冒険者ギルド
「シュデアってどうやって育ったの? 友達とかいないでしょ」
「ともだちってなんだ?」
「嘘……」
(そんなに……?)
「友達っていうのは、お喋りしたりお出かけしたり、たまに喧嘩してもその度に仲直りして、関係を深めていく存在だよ」
「いないな。デューイはいるのか?」
「い……たけど、今はいない」
「ふうん。ならお前はどうやって育ったんだ?」
「俺は…………あ、ほら! 着いたよ! ここが冒険者ギルド!」
図書館から街の中心部に向かって歩くこと数十分。
2人は一見しても目立つほど、大きな看板が掲げられている冒険者ギルドに到着した。
冒険者ギルドというだけあり、扉からは武装した人間が多く出入りしているが、シュデア達のような子供の姿は1人も見当たらない。しかし、シュデアは全く気にしていないように、その分厚い扉を片手で押して入る。空腹で考える余裕がないのだ。
ギルド内は天井が高く開放的な空間だったが、そこには入り口付近にもいた、荒々しい雰囲気を纏った男女がぎゅうぎゅうに詰まっており、何回も折り返して受付に列を成していた。
自分より何倍も背が高いが、その身長すら越すほどの大剣を背負っている大男や、木の幹ほどもある杖を引きずる女性、はたまた初老の男性がいたりなど、様々な年齢層が密集している。
そして何故か充満している匂いがあり、それが酷く血生臭い。
(人間の血の匂いじゃないな。換気はどうなってる……!)
「デューイ、さっさと済ますぞ。どこに行けばいい」
「うん。まずは受付に行こう。この列は換金列っぽいから、俺達はこっちだね」
「……おい、見ろよ」
「は? なんだあのガキども。迷子か?」
「なんでガキがこんなところに。おいおい、ここはお砂場遊びする所じゃねえぞ」
「嘘だろ、あいつら登録受付に向かっていくぞ」
聞こえてくる野次が鬱陶しい。
シュデアはフードを被り直した。
ギルド内は文字だらけだった。受付カウンターの上に打ち付けられている看板、奥にある掲示板、手続きの詳細が書かれた紙すら、シュデアは一文字も読むことが出来ない。
デューイがいなければ苦戦は必至だったであろう。
当のデューイはというと、シュデアのために先程と同様、すらすらと音読しながら、あろうことか文字を書き始め、シュデアは開いた口が塞がらなかった。
「お前、頭良かったのか……!」
「はは、腹立つな。ほらシュデア、俺が書いた通りに自分の名前書いて。ここの枠の中ね」
「あ、ああ」
「僕ちゃん文字も書けませーん、ってか。冒険者は頭も良くないとなれねえぞー」
すでに記入が終わっているデューイの用紙をお手本にして、一生懸命文字を書いていたシュデアの手がぴたりと止まる。
反対側で紙を押さえていた手が不自然に浮き、相手を捕捉しようと動いたところで──デューイがその手を握るようにカウンターに押さえつけた。
「何をする」
「あんなのに毎回反応してたらキリがないでしょ。それに、シュデアの色がどういう意味を持つかもう教えたろ? 結果を残せさえすれば、ああいう輩は自ずと減っていくから大丈夫。シュデアならできるよ」
デューイが屈託なく笑う。
シュデアは握られていた手を仏頂面で振り払うが、その手のひらから魔法的熱は消え去っていた。
デューイが書いた倍以上の時間をかけ、シュデアは必要事項を書き終わり、受付に提出する。
「ありがとうございます。シュ……デア様とデューイ様ですね。それでは登録いたしますので少々お待ちください」
受付は2人が記入した紙を受け取り、機械に文字を打ち込んで登録を始めた。
シュデアが空腹で苛立ち、目に見えてどんどん機嫌が悪くなっていく間に登録が終わったらしく、太めの紐がついたネームプレートほどの石板が転がり出てきた。しかしプレートと言えるほど薄くはなく、道端に落ちている小石程の大きさと厚さがあるかなり簡素なものだ。
「こちらは冒険者ランクを示すものになります。冒険者活動、また、ギルド内での各種お手続きの際、着用は必須ですので、首に掛けて失くさないようお願いいたします」
「邪魔だな」
「こ、こら! そんなこと言うな! 当たり前だけど、最低位からのスタートなんだから」
「最低位?」
「さっき説明聞いてなかったな……。あのね、冒険者には5つのランクがあって、そのランクの証明とされるものはそれぞれ形状が違うの。冒険者ランクは最低位、低位、中位、高位、最高位があって、最高位パーティーは世界に4つしかなくて」
