番外編1
ロビンと結婚してから、更に六年の月日が流れた。
季節は何度も巡り、小さな町も少しずつ変わっていった。
新しい店が増え、街道も整備され、人の行き来も増えた。
そして。
アネットの生活も、昔とはまるで違うものになっていた。
「お母さまー!!」
庭に響く元気な声。
アネットが振り返ると、小さな男の子が全力で駆けてくる。
ロビンによく似た顔立ちの男の子。
「エリオット走ると危ないわよ!」
「だって見て!お花!お母さまにあげる!」
五歳になる息子は、得意げに花を差し出した。
その後ろからは、小さな女の子もとてとて歩いてくる。
「おにーさま!リリアもおかーさまにおはなあげる!」
三歳の娘はアネットによく似ていた。
少し泣き虫で甘えん坊。
そして兄が大好きだ。
「はい、お母さま!」
「おかーさま!」
「ふふ、ありがとう。」
アネットは笑いながら二人を抱き寄せる。
温かい。
小さな体。
柔らかな匂い。
胸が満たされる。
昔の自分は、こんな未来を想像していなかった。
結婚は契約。
愛は人を苦しめるもの。
そう思っていた。
だから。
今こうして“幸せ”の真ん中にいる自分が、時々不思議になる。
「・・・また子ども達を甘やかしていますね。」
静かな声が響く。
振り返ると、ロビンが立っていた。
相変わらず整った姿。
だが昔よりずっと柔らかい表情をするようになった。
「お父さま!」
「だっこ!」
二人の子どもが一斉にロビンへ飛びつく。
ロビンは慣れた様子で二人を抱き上げた。
「重い・・・。」
「うそだ!」
「お父さま強いもん!」
「強いですけど重いものは重いです。」
真顔で返すロビンに、アネットは吹き出した。
昔なら考えられない光景だった。
あの冷たい執事が、今では子ども達へ振り回されている。
「お父さま、お花!」
「綺麗ですね。」
「お母さまにあげたの!」
「わたしもあげた!」
ロビンがちらりとアネットを見る。
その視線が少し優しく細められる。
「良かったですね、アネット。」
名前を呼ばれるだけで胸が温かくなる。
もう“奥様”ではない。
今はただの夫婦だ。
対等で。
自然で。
穏やかな関係。
「今日は仕事終わったの?」
「ええ。今日は早めに切り上げました。」
「珍しい。」
「家族との時間を優先しろと、妻がうるさいので。」
「誰の事かしら。」
「心当たりがありませんか。」
アネットは笑う。
そんな何気ない会話が幸せだった。
ロビンは昔から変わらない。
不器用で。
少し意地悪で。
でも誰より優しい。
あの日、ウェルズリー伯爵邸を出た馬車の中で、泣き続けるアネットをロビンはずっと抱き締めてくれていた。
『今はそれでいい。』
そう言って忘れろとは言わなかった。
急かしもしなかった。
ただ隣にいてくれた。
だからアネットは、少しずつ前を向けたのだ。
「おかーさま!」
リリアがアネットの袖を引く。
「ん?」
「きょうね、あとーさまがね。」
「リ、リリア!」
ロビンが少し焦った声を出す。
珍しい。
「お母さまのこと、だいすきって言ってた!」
アネットが目を瞬かせる。
ロビンが静かに顔を逸らした。
耳が少し赤い。
「あなた。」
「穴があったら入りたい・・・。」
「ふふっ!」
アネットは笑いながらロビンを見る。
「今さらでしょう?」
「今さらでも恥ずかしいものは恥ずかしいです。」
「でも私も好きよ。」
ロビンの動きが止まる。
結婚して十年以上は経っているのに、この人は未だにこういう言葉へ弱い。
「・・・急に言わないでください。」
「本当の事だもの。」
アネットは微笑む。
昔、愛は苦しいものだと思っていた。
愛すれば傷つくと思っていた。
でも違った。
愛は本当は温かい。
安心するものだった。
隣で笑い合えるものだった。
「お父さま、顔赤い!」
「本当だー!」
子ども達がきゃっきゃと笑う。
ロビンが深くため息を吐いた。
「・・・あなた達、本当に誰に似たんですか。」
「お母さま!」
「でしょうね。」
即答だった。
アネットは吹き出す。
庭には穏やかな笑い声が響く。
青空の下。
愛さない事を誓った少女は。
遠回りの果てに、ようやく本当の幸せを見つけていた。
END




