ズナの森のヌシ①
2階へ上がり、2人はギルドマスターの後を追う。
シュデアは言われた値段がピンときていないため、事の重大さを上手く理解できておらず顔色を変えずに歩いているが、デューイは大量の冷や汗をかきながら物凄い勢いで目を泳がせて助かる道を模索していた。
そんな2人を交互に見て目を細めたギルドマスター──ハングリー──は、一番奥にある応接室の扉を開けて2人へ入室を促した。
「入りたまえ」
「失礼……します……」
デューイが恐る恐る先に入り、椅子に腰掛ける。
シュデアもそれを真似して、デューイの隣に腰掛けた。
「さて、早速本題に入りたいんだが、まずは名前を聞いてもいいかね?」
「僕はシュデア」
「デューイです……」
「俺はこの冒険者ギルドのギルドマスターをしているハングリーだ。ちなみに……あの水晶を壊したのはシュデアで間違いないかね?」
確認するように問うハングリーの表情は柔らかいが、シュデアに向ける眼差しには底知れない圧がある。
隣で、デューイが息を呑む音が聞こえた。
「ああ。ごめんなさい」
「っあの……ハングリーさん。シュデアもわざとやったわけじゃないんです。これから2人で依頼をこなしながら必ず弁償するので、どうか通報だけは勘弁してくれませんか」
「ハッハッハ! あの水晶は売りに出せば金貨5,000枚はする代物だ。だが、だからこそシュデアには、俺から直々の依頼を受けてもらうためにここへ来てもらったんだ。依頼を達成してくれたら水晶の件は免除してやる。それに中位級冒険者の証も出そう。ただし勘違いしてくれるなよ? 依頼を達成出来なければ帝国兵に引き渡した上で、生涯をかけて弁償してもらう」
デューイの顔が今度こそ恐怖で引き攣る。
シュデアは自分が置かれている状況を理解し、一呼吸おいて口を開いた。
「僕は何をすればいい」
「帝国領西にある、ズナの森に棲息しているレッドアイの殲滅だよ」
「殲滅……!?」
「殲滅?」
「フ! 高位級魔道具を破壊したシュデアなら余裕だろう? 順を追って説明しようか」
悪戯っぽく笑ったハングリーが、依頼内容について話し始めた。
「現在、ズナの森は1匹のヌシによって汚染されている。全てのモンスターは何かしらの固有スキルを持つが、ヌシのスキルはレッドアイという高位モンスターの生成。奴らはその目に死んでも感染する魔法を持つ厄介なモンスターなんだが……今の受付の混雑を見たかね? 不思議なことに、頭部の半分が欠損していたという個体が50体以上換金に運び込まれている。しかし未だ冒険者の中に自分が倒したという者は1人もいない」
(…………)
「誰かが意図的に……?」
デューイの独り言に、ハングリーが真剣な顔で首肯する。
「でも、高位モンスターってそんなに簡単に倒せるものなんですか?」
「相性によるな。レッドアイは肉体の強度はそこまで高くない代わりに、目を見たら死ぬという固有の即死魔法を持っている。だが奴の目は言わば魔法の特殊攻撃だからな、同じ魔法や魔道具で無効化できる。厄介と言ったのは、人から人へも感染るからなんだよ」
(……?…………)
「ズナの森には多くのポーションの素材となる薬草の自生地がある。だがレッドアイのせいで採取にずっと影響があってな。だからシュデアには、レッドアイの殲滅とヌシの討伐を依頼したい。それと──頭のない死骸についても調べてきてくれないか。もし無効化の魔道具を持っていないようなら、俺の私物を貸し出そう。ちなみに、これは世界に1つしかないから大事に扱ってくれよ」
「ぇっ、せっ!?」
「……分かった」
細い記憶の糸を手繰り寄せて百面相をしていたシュデアだったが、やがて思い出せないことを悟り、早々に思考を放棄してハングリーに返事を返し魔道具を借りるために立ち上がる。
しかし、デューイがそれを引き止めた。
「ちょっと待ってよ、こんなのシュデア1人で行くなんて危ないよ! 他の方法で即死魔法を無効化するには具体的にどうしたらいいんですか!?」
デューイが真剣な表情で質問を投げかけるが、それを無表情で見下ろしたシュデアが、ハングリーが答えるよりも先に口を開く。
「僕はお前と一緒に行くつもりはない」
その瞬間、デューイの喉が誰にも聞こえないくらい小さくひゅっと音を立てた。
