第十二章 老人とエルフ
八十歳になったレオンは、もう湖畔の町からほとんど出なくなった。
朝は杖をつきながら庭を一周する。
昼になると暖炉の前で本を読む。
夕方はリュシアと湖を見る。
世界を救った英雄の晩年としては、驚くほど地味だった。
町の子供たちは彼が勇者だと知っている。
だが畏れる者はいない。
「勇者のお爺ちゃん!」
「誰がお爺ちゃんだ」
「お爺ちゃんじゃん」
「勇者様と呼べ」
「勇者のお爺ちゃん様!」
「余計悪い」
子供たちが笑いながら走り去る。
レオンも笑う。
「人気者ね」
「舐められてるだけだ」
「魔王を倒した勇者なのに」
「魔王より子供の方が強い」
リュシアが声を立てて笑った。
ある冬。
レオンは風邪をこじらせた。
熱が下がらない。
若い頃なら一晩眠れば治った程度の病だった。
だが老いた身体には重い。
寝台の横でリュシアが薬を用意している。
「リュシア」
「何?」
「俺、死ぬかな」
「ただの風邪よ」
「分かってる」
「なら寝なさい」
「でも、そろそろだろ」
妻の手が止まる。
「言わないで」
「前はお前が言っただろ。考えないようにしてるって」
「今も考えたくない」
「俺は考えられるようになった」
レオンは天井を見た。
「不思議だな」
「何が?」
「七十の頃より、今の方が怖くない」
「どうして?」
「十分生きたからかな」
「勝手ね」
「ああ」
妻の目が濡れている。
「私には十分じゃない」
「そうだな」
「あと百年でも足りない」
「俺も」
「あと五百年、一緒にいて」
「無茶言うな」
「魔王倒したでしょう」
「あれとこれとは別だ」
「勇者でしょう」
「無理なものは無理だ」
レオンは笑う。
昔なら、その言葉を認められなかった。
無理なものは無理。
それを口にできるまで、ずいぶん長くかかった。




