第三章 同じ写真
さらに十五年が過ぎた。
レオンは五十三歳になった。
朝、起きると腰が痛む日がある。
長時間馬に乗れば翌日に疲れが残る。
剣を振る速度は若い頃の八割ほど。
普通の五十三歳と比べれば化け物じみて元気ではあったが、世界最強だった勇者自身には、その衰えが誰より明確に分かった。
カインもすっかり白髪が目立つようになった。
ガルドの顔にも老いた獣人特有の白い毛が混じり始めている。
そして。
「はい、撮りますよ」
王都からやって来た魔法写真師が杖を構える。
魔王討伐二十五周年の記念として、かつての勇者パーティが王城へ招待されたのだ。
「もう少し寄ってください」
「こうか?」
「ガルドさん、もう少し中央へ」
「む」
「リュシア様、レオン様の横へ」
四人が並ぶ。
杖の先が白く光った。
「そのままです」
閃光。
撮影が終わる。
数分後、魔力紙に浮き上がった写真をレオンは手にした。
そして言葉を失った。
老いた三人。
変わらない一人。
「……露骨だな」
カインが苦笑した。
「写真は残酷ですねえ」
「お前は髪が減ったな」
「レオン。それを言うならあなたもですよ」
「俺はまだある」
「前から見れば」
「おい」
ガルドが笑った。
昔なら、レオンも笑えただろう。
だが今日は、笑えなかった。
リュシアだけが、二十五年前の写真からそのまま抜け出してきたように見えた。
夜。
王都の宿屋で二人きりになったとき、レオンは不意に尋ねた。
「なあ、リュシア」
「何?」
「エルフって、何歳まで生きるんだ」
妻の手が止まった。
「どうしたの、急に」
「ちゃんと聞いたことなかったなと思って」
「個人差があるわ」
「平均は?」
「……千年くらい」
レオンは何も言わなかった。
知識としては知っていた。
エルフは長命だ。
だが具体的な数字を妻の口から聞いたのは初めてだった。
「千年か」
「ええ」
「お前、今いくつだっけ」
「百四十二歳」
「じゃあ、あと八百年以上?」
「平均通りなら」
レオンは窓の外を見た。
街灯の魔石が王都の通りを照らしている。
「俺は?」
「……」
「人族の男なら、八十くらいか」
「今は百歳まで生きる人だっているわ」
「勇者だから百二十歳くらいまでいけるか?」
冗談めかして言う。
リュシアは笑わなかった。
「レオン」
「もし俺が八十で死んだら」
「やめて」
「お前はそのあと八百年生きるのか」
「やめてって言ってるでしょう」
初めて聞く強い声だった。
レオンは妻を見る。
リュシアは俯いていた。
「ごめん」
「……いいの」
長い沈黙。
「考えないようにしてた」
リュシアが言った。
「ずっと?」
「あなたと結婚する前から」
「それでも結婚したのか」
「したわよ」
リュシアは顔を上げた。
少し怒ったような顔だった。
「あなたと五十年しか一緒にいられないから結婚しない、なんて選べると思う?」
「……」
「五十年だろうと百年だろうと、私はあなたといたかった」
レオンは妻の手を握った。
温かい。
昔と何も変わらない。
自分の手には、いつの間にか太い血管が浮くようになっていた。
その違いが、やけに恐ろしく感じた。




