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蝦夷転生コンサル、松前藩の支配構造を現代知識で塗り替える――まずは実家の隙間風を何とかする  作者: 一月三日 五郎
第三章 松前編

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第98話:動き出す組織 やまない予感

 宝暦十四年(一七六四年) 晩夏 蝦夷地・松前


 守屋が父上(資広)のもとへ向かったのは、翌日のことだった。

 戻ってきた守屋は、開口一番に告げた。


「許可は、下りました」


 あまりにあっさりとした言葉だった。


「……そうか」


 思わず、それ以上の言葉が続かない。守屋は続ける。


「むしろ、上機嫌であられました。昨日の今日でもう動き出すか、と」


 その言葉に、場の空気がわずかに緩んだのが分かった。

 清二も、糧屋の主人も、どこか肩の力を抜いている。


(よし……これで形は整ったな)


 勘太の案は、少なくとも藩の許可という面では通った。

 これで「監査役」という名目は、公のものになる。

 理屈の上では、もう動き出せる。


 だが――。


 ふと、守屋を見る。

 向けられたその顔は、いつもと同じようでいて、どこか固いままだった。


「どうした、守屋」


「……いえ」


 短く、それだけ。


 いつもの守屋なら、ここで余計な一言でも添えるか、あるいは釘を刺してくる。

 だが今日は違う。

 言葉を選んでいるというより、言葉そのものを飲み込んでいるようだった。


(喜んでいるのか、それとも……)


 父上が上機嫌――それ自体が、どこか不自然に思えた。

 

 事が順調に進んでいるからこその機嫌なのか。

 それとも、何か別の意図を含んでいるのか。

 

 そこまでは、分からない。


(父上は勘太の力を利用して、のちに使い捨てるつもりではないか。

 俺の考えすぎだろうか……)


 ただ一つだけ確かなのは、守屋の反応が、それを手放しに喜べるものではないということだった。


「守屋」


 呼ぶと、ようやく視線がこちらに向く。


「その、大丈夫か? 疲れているように見える。……顔色も悪いぞ」


「……問題ありません。最近、暑くて眠りが浅いせいでしょう。大したことはありません」


 その一言だけが、やけに重かった。


(……父上に何か言われたか)


 詳しくは語らない。

 語らないからこそ、引っかかる。


 だが今は、それ以上は聞かなかった。

 聞けば、何かが崩れる気がしたからだ。


「……分かった」


 それだけ答える。


 場は再び動き始める。

 

 勘太が、次の段取りを淡々と説明し始める。

 清二たちも、それに引き込まれていく。

 だが俺の頭の片隅では、ずっと守屋の違和感がちらついていた。


 進み始めた以上、もう戻れない。

 それだけは、確かだった。


---

宝暦十四年(一七六四年) 晩秋 蝦夷地・松前


 屋敷の自室で大量の書類を前に、物思いにふける。


「……しかし、やってもやっても終わらんな、これ」


 ここのところの俺は、監査対象として勘太に渡された紙の山と格闘していた。

 最初こそ汚名返上のためと張り切っていたのだが、ものには限度というものがある。

 終わりの見えない仕事にげんなりしていた。


「不満があるわけではないが……もう少し何とかならんものか」


 両手を頭の後ろで組み、体を横たえる。


「はあ、疲れた……」


 目をつむり、最近のことを思い出す。


 組織の拡大は順調だった。

 

 噂が噂を呼び、拠り所のない潰れかけの店が集まってきた。

 東西の大勢力からすれば歯牙にもかけぬようなもの達だろう。

 

 搾れるだけ絞った残りかす。

 その程度のものと見られていたはずだ。


 だが勘太は、それらを恐ろしいほどの手際で最適化していった。

 無駄を排して、人材を再配置した。

 まるで積木細工でも組み替えるような手際だった。


(まるで、神の手だ)


 朔弥から紹介された伝手で必要なものをそろえ、

 鉄太から入手した各地の相場をもとに、

 勘太が仕入れや出荷の計画を立てる。

 