出会った時から、雨水や油でギトギトに汚れている髪。しかしそれに隠れていても輝きを失わず、深く知的な印象を放っているデューイのブルーサファイアの瞳の中に、はっきりとした恐怖が滲み出すのをハングリーだけが機敏に感じ取った。
「で、でもシュデアだけじゃ死んじゃうかもしれないだろ。俺だって戦える。剣だって扱えるよ!」
「待て、2人はパーティじゃないのか?」
「そんなもの組んだ覚えはない」
「ッ……」
「そうか……デューイ。申し訳ないが、無効化の魔道具は今言った通り1つしか貸し出せない。そして無効化の魔法だが、太陽の高位級魔法使いでないと修められないんだ」
どちらも、今のデューイに用意する術はない。
デューイは掌に爪が突き立つほど拳を握り締めて俯いて黙り込む。
「色々教えてくれたことは感謝する。だがもう帰っていいぞ」
「……待ってよ……俺言ったじゃん、シュデアの力を一番近くで見たいって……」
「見せるつもりはないとも言ったはずだが?」
「でも……!」
「デューイ。ズナの森は冒険者間での感染を防ぐために、入る時はギルドの許可証がいるんだ。パーティでないなら、俺は今のデューイに許可を出すことはできん。だがデューイにはまだいくらでも時間がある。今じゃなくてもいいんだ。強くなることを急がなくてもいいんだよ」
「そんなの今じゃなきゃ意味がないよ! 俺はシュデアじゃなきゃ」
「僕はお前である必要はない」
「!……俺が…………っ弱いから……クソッ……!!」
デューイが悔しそうに涙を溢しながら応接室から走って出ていく。
シュデアはそれを無言で見送りながら、暫く何かを考えるように動かなかった。
その後、依頼受注の手続きを受付に助けてもらいながらなんとか済ませ、無効化の魔道具に加えて、ハングリーの厚意で準備資金として金貨5枚を借りて冒険者ギルドを後にした頃には、外はすっかり夕暮れになっていた。
暖色の街灯が灯り、子供達が家に帰る元気な声があちこちで聞こえてくる。
シュデアは1人で、うろ覚えの串焼き屋の屋台へと歩き出した。
ハングリーから借りた魔道具は、見た目は完全にただの黒い布であった。しかし不思議なことに、目を覆い隠しても視界が遮られることはなく、目を開けている時と全く変わらない景色が見える。
シュデアはその奇妙さに好奇心をくすぐられ、森に入る前から布を目に当てて後ろで縛り、肩で風を切って歩いていたが、指を差されて子供達に笑われたため剥ぎ取るように外して今は鞄の中にある。
帰路へつく帝国の人々の間を縫って、シュデアはひたすら歩く。
(確かこっちら辺だったはずなんだが……)
関所の近く。幅広い通りがあり、それに沿うように露店や屋台がずらりと並んでいる場所に戻ってきたが、初めて見た時とは違い、そのほとんどが閉まってしまっており人が見当たらない。
(なんだこれは? 何故誰もいないんだ?)
「おい。串焼き肉はどこにある」
「ん? あー、この時間帯はもう終わってると思うよ」
(終わってる……つまり食べられないのか)
シュデアがテキトーに声をかけた青年が、不思議そうに首を傾げながらしゃがみ込んでくる。
「お腹空いてるの?」
「ああ。他に食料を得るにはどうしたらいい」
「そっかあ……。じゃあ俺に任せて、色々買ってきてあげる! お金はいくらくらい持ってるの?」
「いいのか? 今はこれしかないんだが」
シュデアが鞄から、ハングリーから借りている金貨5枚を取り出して掌に広げた。
青年はそれらを全て取って懐に仕舞い、優しげに微笑む。
「これくらいあれば充分だよ。ここで座って待っててね、すぐ戻るから!」
「分かった」
青年がシュデアの頭を撫でて駆け出していく。シュデアはそれを見送り、段差に腰掛けて彼を待った。
そこから約1時間。青年は戻ってこない。
帝国は完全に日が落ち、満月が昇り夜が始まっていた。
青年が自分を見つけやすいかと考え、途中で移動した明るい街灯の下。膝を抱えて座って待っていたシュデアは、やがて暗い目をしてゆっくりと立ち上がる。
(……こんなに遅くなるわけがない)
シュデアは鋭い舌打ちをして触られた場所を手で払い、ズナの森を目指し始めたのだった。




