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愛さない事を誓いなさい。  作者: 鈴木べにこ


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20/32

10ー2.

 午後になり、領地の空気は一変した。


 穏やかだった市場に、ざわついた声が広がる。



「荷馬車が詰まってるぞ!」

「道が崩れてる!」



 視察を終えかけていた一行の元へ、商人の一人が駆け込んできた。



「伯爵様! 南の街道が土砂で塞がれて……物流が止まりそうです!」



 その言葉に、場の空気が一気に張り詰める。


 ロビンが即座に地図を広げた。



「場所は?」


「この先の丘の麓です!」



 指差された地点を見た瞬間、ロビンの表情が僅かに険しくなる。



「・・・この規模だと、復旧に数日はかかります。」



 商会の責任者が青ざめる。



「そんな・・・今の時期に物流が止まれば損失が。」



 周囲が騒ぎ出す。


 その中心でイーサンだけが動かなかった。


 ただ一歩、前へ出る。



「場所へ行く。」



 一言、それだけだった。



「旦那様、危険です!」



 アネットが思わず声を上げる。


 だがイーサンは振り返らない。



「見ないと判断できない。」



 反論を許さない静けさがあった。


 ロビンが短く息を吐く。



「・・・分かりました。馬車を用意します。」


「私も同行します!」



 アネットの言葉にイーサンとロビンは反対する。


「ここにいろ。」


「そうです。危険ですのでここで待っていてください。」



 アネットは真っ直ぐに2人を見据える。



「旦那様が危険を犯してでも見に行くのに、奥様の自分が1人待っているなんて出来ないわ。それにこの目で被害状況を見ないと対策も取れないでしょ?」



 イーサンは数秒アネットを見た後、口を開いた。



「無茶なことはするな。」


「仕方ありません。奥様は言ったら聞きませんからね。」



 ロビンは小さくため息を吐いた。



「2人とも、ありがとう・・・。」



 数分後。


 一行は現場へ向かった。


 崩れた街道は想像以上だった。


 土砂が道を完全に塞ぎ、荷馬車が立ち往生している。


 商人達が途方に暮れている中、イーサンは馬車から降りた。


 泥を踏む音。


 そのまま現場へ歩いていく。



「旦那様!」



 アネットが思わず追う。


 ロビンも続いた。


 崩れた斜面を見上げ、イーサンは短く言う。



「原因は?」


「雨による地盤崩れです!」



 現場の男が答える。


 イーサンは数秒だけ沈黙した。


 そして。



「掘れ。」



 それだけ言った。



「え?」


「上からじゃなく、横から抜く。」



 ロビンが即座に反応する。



「そのルートなら迂回路を作れますが、人手と時間が。」


「三日以内に開ける。」



 イーサンは迷わなかった。


 その声に、周囲の空気が変わる。


 命令ではない。


 確信だった。



「無理だろ・・・。」



 誰かが呟く。


 だがイーサンは振り返らない。



「無理なら領主は要らない。」



 静かな一言。


 空気が凍る。


 アネットはその背中を見ていた。


 いつもの無口。


 冷たい。


 必要最低限。


 でも今は違う。


 そこには迷いが一切ない人間がいた。



「(この人・・・。)」



 初めて見る。


 本気のイーサン。


 その後の動きは早かった。


 イーサンの指示は無駄がなく、ロビンが即座に実務へ落とし込む。



「人員は三班に分ける。」


「運搬と掘削、交代制で回す。」


「夜間は松明を増やせ。」


「滑落防止はこの角度で補強。」



 次々と指示が飛ぶ。


 誰もが気づく。


 これはただの復旧作業ではない。


 “最短で通すための戦略”だ。


 アネットは呆然とその様子を見ていた。



「すごい・・・。」



 思わず零れる。


 ロビンが横目で答える。



「これが旦那様です。」


「・・・いつもは違うの?」


「普段は余計な事をしないだけです」



 さらっと言う。


 アネットは少し笑ってしまう。


 その時だった。


 ガラッ、と音がして土砂の一部が崩れた。



「危ない!」



 誰かが叫ぶ。


 現場が一瞬混乱する。


 その瞬間。


 イーサンが一歩前に出た。


 迷いなく土砂の流れを見て、崩れる方向を瞬時に判断する。



「左に逃げろ。」



 低い声。


 その言葉だけで、全員が動いた。


 次の瞬間、土砂が崩れ落ちる。


 誰も巻き込まれない。


 静寂。


 そしてざわめき。



「助かった・・・。」


「今の一瞬で・・・。」



 誰もが息を呑む中。


 アネットはイーサンを見ていた。


 泥で少し汚れたコート。


 無表情のまま現場を見渡す姿。


 なのに。


 そこには確かに“守る側の人間”がいた。



「(この人は・・・。)」



 誰よりも、迷わず人を守る人だ。


 アネットはイーサンの姿を目に焼き付けていた。




 夜。


 作業の第一段階が終わり、仮設の通路が確保された。


 松明の明かりの中、アネットは少し離れた場所で息を吐いた。


 その隣にロビンが来る。



「お疲れですか。」


「少しだけ。」


「旦那様の指示、どう思いましたか。」



 アネットは少し考える。



「怖いくらい正確だった。」


「ええ。」


「それに・・・。」



 言葉を探す。



「安心した。」



 ロビンが目を細める。



「そうですか。」


「うん。」



 アネットは遠くを見る。


 イーサンはまだ現場にいた。


 指示を出し続けている。


 その背中は、やはり静かで。


 でもさっきよりも少しだけ近く感じた。



「旦那様って。」



 アネットは小さく呟く。



「本当に、凄い人ね。」



 ロビンはすぐには答えなかった。


 少しだけ間を置いて。



「今更気づきましたか」



 アネットは笑う。



「遅い?」


「かなり。」



 ロビンも少しだけ笑った。


 その時、遠くから声が響く。



「アネット。」



 イーサンだった。


 振り返ると、彼がこちらへ歩いてくる。


 いつもの無表情。


 けれど少しだけ疲れている。



「日が昇るまでには終わらせる。」


「はい。」



 短い会話。


 それだけなのに。


 アネットの胸は、さっきよりもずっと騒がしかった。


 ロビンはその横で静かに目を細める。


 まるで何かを確かめるように。そして小さく息を吐いた。


 夜の仮設小屋は、外よりもさらに冷えていた。


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