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愛さない事を誓いなさい。  作者: 鈴木べにこ


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第4話 理想の夫婦を演じましょう

 今日はパーティーの日。


 公爵邸で行われるパーティーに招待され、アネットは煌びやかに着飾った。

 

 王都にあるレイモンド公爵邸は、夜の光に包まれていた。


 今夜は王都でも有名な冬季夜会だった。


 貴族達が集まり、人脈を作り、噂を交わし、腹の探り合いをする場所。


 そして。


 新婚のウェルズリー伯爵夫妻へ視線が集中する場所でもある。



「・・・見られてるわね。」




 馬車の中で、アネットは小さく息を吐いた。


 向かい側に座るイーサンは無言のまま窓の外を見ている。


 黒の礼服姿は相変わらず隙がない。


 端正すぎる横顔は、近寄り難いほど美しかった。



「旦那様。」


「何だ。」


「今夜も“仲の良い夫婦”を頑張りましょうね。」



 するとイーサンがちらりと視線を向けた。



「・・・楽しそうだな」


「せっかくですもの。完璧に演じたいじゃないですか。」


「面倒だ。」


「夢のない事を言わないでください。」



 アネットが笑うと、イーサンは小さく鼻を鳴らした。


 だが以前より空気は柔らかい。


 最初の頃のような刺々しさが少し減っていた。


 馬車が止まる。


 ロビンが扉を開けた。



「旦那様、奥様、到着いたしました。」



 いつも通り完璧な執事姿。


 だがその目は周囲を鋭く観察している。


 王都の夜会では小さな失敗一つで噂になる。


 ロビンにとっても気が抜けない場なのだろう。


 イーサンが先に降りる。


 そして、当然のようにアネットへ手を差し出した。



「行くぞ。」



 一瞬、アネットはキョトンとしてしまった。


 契約結婚。


 愛のない夫婦。


 それでもこうして自然にエスコートされると、妙に胸が落ち着かなくなる。



「・・・ありがとうございます。」



 そっと手を重ねる。


 イーサンの手は大きくて温かかった。


 会場へ入った瞬間、空気がざわついた。



「ウェルズリー伯爵だ。」

「奥様、本当に綺麗・・・・。」

「仲が良いって噂は本当なのかしら?」



 ひそひそ声が飛び交う。


 イーサンは気にした様子もなく歩く。


 アネットは隣で優雅に微笑み続けた。


 すると早速、数人の令嬢達が近づいてくる。



「ウェルズリー伯爵様、お久しぶりですわ。」



 派手なドレス姿の令嬢が甘い声を出す。



「最近は全然お顔を見せてくださらなくて寂しかったです。」



 明らかに距離が近い。


 アネットは内心で苦笑する。


 イーサンは女性に人気がある。


 それは当然だろう、容姿も地位も完璧なのだから。


 だがイーサンは冷たい視線を向けただけだった。



「そうか。」



 会話終了。


 令嬢の笑顔が引きつる。


 アネットは慌ててフォローした。



「主人は領地運営が忙しいんです。」


「ま、まあ!奥様は旦那様をよく理解していらっしゃるのですね!」


「ええ。尊敬しておりますから!」



 すると周囲から感嘆の声が漏れた。


 理想の夫婦。


 そう見えているのだろう。


 イーサンが横目でアネットを見る。



「上手いな。」


「演技ですもの。」


「楽しんでるだろ。」


「少しだけです。」



 その時、会場中央で楽団の音楽が変わった。


 ざわめきが広がる。



「ダンスのお時間ですわ!」

「新婚のウェルズリー伯爵夫妻が踊るのかしら!」



 周囲の視線が一気に集まる。


 アネットは固まった。



「・・・旦那様。」


「何だ。」


「踊るんですか?」


「嫌か。」


「踊れますけど・・・少しだけなら。」



 イーサンは数秒黙った後、静かに手を差し出した。



「来い。」



 その一言に、周囲がざわめく。


 アネットは小さく息を吸い、そっとその手を取った。


 音楽が始まる。


 イーサンの腕が腰へ回る。


 近い。


 思っていた以上に距離が近かった。



「・・・っ!」


「緊張してるのか。」


「少し。」


「今さらだな。」



 淡々とした声。


 だがリードは驚くほど上手かった。


 アネットは自然とステップを踏まされる。


 回転。


 揺れるドレス。


 シャンデリアの光。


 周囲の視線。


 全部が夢みたいだった。



「旦那様、踊り慣れてますね。」


「貴族だからな。」


「女性に人気でしょう?」


「興味ない。」



 即答だった。


 アネットは思わず笑ってしまう。


「冷たいお方。」


「事実だ。」



 イーサンは本当に女性に興味がないのかもしれない。


 だから契約結婚など平然と提案したのだろう。


 その時、不意にイーサンの指先に力が入る。


 アネットが少しよろけたからだ。



「ヒッ!」


「ちゃんと前を見ろ」



 低い声。


 だが支える手は優しかった。


 その瞬間、胸がどくりと鳴る。



「(・・・契約なのに。)」



 おかしい。


 ただの演技なのに。


 何故か本当に大切に扱われている気がしてしまう。


 曲が終わると会場から拍手が起こった。



「あの2人素敵ですわ!」

「本当に仲が良いのね!」



 アネットは少し照れながら頭を下げる。


 イーサンは相変わらず無表情だった。



「お疲れ様でした、旦那様」


「ああ。」



 その時だった。



「奥様。」



 後ろから声がする。


 振り返るとロビンだった。



「少々よろしいでしょうか。」


「ロビン?」


「次の曲を一曲、お相手願えますか。」



 周囲がざわつく。


 執事から伯爵夫人へのダンスの申し込み。


 かなり珍しい。


 アネットは目を丸くした。



「え?私?」


「嫌でしたら構いません。」



 そう言いながらも、ロビンは真っ直ぐアネットを見ている。


 逃げ道を塞ぐような視線だった。


 アネットは困ってイーサンを見る。


 イーサンはワインを飲みながら短く言った。



「好きにしろ。」



 許可は出た。



「では、一曲だけ。」



 アネットが手を重ねると、ロビンは静かに頭を下げた。



「ありがとうございます。」



 再び音楽が流れる。


 ロビンはイーサンとは違う踊り方だった。


 丁寧で。


 隙がなく。


 まるで完璧な模範解答みたいなダンス。



「ロビンって踊れるのね。」


「執事ですので。」


「何でも出来るのね。」


「奥様のお世話をするのも仕事ですから。」



 相変わらず少し棘がある。


 アネットは苦笑した。



「まだ嫌われてる?」


「別に嫌ってはおりません。」


「絶対嘘。」



 ロビンが少しだけ目を細める。



「奥様は時々、旦那様の調子を狂わせますので。」


「え?」


「・・・いえ。」



 ロビンはそれ以上言わなかった。


 だが。


 会場の端で二人を見ていたイーサンは、無意識に眉をひそめていた。


 楽しそうに笑うアネット。


 それに応えるロビン。


 別に問題はない。


 ロビンは乳兄弟で、信頼している。


 なのに、何故か少しだけ、面白くなかった。



「ウェルズリー伯爵様?」



 近くの貴族に声をかけられ、イーサンははっとする。



「・・・・何でもない。」


 そう言ってワインを飲む。


 だが視線だけは、無意識にアネット達を追っていた。

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