第六章 時間の違う夫婦
蓬莱山から帰って三年が過ぎた。
レオンは五十七歳になっていた。
旅をしている間にも時間は進む。
当たり前の事実が、これほど腹立たしく思えたことはない。
「次は北へ行く」
夕食の席で突然言った。
リュシアは匙を置いた。
「黄金の林檎?」
「ああ」
「少し休んだら?」
「三年休んだ」
「不老不死の研究をしながらでしょう」
「何もしないでいられるか」
リュシアは夫の顔を見た。
以前より髪の白い部分が増えている。
本人は染めることを嫌った。
皺も深くなった。
それでもリュシアには、その顔が昔より嫌いになることなどなかった。
「私ね」
リュシアが言った。
「あなたが老けるの、嫌じゃないわよ」
「俺は嫌だ」
「どうして?」
「お前が変わらないから」
レオンがこちらを見る。
「鏡を見るたび思う。俺だけ先に歩いてる」
「私も歩いてるわ」
「見えない」
「見えないだけ」
「だったら見せてくれよ」
「何を?」
「お前が老いてる証拠を」
リュシアは答えられなかった。
その沈黙が、レオンを傷つけた。
「……悪い」
「レオン」
「北へ行く」
結局、リュシアは止めなかった。
止めても一人で行くだろう。
それが分かっていた。
◇
旅立ちの日。
カインは杖をつきながらやって来た。
「今回は私は留守番です」
「足か?」
「ええ。昔魔将軍に潰された膝が、この歳になって文句を言い始めましてね」
レオンは口を閉じた。
かつてなら回復魔法で痛みを消せた。
だが古い傷と老化は違う。
完全には治せない。
「俺とリュシアとガルドで行く」
「気をつけて」
カインは笑った。
「何なら私が死ぬ前には戻ってきてください」
「縁起でもないこと言うな」
「ははは。冗談ですよ」
そう言うカインの顔も、昔よりずっと老けている。
リュシアだけだった。
変わらないのは。