 清二や糧屋の主人が、それらを他の店主たちに伝えて回った。


 店主たちは最初こそ半信半疑で文句をたれていたが、結果が出だすと不満の声はぴたりとやんだ。

 もともと、廃業するか首をくくるかというところまで追い込まれていた連中だ。

 従うだけで前よりいい生活が送れるとわかれば、新しい主に従順になるというものだ。


(俺は何を見せられているのだ……)


 その間に俺がやったことといえば――監査役として取引の内容を確認し、

 店主たちに取引の内容が公正なものであると沙汰を下すことだけだった。


 俺とて盲目的に勘太の言葉を肯定していたわけではない。

 自分なりに調べ、守屋に相談し、その上で判断を下してきた。

 だが、勘太の行動に小さな不備はあれど、偽りや誤魔化しは見つけられなかった。


 疑っていたわけではない。

 

 ただ、唯々諾々と動く人形にはなりたくなかっただけだ。

 そうして、見つけられたのは、確認する必要もないほどの勘太の異常さだった。


(俺はこんな化け物と張り合うつもりだったのか……)


 勘太と宗谷で出会ったころの傲慢さは、もう俺には残っていなかった。


(井の中の蛙というのは、俺にこそふさわしい言葉だな。ここまで差があるといっそ清々しい)


 茶屋を再建した時の商略もすごいとは思っていた。

 だが、勘太にとってはあんなものは本気でも何でもなかった。


(そうだ。実力の半分も出しちゃいなかったんだ)


 あの時との大きな違いは、幼馴染で親友の二人の存在が大きいのだろう。

 俺もあの頃よりは勘太と腹を割って話せるようになったが、あの二人にはかなわない。

 どこまでいっても、俺は勘太の『親友』にはなれない。


(それがなんだ。俺は決めたのだ。この死にかけた松前を立て直すと)


 そのためなら泥をすする覚悟はできている。

 仲良しごっこをするためにあいつに協力を頼んだわけじゃない。

 今は、この『監査役』という役割を全うすることだけを考える。


 俺が目を開け体を起こすと、正面に守屋が座っていた。


「うわっ、いつからいた。声ぐらいかけろ」


「……半刻ほど前からでしょうか。

 声なら部屋に入る前と後にかけました。

 お返事はありませんでしたが。

 

 気持ちよさそうにお休みでしたな。

 ずいぶんとお疲れのご様子で」


「うっ、少し目をつむっていただけだ。さぼっていたわけではない」


「左様でしたか。てっきり退屈なお役目に辟易されているのかと」


 的確に図星をついてくる。


「そちらこそ、一段と疲れているようではないか。

 目の下の隈がすごいぞ。寝られておらんのではないか?」


「心配ご無用です。この程度で倒れるほど耄碌はしておりません」


「それならよいが……。無理はするなよ」


「は。それよりも……また一段と増えましたな」


 守屋が紙の山を差して言う。


「そうだな。だが勘太の話だと、そろそろ頭打ちだそうだ。

 今の時点で取り込めるだけ取り込んだと言っていた」


「こんな短期間でそこまで……」


「ああ、東西の勢力を削り、こちらは最大限に強化した。

 それでもまだ拮抗するには至らんらしいがな。

 なので相手の大駒を取りに行くと言ってたな」


「もう、次の段階ですか……」


 守屋がため息を漏らす。


「まったく、あいつのせっかちさは何なんだろうな。生き急いでいるとしか思えん」


「……それだけ、この松前の状況がよくないということでしょうか」


「そうかもな。正直、そのあたりの感覚は俺にはまだよくわからん。

 あいつは何かを恐れているみたいだ。

 この間も何か手遅れになるとかなんとかぶつぶつ言ってたしな」


「手遅れ……ですか」


「あいつのわけのわからない独り言は今に始まったことではないが、

 今の進め方から察するに、何かよからぬことが起こるのを見越しておるのだろうな」


 最初のころは聞き出そうとしていたが、途中からは諦めてしまった。

 そんなことをしていたらついていけないからだ。

 

