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不老不死を探した勇者  作者: ゲント・カイ


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第十六章 そして、新しい時間へ

「つまり」


 翌日。


 湖畔の家の居間で、一人の男が深々と頭を下げていた。


「息子は、本当に勇者レオン様の生まれ変わりということでしょうか」


「たぶん」


「たぶん!?」


 ルカの父親、マルクが顔を上げる。


 三十代半ばの、真面目そうな農夫だった。


 隣では母親のエマが息子を抱き寄せている。


「私にも説明できないの」


 リュシアは困ったように笑った。


「でも、彼しか知らないことを知っています」


「では……」


「だからといって、ルカがレオンそのものだとは思っていません」


 ルカがこちらを見る。


 リュシアはその視線を受け止めた。


「この子には、この子の両親がいる。この子の十年間がある」


 マルクとエマが黙る。


「それを奪うつもりはありません」


「リュシア」


「何?」


「俺、別に奪われるとか思ってないぞ」


「子供は黙ってなさい」


「前世はお前より年上だった」


「今は十歳」


「ずるくないか、その理屈」


「何か文句ある?」


「ありません」


 マルクがぽかんとする。


 エマが小さく笑った。


「何だか」


「はい?」


「本当に、昔から知ってる人みたいですね」


「……そうですね」


 リュシアも笑った。


     ◇


 それからルカは、一年に何度か湖畔の家へ遊びに来るようになった。


 普段は両親と暮らす。


 学校へ通う。


 友達と遊ぶ。


 剣を習い始めた。


 前世が勇者だからといって、今世でも天才というわけではなかった。


「いてっ!」


「腰が高い」


「分かってる!」


「分かってないから転ぶのよ」


「俺、魔王倒したんだけど」


「昔の話」


「もう少し敬意を払え」


「十歳児に?」


「前世八十四歳!」


「足したら九十四歳ね」


「そういう足し算するな」


 庭に少年の声が響く。


 リュシアは木陰で本を読みながら、その姿を眺めた。


 不思議だった。


 昔のレオンと同じところがある。


 剣を振るとき左足から踏み込む癖。


 考え事をするとき眉間を触る癖。


 料理が下手なところ。


 だが違うところも多い。


 ルカは辛い食べ物が好きだった。


 レオンは苦手だった。


 ルカは泳げない。


 レオンは川を泳いで渡れるほど得意だった。


 ルカは絵を描くのが好きだった。


 レオンは人間を描けば魔物になるほど下手だった。


 同じではない。


 それでよかった。


     ◇


 ある日。


 成長したルカが、北方への旅行から戻ってきた。


 十五歳になっていた。


 手には一つの林檎。


「土産」


「何?」


「黄金の林檎」


 リュシアが目を見開く。


「行ったの?」


「ああ」


「危ないでしょう!」


「親父と一緒だから大丈夫」


「マルクさんも大変ね」


「結構楽しんでたぞ」


 ルカは林檎を差し出した。


「食べても不老不死にはならないけどな」


「知ってる」


「美味いらしい」


 二人は庭の椅子に座り、林檎を半分に切った。


 甘い。


 普通の林檎より少し香りが強い。


「前世の俺、これ潰したよな」


「握り潰してた」


「もったいない」


「本当にね」


「馬鹿だったな」


「今さら気づいた?」


「うるさい」


 ルカが笑う。


 リュシアも笑った。


 庭の隅には、レオンが植えた木の枝を接いだ若木が立っている。


 もう十年以上になる。


 古い木はとうに枯れた。


 だが若木は今年も葉をつけていた。


「なあ」


 ルカが言う。


「何?」


「俺、昔の俺と同じかな」


 リュシアは少年を見る。


 十五歳。


 五年前、玄関の前に立っていた頃よりずっと大きくなった。


「違うわ」


 即答した。


「そこは同じって言えよ」


「だって違うもの」


「……そうか」


「でも」


 リュシアは微笑む。


「繋がってる」


「繋がってる?」


「ええ」


 若木を指す。


「昔、あなたが北で怒ったでしょう」


「ああ」


「同じ木じゃないって」


「……覚えてる」


「今ならどう思う?」


 ルカは若木を見た。


 しばらく考える。


「分からない」


「私も」


「答えになってないな」


「答えなんて要らなかったのかもしれない」


「勇者なのに?」


「勇者だからって、全部答えを出さなくていいでしょう」


 ルカはしばらく黙っていた。


「前世の俺、それ言われたら怒ってただろうな」


「間違いなく」


「面倒くさい爺さんだ」


「本当に」


「よく結婚したな」


「後悔してる」


「ひどい」


 二人で笑う。


 湖の向こうへ夕日が沈んでいく。


     ◇


 かつて勇者レオンは、永遠を探した。


 東の蓬莱山へ行った。


 不老の仙人はいなかった。


 だが八百年続く技術があった。


 北へ行った。


 永遠に生きる林檎の木はなかった。


 だが古い枝を繋ぎながら、三千年続く森があった。


 西へ行った。


 不死の桃はなかった。


 だが百年ごとに同じ祭りを受け継ぐ人々がいた。


 すべて偽物だと思った。


 永遠など存在しないと思った。


 けれども。


 もしかしたら。


 あの旅で出会ったものすべてが、最初から答えだったのかもしれない。


 永遠とは、同じものが変わらず存在し続けることではない。


 形を変え。


 名前を変え。


 時には記憶さえ失いながら。


 何かが次へ渡されていくこと。


 それを人は、永遠と呼ぶのかもしれない。


「リュシア」


「何?」


「腹減った」


「夕飯にしましょうか」


「俺が作る」


「やめて」


「何でだよ」


「あなたの料理の腕だけは前世からまったく成長してないから」


「今世では違うかもしれない」


「この前の炭になった魚を忘れた?」


「あれは火加減を間違えただけだ」


「焦げた目玉焼きから何も進歩してないじゃない」


「勇者を舐めるな」


「魔王に勝った人が夕飯に負けるのは嫌よ、私」


 ルカが立ち止まった。


 振り返る。


 少し驚いた顔をしている。


「何?」


 リュシアが尋ねる。


「いや」


 ルカは笑った。


「前にも聞いた気がして」


「そう?」


「ああ」


 二人は並んで家へ戻る。


 玄関を開ける直前。


 ルカがふと足を止めた。


「なあ、リュシア」


「何?」


「俺、これから何回ここに帰ってきてもいい?」


 リュシアは少年を見る。


「もちろん」


「前世とか関係なく?」


「関係ないわ」


「そっか」


 ルカは笑った。


 玄関の扉を開ける。


「ただいま」


 リュシアは、今度は泣かなかった。


 当たり前のように。


 いつものように。


 答えた。


「おかえり」


 かつて勇者が探し続けた永遠は、世界の果てにはなかった。


 霊薬にも。


 黄金の林檎にも。


 神仙の桃にもなかった。


 それはきっと。


 帰る場所と。


 帰ってくる誰かと。


 その人を迎える言葉の中にあった。


 世界を救った勇者が、そのことに気づくまで。


 二つの人生と。


 ずいぶん長い旅が必要だった。


 けれど、もう急ぐ必要はない。


 湖畔の家には今日も灯りがともる。


 夕食の匂いが漂い。


 誰かの笑い声がする。


 そして扉を開ければ。


 いつだって、あの言葉が待っている。


「おかえり」


                          ――了


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