少年
森を抜け、シュデアは土の道を歩く。
その表情は相変わらず不機嫌そうだが、森を抜けてからモンスターに会うことはなかったため進路を邪魔されることがなく、その点だけを見れば快適と言えた。しかし今のシュデアの前に魔物が現れようものなら、無詠唱化することで、更に威力が上乗せされた月の矢が相手の全身を貫くだろう。
未だ満たされていない空腹のせいで、目に入るもの全てにイライラしていたシュデアだったが、今歩いている道の先に人だかり、それに外壁のようなものが見え、最後の力を振り絞って走り出した。
シュデアが息を切らさずにその近くにくると、各々何かしらの装備で武装し、荒々しい雰囲気を纏った人達が外壁に向かって一列に並んでいる。
シュデアは彼らの体の横からひょこっと顔を出して列の先を見やる。
まだまだ列は長いようだ。
この列がなんなのか分からないが、シュデアは大人しくその場に並び、自分の番が来るのを待った。
ただ外壁の周りを見る気力と体力がなかっただけなのだが。
数十分後。一言も喋らず、何も考えず、ただぼーっとしていたシュデアだったが、自分の番がようやくきたことに気づき、前にいた彼らを真似して中に入ろうとする。
──が。
「おいおいおい! 待て待て待て!」
「……?」
「通行税!」
「あ?」
「“あ?”……ガラの悪いガキだな。そのなりじゃ魔法使いか? 指輪持ってるなら出せ、ないなら通行税」
「……つうこうぜい?」
「…………次」
シュデアは首を傾げる。だがこの場を管理しているであろう男が低くそう呟いたかと思うと、シュデアの後ろに並んでいた大男が自分の番だとでも言うように乱暴に押してきた。
しかしシュデアは全く押し負けることなく、逆に男が後ろによろけるのを横目に、慌てて鞄を漁り出す。
「あっ! ま、待て! 指輪ならある!」
(確かあの男が持っていたような……あった!)
「これでいいか?」
「持ってんじゃねえか。なんで知ったかぶりしたんだよ」
「おっ……お前をからかってやろうと」
「なんだとテメェ! さっさと行っちまえこのクソガキ!」
シュデアは彼にほとんど追い出されるようにして門を抜けた。
「……うわあ……!」
──しかし門を潜り抜けた途端、シュデアは目を見開いて立ち止まってしまう。
見たことのない人の数、見たことのない建築物。
綺麗に整備された煉瓦道や、それに沿って続いている街灯。
多種多様な服を着て歩いている多くの人間達がシュデアの視界を埋め尽くし、それは瞬く間にシュデアの胸を興奮で満たしていった。
シュデアの履いている木靴が固い床を押し返して、コツコツと心地のいい音が響き出す。
シュデアはフードを取り払い、手当たり次第に走り出した。
「さあいらっしゃいいらっしゃい! 帝国一美味しい串焼き処はここだよー!」
(あっあれ……! 僕の世話係がよく持ってきてくれたやつだ!)
「お! そこのお嬢ちゃん! 熱心に見てくれて嬉しいねえ! 一ついるかい?」
「いいのか!?」
「ああ! 一つ銅貨五枚……って、あ! お嬢ちゃんお代が先だよ!」
店主の焦ったような声はしっかりと聞こえていたが、シュデアは網に乗っていた肉の串焼きを光の速さで取り、噛むのをやめず瞬く間に平らげてもう一つ取ろうとする。
「待って待って! 先に支払いからだよ!! お金から!」
「しはらい? いや……」
(なんだそれは)
知らない単語が幾つも出てきてシュデアは混乱してしまうが、店主の慌てようから見るに自分がしていることはあまりにも非常識のようだ。
「おかねなんてないぞ」
「お金持ってないのによくもまあっ。でも見るに、お嬢ちゃん魔法使いだろう? 銀行に預金は?」
(ぎんこう? よきん?)
「ないな」
「ないの!? ということは文無し!? ほんとっよくあの勢いでいけたね!」
「すまん。いるかと言われたから」
「いやお金と交換に決まってるでしょ」
「交換……これと交換じゃ駄目か?」
シュデアは閃くものがあり、ローブのポケットを漁る。
「これなんだが」
「え! これ中位級の魔力回復のポーションじゃないか! 本当にいいのかい?」
「ああ。勝手に食べて申し訳なかった。こんなものでよければ受け取ってくれ」
「でもこれだとポーションの方が価値が高いから……じゃあほら! もう一本食べていきな! 今回は特別だ!」
店主が網の上で一番大きな串を手渡してくれる。
ぱああっとシュデアの表情が明るくなった。
シュデアは店主から貰った串焼きを片手に露店が立ち並ぶ通りを進んでいたが、その表情はどこか曇っていた。
お金と交換しないと食べ物を得られないと知ったためである。
確かによく見れば、買い手は金色だったり銀色だったりするものを店主に渡して食べ物を得ており、今の自分の状況を鑑みれば何も買えないことは明白。
先程は運良く交換してもらえたが、あれはあくまでイレギュラーだろう。
次もそうしてもらえるとは限らない。
「はあ……アイツはどうやって食料を得ていたんだ?」
食べ尽くして何も残っていない串で遊びながら、買えないのにご飯を見ているのが辛くなったシュデアはアーチ橋の下へと降りていく。
石で舗装されている階段の一番下に座り、これからどうしようかと考えながら、何の材質で出来ているのか分からない串を魔法で燃やす。
一瞬で跡形も無くなった軌跡を眺め──
「っ今何したの!?」
「うわっ!?」
突然、橋の下から物凄い形相で少年が飛び出してきた。
橋の下に居ることには気付いていたものの、膝を抱いて微動だにしていなかったため、まさか話しかけられるとは思ってもおらず、シュデアは心底驚き心臓を大きく跳ねさせた。
汚らしい服装。ボサボサの髪と汚れた顔。
シュデアが驚愕から抜けきらずに目をぱちぱちさせている間も、少年は鼻息を荒くさせて血走ったような目でこちらを凝視してくる。
正直不気味なくらいに。
「ま、魔法くらいみんな使えるだろ」
「はあ!? 何言ってるの!? 君が今使ったのって月属性じゃないのか!?」
(月属性……?)
「何キョトンとしてるのさ! 普通、顕現する魔法の光は黒かその他で、白なんてありえない!! 神話に残る月属性の使い手は力が白く宿る! 威力、内包するエネルギー量、どれをとっても他の追随を許さない力の使い手! それが月属性なんだよ!? もうこの世にそれを使える者はいないって言われているくらいなのに!!」
(え、そうなのか?…………クソ、あのトカゲわざと言わなかったな……次会っても一週間は無視してやる。前に喧嘩した時、そのストレスでうろこが禿げたとか言ってたからな)
「聞いてんの!?」