デューイが聞いたことのない国の名前を出し、最高位パーティーの話を始めたところで、受付が口を挟んできた。
「こちらを首に掛けていただきましたら、依頼難易度の適正ランクを計りたく存じますので、こちらの水晶で鑑定をお願いいたします」
「鑑定?」
「はい。こちらに手をかざしていただくだけで、ご本人様の身体能力や魔力量の数値化、未発露の場合は潜在的な主属性の確定、また生まれながらの加護をお持ちの場合も導き出してくれるんですよ。ただ冒険者個人情報保護の観点から、結果はご本人様にしか開示されませんので、こちらの用紙にご記入をお願いいたします」
受付が手触りのいい高級そうな白い厚紙を2枚手渡してくる。
デューイが用紙を一見すると、導き出された能力値はその数値を申告するのではなく、能力値に該当するランクを選ぶ形式になっているようだった。
そして、紙の最上部に“能力の虚偽申告は犯罪である”と赤字で明記されており、記載内容に嘘偽りがないことを誓う署名欄があるが、2人はこれを無視することをアイコンタクトで即断する。
月属性の魔法使いともなれば、駆け出しの冒険者であれど、受注できる依頼難易度やそれに付随する報酬は天と地ほどの差がある。
行方の知れぬ竜神を探しているシュデアにとっては数え切れないほどのメリットがあるだろうが、無策で名を広めた場合にどのような影響が起きるか分からないことを危惧したためだ。
「じゃシュデア、俺が書くから言って」
「分かった」
「ご記入いただいた情報は登録させていただきますが、その後は達成いただいた依頼にて適性を見させていただきますので、本日以降測っていただく必要はございません」
デューイが頷いて返事を返し、シュデアが水晶に手をかざした。するとシュデアの頭の中に女性のような声が響き、それを復唱するとデューイが写していってくれる。
ふと、シュデアが言葉に詰まった。
属性に差し掛かったことを悟ったデューイは、流れるように主属性の欄に“地属性”と記入する。
「シュデアは地属性だったよね」
「ぁ、ああ。加護。竜じ…………はああっ!?」
パン!!!
──突然、水晶が砕け散る音が響き渡り、シュデア達への野次や、話し声で騒がしかったギルド内が静まり返った。
四方八方に飛んだ水晶の破片。その一つ一つから内包されていた魔力が抜けていき、ただのガラス片になるまで、シュデアは驚愕から動くことができなかった。
シュデアの耳に聞こえてきた言葉は、竜神の加護。老衰以外で死ぬことができない。
(いつの間にこんなものを……! ふざけるなよあのトカゲ!! 僕に断りもせず、いつつけやがった!!)
無意識に魔力を使ってしまっていたのか、シュデアは驚きと混乱で水晶を破壊してしまった。
それは一瞬の出来事であり、シュデアの手のひらが白く光ったことに気付いたのはデューイだけだったのが唯一の救いといっていいだろう。
しかし、場が状況を理解し、先程よりもギルド内が大騒ぎになっていく。
「シュデア何してんの!!」
「アイツが勝手に!」
「何言ってんの!? これいくらすると思ってんの!! 金貨5,000枚くらいの価値があるやつだよ!!」
「誰か帝国兵を!」
「この人を捕まえてください!!」
「その必要はない」
静かで、深い声。
カウンターの奥から、その声の持ち主の男が出てきたことで、水を打ったように、再度ギルド内が静かになった。
「ギルドマスターだ……!」
「……」
誰かがため息を吐くような声で呟いた。
デューイが驚いたように目を見開く。
それと反対に、シュデアの目は静かに据わった。
シュデアは戦闘経験がほとんどないため、相手の強さを外見などから見抜くことは出来ないが、彼が受付の後ろから出てくるまで、気配が全く感じられなかったことに警戒を覚えたのだ。
服を押し上げんばかりの筋骨隆々とした体躯。そのせいか、見るものを威圧させるような雰囲気を纏っているが、積み重ねた年齢を感じさせる顔には人が良さそうな笑顔を浮かべている。だが、笑顔の奥に見える隙のない鋭い眼光を、シュデアは第六感とも言える領域で感じ取っていた。
ギルドマスターと呼ばれた男性が現れたことで、あっという間に彼の話題で持ちきりになっていく。
「兵は俺が言うまで呼ばなくて良い。奥の部屋、空いていたかね?」
「え? は、はい……」
「それじゃ君たち、着いてきたまえ」




