも、主から端金を得て、その場しのぎの活動資金にするつもりか?


 ――どちらも、違う気がした。


 また誰かをハメるつもりか。

 そう問うたとき、奴は満足げに笑ってみせた。

   

 だとしたら、目の前で起きたこの鮮やかな『吸収合併』ですら、

 まだ始まりに過ぎないのかもしれない。


 だが――その目的の行き先だけが、どうしても見えない。

 どこへ向かっているのか。

 俺をどこへ連れて行こうとしているのか。


 問い詰めたところで、またはぐらかされて終わりだろう。

 あいつは、核心だけは絶対に話さない。


 どうすれば、あいつが俺に本気で向き合うのか。

 どうすれば、あの底の見えない謀の一端を覗けるのか。

 どうすれば、あいつと――。


 答えは分からない。

 

 だが――考えるべきなのだろう。

 あいつの働きが、そう示している気がした。


 俺に、追いついてこいと言わんばかりに。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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