番外編2
ロビンから結婚報告が届いたのは、一週間前だった。
イーサンは手紙を読み終えた後、長い時間机に置いたまま動かなかった。
返事も書いていない。
書けなかった。
何を書けばいいのか分からなかったからだ。
その夜。
王都の大貴族が主催する夜会へ、イーサンは一人で参加していた。
本来なら夫婦で出席する場。
だが隣に立つ人間は、もういない。
煌びやかなシャンデリア、笑い声、流れる音楽、貴族達の談笑。
どれも遠く感じた。
「伯爵、お久しぶりですわ。」
「最近領地はどうですの?」
声を掛けられても、必要最低限しか返さない。
昔からそうだった。
だが今夜の彼は、いつも以上に人を寄せ付けない空気を纏っていた。
「・・・・・。」
イーサンはグラスを持って真っ直ぐに歩く。
向かった先はバルコニーだった。
冷たい夜風が頬を撫でる。
王都の灯りが遠くで瞬いていた。
静かだった。
その静けさが、妙に心地いい。
「相変わらず辛気臭い顔ですわね。」
背後から声がした。
聞き慣れた声。
イーサンは振り返る。
「・・・何だ。」
「その態度、久しぶりに会った幼馴染みに向けるものではなくてよ。」
セシリアだった。
鮮やかな深紅のドレス。
堂々とした立ち姿。
昔から変わらない女だ。
「帰れ。」
「酷い人。」
セシリアは呆れたようにため息を吐く。
そして勝手に隣へ来た。
「一人で逃げて来たんですの?」
「別に。」
「嘘おっしゃい。」
即答だった。
イーサンは眉を寄せる。
「・・・鬱陶しい。」
「知ってるわ。」
セシリアは悪びれない。
夜風が彼女の髪を揺らした。
「ロビン、結婚したそうですわね。」
「何故知ってる。」
「貴方の家のメイドとわたくしの家のメイドの仲がいいでしょ。それで知ってるのよ。」
「・・・・・。」
「あなた、見事に取られましたわね。」
イーサンの眉間がさらに深くなる。
「その言い方やめろ。」
「でも事実でしょう?」
セシリアは肩をすくめた。
「昔からあなたって、肝心なところで喋らないんですもの。」
「・・・・・。」
「アネット様、可愛かったですわよねぇ。」
わざとらしい口調。
イーサンは無言で酒を口に含む。
「真面目で優しくて、ちゃんとあなたの隣に立てる人だった。」
「分かってる。」
低い声だった。
セシリアは少しだけ目を細める。
イーサンはそれ以上続けなかった。
けれど、その一言だけで十分だった。
分かっていたのだ。
アネットがどれだけ大切になっていたのか。
でも、言わなかった。
言えなかった。
「・・・馬鹿ですわね。」
セシリアがぽつりと呟く。
「うるさい。」
「本当に。」
彼女はグラスを傾けながら夜空を見上げる。
「昔からそうでしたわ。あなたって。」
感情を隠す。
必要な事しか言わない。
平気な顔をする。
でも本当は、誰より不器用だった。
「・・・まあ、わたくしも人の事言えませんけど。」
セシリアは小さく笑う。
イーサンがちらりと見る。
「・・・まだ独身か。」
「失礼ですわね。離縁した人に言われたくありませんわ。」
「違うのか。」
「違いませんけど。」
即答だった。
イーサンは少し黙る。
セシリアは肩をすくめた。
「誰とも性格が合いませんでしたの。」
「(だろうな。)」
「今、絶対失礼な事考えましたわね?」
「考えてない。」
「顔に出てます。」
「出てない。」
いつものやり取り。
不思議と昔へ戻ったみたいだった。
セシリアはふっと笑う。
「まあ仕方ありませんわ。わたくし、自分よりつまらない男なんて嫌ですもの。」
「面倒な女だな。」
「あなたにだけは言われたくありません。」
ぴしゃりと言い返される。
イーサンは小さく息を吐いた。
するとセシリアがふいに真面目な顔になる。
「でも。」
「・・・?」
「そんな顔、もうやめたらどうですの。」
静かな声だった。
イーサンが眉を寄せる。
「どんな顔だ。」
「置いていかれた犬みたいな顔。」
「・・・・・。」
「見てるこっちまで暗くなりますわ。」
セシリアは呆れたように言う。
「もう五年ですわよね。失ったものばかり見てどうするんです?」
「別に見てない。」
「嘘おっしゃい。」
即答だった。
セシリアはぐいっとイーサンの肩を小突く。
「寂しそうにするなって言ってるんです。」
「してない。」
「してます。」
「・・・・・。」
「辛気臭い男はこっちからお断りですわ。」
イーサンは少しだけ目を細めた。
その言い方が妙にセシリアらしくて、少しだけ肩の力が抜ける。
するとセシリアはふいに笑った。
「でも。」
「?」
「たまには幼馴染みとして一緒にお酒を飲むくらいなら、良いですわよ。」
夜風が吹く。
セシリアの長い髪が揺れた。
イーサンは少しだけ黙る。
そしてグラスを口元へ運んだ。
「・・・考えとく。」
「素直じゃありませんわねぇ。」
「お前もな。」
その返しに、セシリアはくすりと笑った。
バルコニーの外では夜景が広がっている。
失ったものは戻らない。
それでも人生は続いていく。
ほんの少しだけ前を向けるくらいには。
今夜の風は、思っていたより冷たくなかった。
END