 聞けば話してくれるが、どこまでも話が続くし、少しすると内容が変わっていて、

 それについてもまた延々と話を聞くことになるのでキリがないのだ。


 清二に相談したら、自分はとうに見切りをつけたという。

 勘太のやることは行き当たりばったりでやっているように見えて、

 意味がある行動なのだということは分かっているのだから、信じてやるだけだと。


 思考停止ではないかといったら、「そうかもしれません」といいながら、こう付け足した。


 大きな問題がありそうな時だけ問いただすようにしている。

 それ以外は、何かあっても、あとで挽回してくれるから構わないと割り切ることだ、と。


「若?」


「ん、ああ、なんでもない。ちょっと考え事をしていた。

 そういえば、俺に何か用があったんじゃないのか?」


「そうでした。奥が新しい手料理を作りましてな。

 ぜひ道広様にふるまいたいそうで。

 つきましては今晩の夕食は、わが家でいかがでしょうか」


「おお、そうか。それは楽しみだな。

 よし、仕事も一区切りついたことだし、ご相伴にあずかるとするか」


「はい、奥も喜びます」


「勘太たちも来るのか?」


「いえ、誘ったのですが先約があるとかで断られました」


「……なんと守屋の奥方の好意を無下にするとは、けしからんな」


俺が口をとがらせて言うと、守屋は薄く笑った。


「まあ、こちらも急な招きでしたから仕方ありますまい。

 ここのところ連日会食続きとかで、勘太もだいぶ参っている様子でした。

 悪気はないのでしょう」


「そうか、まあ次に会ったら一言文句を言ってやるか。

 今日のところは俺だけ馳走になるとしよう」


「はい、奥も喜びます」


 守屋は嬉し気に顔を綻ばせていた。

 ただ、顔色の悪さから無理をしているように思えて、申し訳ない気持ちになった。

 屋敷の火を落とし、守屋と二人、守屋の屋敷に向かった。


「そういえば、こうして二人で歩くのは久しぶりだな」


「言われてみるとそうですな」


「最近は勘太たちや子供らと連れ立って歩くことが多かったから新鮮な心地だな」


「そうですな。勘太が松前に来る前を思い出します」


「あの頃か……今思えばよくもここまで立て直せたものだな」


「まことに。たぐいまれな拾いものでしたな」


 拾い物というか、飛び込んできたような気がする。

 だが、得難い幸運だったことは間違いない。

 もし、勘太が松前に来ていなかったら、俺は今もあのボロ屋敷で謹慎させられていたかもしれない。


(まあ、勘太に出会ってなかったら謹慎させられることもなかっただろうから、意味のない仮定だな)


「若は勘太をどう思っておられます?

 最近のやりようを見るに、大分、粗雑に扱われていると思いますが」


「どう思う……か」


 友ではないし、家臣というのも違う。

 協力者というには関係が偏っている。


「そうだな……いまのところは『先生』といったところか」


 教え、導き、諭す。

 今の勘太が俺にやっていることからすれば、それがしっくりきた。


「勘太が師ですか……」


 守屋は意外そうに言った。


「他に言いようがないのでな。

 なに、今は押されておるがいずれは家臣にしてくれるわ。

 そうなれば今の俺よりもっとこき使ってやる。

 その日が楽しみよ」


 俺は自分自身を鼓舞するため笑った。

 あいつは化け物だが、俺だってこのまま終わるつもりはない。

 今は雌伏の時だ。


「そうですな。その意気ですぞ、若」


「若、言うな」


 曇っていた守屋の顔に少しだけ光が戻った気がした。

 懐かしいやり取りをしながら歩を進める。


 守屋の屋敷に着くころには、空に三日月が見え始めていた。

 厚い雲の影からのぞく月が、なぜか不気味に見えた。

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