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無知

「お前は勘違いをしている。月属性? の魔法を使う奴は他にもいる」

「えええ!? そっ、そんな!! どこに、っていうかやっぱり君は月属性の使い手なの!?」

「ああ」


 (多分)


「ただお前が知らないだけで、その月属性の使い手というのは意外とそこらにいるものなんじゃないか?」

「はあ!? なっ、なに言っ、はあ!? いやいやいやあり得ないから!! 月属性の魔法使い(マジックユーザー)なんて数千年単位で誕生していない!! もし人類で現れたら話題にならないはずがないよ! なんで君は月属性の希少価値を知らないの!?」

「うるさ」

「今なんて言っ」

「はーい、そこのお嬢ちゃんと僕〜。動かないでねえ」


 まだまだ喋り足りない様子の少年の言葉の先を奪い、粗野な服装をした二人組が突然階段の上から飛び降りてきた。


 あっという間に挟み撃ちにされ、飛んでくるのは鋭い殺気。

 野太い声に孕んでいるのは確かな苛立ちだ。


 シュデアの後ろにいる少年は、明らかに怯えたような表情をして息を呑んでいた。

 当のシュデアはというと、完全に目の前の男達を舐め切っており、肩の力を抜いてつまらなそうに彼らを見上げている。


 まだお腹が空いているからだろう。


「何か用か?」

「なんだとてめえ? 口の聞き方を知らねえらしいな。分からせてやろうか、ああ?」

「いい。ガキってのはすぐ泣くからなあ。騒ぎになったら面倒だ」


 しかしその男の言葉で、シュデアの目が一瞬にして冷たく鋭く据わる。


「さっさと要件を話せ」

「……クソが。お前が持ってる指輪についてだ。心当たりあんだろ?」


 シュデアの脳裏に、門兵とのやりとりが再生される。

 シュデアが持っている指輪は言わずもがな盗品だが、それを彼らに責められる謂れはない。


「お前らには関係ない」

「え、君もしかして盗んだの!?」

「落ちていたのを拾っただけだ。誰のものでもないだろ?」

「何開き直ってんの? じゃあこの人達指輪狩りだよ!」


 シュデアの腑に落ちていない様子を見て、少年が焦ったように早口で言葉を紡ぐ。


「あのね、君が関所を通る時に使った純銀の指輪は通行税が免除される中位級のもので、持ち主以外が使っちゃいけないっていう法律があるの。でも君みたいに落ちてるのを盗んで使う人がいなくならない、でも中位級ともなると戦いで役立つ人達ばかりだから免除(それ)を無くすことは出来なくて……」


 (?)


「だから、常に死線にいる俺達はどうなるんだっていう一部の冒険者達が片付けてるんだ。それが指輪狩り。まあそれもかなりグレーだって聞くけど」


 少年が足早に、それでいて丁寧に説明してくれたが、世間知らずのシュデアには知らない単語が幾つも出てきてよく分からなかった。

 しかし、どうやら指輪は使ってはいけないものだったらしい。

 そこだけを理解したシュデアは、ポッケの中に入っていた指輪を取り出し、目の前で待っている様子の男達の足元に向かって投げ捨てるように放った。

 それは石畳を跳ね、高音が小さく鳴り響き、男の爪先にぶつかって止まる。


「……あ゛?」

「返す。これでいいんだろ?」


 シュデアが喉の奥でせせら笑う。

 少年が驚いたような顔をし、額に手を当てて項垂れた。


「こんのガキァッ!!」

「月の矢」


 男達が殴りかかってきた瞬間──シュデアの目が歪んだ微笑に細まり、アーチ橋の下が白に染め上がった。


「うわあ……!」

「なッ……!! なに、がっ起こっ……!!」

「お、おいっ……嘘だろ……!! この神光色、月属性じゃ……!!」


 男達の顔は驚愕に染まりきり、無防備な状態を晒している。

 シュデアはそれを蔑んだような眼差しで見上げ、小さく呟いた。


 (隙だらけだな)


「発射」

「ッ駄目!!」

「あっ!?」


 顕現した三本が、シュデアの命令通り男達に向かって真っ直ぐに飛んでいったまさにその瞬間──急に飛びかかってきた少年の両手に両目を塞がれてしまう。

 すると、あろうことか百発百中の精度を誇るはずの月の矢の軌道が大きくぶれ、シュデアはその事実に大きく目を見開いてしまった。


 三本中の二本は指先の隙間から見えていた彼らの四肢に命中したが、全く見えなかったもう一本は川に暴発して爆発。

 そのせいで信じられないほどの水量が上から降ってきて、シュデアの小さな体はびしゃびしゃになってしまう。


 水を吸い、重くなったローブが不快で堪らない。

 中に着ているインナーが肌に張り付いて気持ちが悪くて仕方がない。


 シュデアの機嫌が信じられない速度で急降下していき、大きな目が苛立ちに歪んでいく。


「──お前」

「早く逃げよう!!」

「はあ!? おい離せ!」

「今の爆発音で人が集まってきてる! バレたら面倒になるのは君の方だよ!」

「僕は別に……! クソ!」




「本物だ! 本物なんだ! 君はやっぱり月属性の魔法使いなんだ!! あんなに綺麗なんだ! 千年誰も見ることがなかった魔法を今、こんなに近くで見られるなんて!!」

「うるさい! お前のせいで服が濡れただろうが! しかも濁った川の水だぞ!!」

「それくらい魔法でなんとか出来ないの!?」

「お前を魔法でなんとかしてやろうか!?」


 アーチ橋から、少年の後についていくまま路地を何度も曲がって数分。

 堪えきれずと言ったように少年が走りながら叫び出すが、シュデアは苛立ちを隠そうともせず後ろから怒鳴り返す。


 すると前を走っていた少年がゆっくりと減速し、申し訳なさそうに振り返ってきた。


「ごめん……騒ぎになって、君が月属性の魔法使いだって知れたら、もうこんなに近くで見ることは出来なくなると思って……」

「ふん、お前にももう見せることはない。アイツらの反応でよく分かった。僕の色は目立ちすぎる。人前で使うことはもうない」

「えっじゃあこれからは俺だけに見せてくれるってこと!?」

「お前話聞いてたか?」


 シュデアが理解できないというように、ほとんど睨むように少年を見上げる。しかし彼にシュデアの態度は届いていないようで、目をキラキラさせて見つめ返してきた。


 シュデアはため息をついてその眼差しから目を逸らす。


 (どうしたらこいつを引き離せるんだ……いっそのこと……)


 ──その瞬間、シュデアの目が少年に気付かれない自然さで据わった。

 脳裏に浮かぶのは血の匂いが充満した竜神の棲家。

 地面に伏している多数の人間。


 (……いいか、殺しても。人間なんてそこら辺に幾らでもいた。一人くらい……)


「あー! さっきの、本当に綺麗だった!! 俺あんなに綺麗なもの初めて見た!」


 少年が興奮からか頬を赤く染め、楽しそうに笑ってはしゃぐ。

 大袈裟なほどの身振り手振りで、自分の使う魔法がどれだけ凄くて格好いいのか、止めなければ永遠に語っていそうな彼の目をシュデアはじっと見つめ──後ろに少しだけ下げていた右足を元に戻した。


 そして鞄の中に抜き身のまま入れていた短剣をぬっと出す。


「ウワアー!?」

「騒ぐな」

「いや騒ぐだろ! 殺されるかと思ったわ!」

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