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愛さない事を誓いなさい。  作者: 鈴木べにこ


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27/32

12−3.

 その日の夜。


 アネットは一人、中庭を歩いていた。


 夜風が少し冷たい。


 見上げれば、空には淡い月が浮かんでいる。


 この庭を歩くのも、あと少し。


 そう思うだけで胸が締め付けられた。



「・・・眠れない。」



 小さく呟く。


 ロビンの告白。


 契約終了。


 イーサンとの別れ。


 全部が頭の中をぐるぐる回っていた。


 特に今日は、朝のイーサンの様子が気になって仕方なかった。


 何か言いたそうだった。


 けれど結局、何も言わなかった。


 あの人はいつもそうだ。


 大事な事ほど口にしない。



「・・・旦那様らしいけど。」



 苦笑した、その時。



「こんな時間に何してる。」



 低い声が響いた。


 アネットの心臓が跳ねる。


 振り返ると、イーサンが立っていた。


 黒い上着を羽織った姿。


 月明かりの下でも、そのグレーの瞳は静かにこちらを見ている。



「旦那様。」


「冷えるぞ。」


「少し風に当たりたくて。」



 イーサンは何も言わず、アネットの隣へ来た。


 自然な距離。


 けれど今のアネットには近すぎる。


 胸がうるさい。


 二人で並んで庭を歩く。


 沈黙は不思議と苦ではなかった。


 三年前なら考えられない。


 最初の頃のイーサンは、必要最低限しか話さなかった。


 アネットも怖がっていた。


 それなのに今は隣にいるだけで安心してしまう。



「・・・あと二日だな。」



 イーサンがぽつりと言った。



「・・・はい。」


「実感がない。」



 イーサンは前を見たままだった。



「お前がいなくなるのが。」



 アネットは息を呑む。


 そんな事を言われると思わなかった。



「旦那様・・・。」


「使用人達も落ち着かない。」



 イーサンは続ける。



「今日、厨房の皿が三枚割れた。」



 アネットは思わず小さく笑った。



「それは大変ですね。」


「お前のせいだ。」


「ひどい言いがかりです。」



 少しだけ、いつもの空気になる。


 それが嬉しくて。


 でも苦しくて。


 アネットはそっと視線を伏せた。



「・・・三年前。」



 イーサンが静かに言う。



「お前がここへ来た時、正直面倒だと思っていた。」


「知ってます。」


「顔に出てたか。」


「すごく。」



 イーサンが少しだけ口元を緩めた。


 本当に小さな笑み。


 アネットの胸が締め付けられる。



「契約だけ守って、適当に三年過ごせばいいと思ってた。」


「ええ。」


「だが。」



 イーサンは少し黙った。


 そしてゆっくり言葉を続ける。



「・・・お前が来てから、この屋敷は変わった。」



 アネットは目を瞬かせる。



「使用人達がよく笑うようになった。」



 低く静かな声。



「領民達も、お前を慕ってる。」


「それは・・・皆が優しいからです。」


「違う。」



 イーサンははっきり否定した。



「お前がいたからだ。」



 胸が熱くなる。


 そんな風に言ってもらえると思わなかった。



「ロビンも変わった。」


「・・・そうですね。」


「前より人間らしくなった。」



 アネットは少し笑った。


 確かに最初のロビンは氷みたいだった。


 今も冷たい時はあるけれど随分柔らかくなったと思う。



「・・・俺も。」



 イーサンがぽつりと呟く。


 アネットが顔を上げる。


 イーサンは少しだけ困ったような顔をしていた。



「お前が来る前より、マシな人間になった気がする。」



 その言葉に、アネットの目が熱くなる。



「そんな事・・・。」


「ある。」



 イーサンは静かにアネットを見る。



「だから。」


 

 時がゆっくり流れる。



「・・・感謝している。」



 アネットの呼吸が止まる。


 月明かりの下。


 不器用な男が、真っ直ぐこちらを見ていた。



「三年間、よくやってくれた。」



 低い声。


 飾り気のない言葉。


 なのに、どんな愛の言葉より胸に刺さった。



「旦那様・・・。」



 涙が滲む。


 イーサンはそんなアネットを見て少しだけ眉を寄せた。



「何故泣く。」


「・・・泣いてません。」


「泣いてる。」



 アネットは笑ってしまった。


 本当に、この人は。


 最後まで不器用だ。


 本当は聞きたい。


 少しでも自分を必要としてくれているのか。


 引き止めたいと思ってくれているのか。


 でも、イーサンは言わない。


 契約を破るような事は。


 だからアネットも聞けなかった。



「・・・私も。」



 アネットは小さく笑う。



「ここに来られて良かったです。」



 それは本心だった。


 苦しかった。切なかった。


 でも、この三年間は確かに幸せだった。



 イーサンは静かに目を伏せる。


 イーサンは喉まで言葉が出かかっていた。


 行くな。離れたくない。


 ――好きだ。


 けれど。


『お前を、愛するつもりはない。』


 三年前、自分で言った言葉が喉を締め付ける。


 今さら何を言う資格がある。


 ロビンはもう動いた。


 なのに自分は、最後まで何も言えない。



「旦那様?」



 アネットが不思議そうに見る。


 イーサンはゆっくり息を吐いた。


 そして結局。



「・・・風邪を引く前に戻るぞ。」



 それだけしか言えなかった。


 アネットは少しだけ寂しそうに笑う。



「はい。」



 二人は並んで屋敷へ戻る。


 その距離は近いのに。


 心だけが、どうしようもなく遠かった。

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