主属性
「これをやる」
「何このゴミ」
「えっ?」
少年が短剣を一瞥し、シュデアの目を見て即答した。
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったシュデアから間抜けな声が飛び出る。しかし少年は本当にそう思っているようで、どこか冷めたような目つきをしており、シュデアは軽い混乱に陥った。
シュデアが盗った短剣。
柄の部分には赤い宝石が縦に三連ではまっており、抜き身の刀身には微かだが魔力の流れも感じる。
どう見ても価値の高そうな物だ。
シュデアは短剣を握りながら首を傾げるが、尚も少年に差し出すように突き出した。
「これを何かと交換すればいい。それで僕のことは忘れろ」
「はあ? こんなのせいぜい銀貨2枚程度でしょ……じゃなくて! 君の力はお金なんかに変えられるようなものじゃないの!」
(銀貨2枚……?)
「これお金に変えられるのか? そしたらご飯が買えるのか!?」
「えっ、そうだけど。てかずっと気になってたんだけど、君はなんでそういう常識を知らないの?」
「逆になんでお前はそんなに色々知ってるんだ? 学があるようには見えない」
「ねえ失礼だよ?」
「早く話せ」
少年がじと目で見ているような気がするが、話にしか興味のないシュデアは真顔で見返して先を促す。
「…………あのね、君がどこからきたのか知らないけど、この国──シュガイデン帝国には世界に誇れる巨大な図書館があるんだよ」
「図書館?」
「そう。誰でも入れるから俺は毎日行ってて」
「その格好でか? 眉を寄せられて然るべきだな」
「……」
「なんだ」
「……いや、なんでもない。その様子だと図書館に行ったことないみたいだね。じゃあ今から行く? 俺案内できるよ」
シュデアは少年の言葉にほんの少しだけ逡巡するが、すぐに答えを出し、ひとつだけ頷いて歩き出した。
(僕は、何もかもを知らなすぎる。良い機会だ)
シュデアは迷いなく歩いている様子の少年のあとを無言でついていく。
「そういえば君、名前はなんて言うの?」
「シュデア」
「へー! 俺はデューイ! よろしくね、シュデア。ここには観光で来たの?」
「ああ」
「……1人で?」
「ああ。あるトカゲを探して旅をしている途中でな」
「へー。月属性の使い手であるシュデアが追い求めるなんて、きっと凄い強いトカゲなんだろうね」
「ああ。あとは──世界を知るためだ」
鉄製の門扉の前で足を止めたデューイの後ろで、シュデアの木靴がカン、と音を立てる。
シュデアの視界いっぱいに、見上げても足りないほどの大きな図書館が広がった。
「ところで貴様、その格好で入るつもりか?」
「貴様!?」
どこか不服そうにしているデューイと共に門扉をくぐる。
図書館までの道は綺麗に舗装されており、その周りは青々とした芝生が茂っていた。
ベンチや噴水、モニュメントなどが置かれ、そこで読書をしている人が多くいる傍らで、腰に剣を刷き、武装した人間が歩いていることにシュデアは首を傾げる。
「おい、あれは?」
「ああ。この国の兵隊さんだよ。この図書館って帝国が作ったのね。だから歴史的に価値のある本とか、魔導書もここに置いてたりするの。まあ他にも意味があるんだけど、それは中に入ってからね」
図書館の入り口に到着する。
見張りをしている兵にデューイが声をかけると、2人いた見張りが同じタイミングで顔を顰めた。
どうやら、毎日通っているのは本当らしい。
2人は明らかに嫌そうだったが、割とスムーズに通してくれるようで、すぐに重厚な扉に手がかかり、音を立てて扉が開いていく。
「うわあ……!」
すると、目に飛び込んできたのは、シュデアが想像していたものよりも何倍も広く、美しい館内だった。
中は天井まで吹き抜けになっており、その天辺から、金色に光る砂が砂時計のように真っ直ぐにさらさらと落ち続けている。そして、館内の真ん中にあるそれを取り囲むように、数えきれないほどの本棚がずらりと並んでおり、どこにいてもそれが見えるような構造になっているようだった。
シュデアは小走りで駆け寄り、金砂を間近で見上げ、その不思議な光景に見惚れてしまう。
「本当に砂だ……」
