第八章 僧侶の病室
北から戻った翌年。
カインが倒れた。
知らせを受け、レオンとリュシアは王都の療養院へ駆けつけた。
かつて世界中の傷病者を救った大僧侶が、今は白い寝台に横たわっている。
「遅かったですね」
カインが弱々しく笑った。
「何が遅い。治すぞ」
「無理です」
「俺が王宮の治癒術師を呼ぶ」
「もう全員来ました」
「聖女は」
「来ました」
「じゃあ古代魔法を――」
「レオン」
カインが静かに呼ぶ。
「肝臓の病です。老化もある。治りません」
「そんなわけあるか」
「私が僧侶ですよ」
「だから何だ」
「自分の身体くらい分かります」
レオンは拳を握った。
リュシアがそっと肩に触れる。
「何でそんなに平然としてるんだ」
「怖いですよ」
カインは天井を見た。
「夜になると特にね。眠ったらそのまま目が覚めないんじゃないかと考える」
「だったら――」
「でも、怖いことと受け入れることは別です」
蓬莱山の老人。
黄金の林檎の老婆。
また同じことを言われている気がした。
「お前まで説教するのか」
「僧侶ですから」
カインが笑う。
「仕事ですよ」
数日後。
カインは自分がまとめていた研究書をレオンに渡した。
「何だ、これ」
「輪廻転生について」
「輪廻?」
「古い宗教には、人は死後に別の生として生まれ変わるという考えがあります」
「迷信だろ」
「不老不死よりは文献がありますよ」
「馬鹿にしてるのか」
「半分は」
昔と同じ笑い方だった。
「もう半分は?」
「あなたに合っていると思って」
レオンは本を睨んだ。
「生まれ変わっても記憶がなかったら俺じゃない」
「そうかもしれない」
「人間とも限らない」
「犬かもしれませんね」
「嫌だ」
「猫なら?」
「もっと嫌だ」
「リュシアは猫が好きでしたよ」
「そういう問題じゃない」
二人はしばらく笑った。
それからカインが言う。
「レオン」
「何だ」
「私は、楽しかったですよ」
「急に何だ」
「勇者パーティ」
「……ああ」
「魔王討伐は二度としたくありませんが」
「俺もだ」
「でも、あなたたちと旅ができたのはよかった」
レオンは返事をしなかった。
一か月後。
大僧侶カインは静かに息を引き取った。
享年六十三歳。
魔王討伐の英雄としては、あまりにも普通の死だった。