「ふふ、驚いた? これは記憶の金砂って言うんだ。落ちている音も、一定に積み重なると下に透き通って消えていくところも素敵じゃない? 俺、あの音を聞きながら本を読む時間が大好き」
「……そうか。記憶の?」
「ああ、あの砂のどれか一粒に、禁書棚の鍵を記憶させてるんだって。シュガイデン図書館の歴史って本で読んだ」
「へえ。じゃあ金砂を全て集めたら開けられるってことか?」
「はは、面白い視点だね。でも、金砂の周りには最高位宮廷魔法使い達がかけ続けている透明な結界があるし、積み重なって見える砂は幻影だよ。そして兆を超える砂粒の中から見つけ出すのは、いくらなんでも非現実的かな。見た目では分からないらしいし」
幾つか出てきた分からない単語を説明してもらっている間にも、天井から降り注ぐ日光に反射し、光の粒が降っているように見える金砂から、シュデアは目を離すことが出来なかった。
(透明な結界……竜神にやられたものと比べれば断然濁っているが……そうか……)
「さ、シュデア行こ! まずは月属性の希少性について知ってもらわなくちゃ!」
そう言って前を歩いていくデューイを、シュデアは無言で追いかけていった。
暖色に光る誘導灯と本の匂い。きらきら光る金砂とその落ちる音。
足音が読書の邪魔にならない配慮として、館内にはワインレッドの絨毯が敷かれてあった。
何人かとすれ違い、階段を上ると、あまり人気のないエリアに入る。
デューイはその場所にある本棚の間を迷う様子もなく奥へ奥へと進んでいく。
シュデアは物珍しそうに辺りを見渡しながらついて行っていたが、ついにデューイが立ち止まり、一冊の本を手に取った。
「あった、月属性の基本と応用!」
興奮したようにデューイが本を手渡してくる。
「?」
「? 何してんの? 開きなよ」
「いや……これ、なんて書いてるんだ?」
「へ? “月属性の基本と応用”」
きょとんとした様子のデューイ。しかしその目は開けと言っている。
シュデアは困惑しながらも、ぱら、とページを捲った。
「あほら! ここ。魔法には6つの属性があり、魔法を行使する魔法使いは、例外なく、次のいずれかに分けられる。地、水、火、風、太陽、月。なお、主属性以外の魔法を、主属性レベルの水準で運用することは非常に困難であるため、通常は主属性の魔法を極めることが推奨される」
「……」
「また、6属性の中で、異常な希少性と非常に高い攻撃力と防御力を併せ持つのが月である。シュガイデン帝国に伝わる神話でも竜のみが操っていたとされ、人間の使い手は現代まで現れていないとされている」
「この絵は?」
「ん? ああ、属性同士がぶつかる時、不利と有利があるんだよ。それの構造図だね。ちなみに月属性の魔法使いはそのどちらもないけど、物理攻撃無効、月属性の魔法のみ有効だよ」
「待て。月属性の魔法のみ有効だと?」
「うん! 他属性の“魔法“じゃ月属性の魔法使いにダメージを与えられないってこと。あ、そういえばシュデアがさっき言ってた月属性の魔法を使える他の人って誰のことなの?」
(トカゲ……!!)
「知らん。忘れた。他の本を読みにいくぞ」
「え、ま、待ってよ! もしかしてだけど、シュデアって文字が読めないの?」
「読めないが?」
「なんでそんな堂々とできるんだよ」
「お前は文字が読めるみたいだな。ちょうどいい、僕に色々教えろ」
「それが人にものを頼む態度か?」
「早く読め」
「…………」
数時間後。
「シュデア? ちゃんと聞いてる?」
「…………腹が減った……」
「あら。じゃあなんか食べに行く? お金持ってるならだけど……」
「ない……腹が減って頭が働かない……串焼き肉が食べたい……銅貨5枚……」
「値段覚えてるんだ。んーじゃあ冒険者ギルドに登録に行く?」
「……冒険者ぎるど……?」
「うん。そこに登録して、依頼を受注してクリアすると、その難易度に見合ったお金を貰えるんだ。それが一番手っ取り早」
「早く言え!!」
シュデアの突然の逆切れに、デューイが肩を跳ねさせ、目をまんまるにさせて驚いている間に、シュデアは走り出していってしまった。
しかし、すぐに戻ってくる。
「どこだ?」
「まず謝ってもらっていい?」




