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「っああ゛ー、クソ!! 腹が減った!!」


 シュデアの余裕のない声が静かな森に木霊し、見たことのない形と色をした鳥達が大勢飛び立っていく。


 その騒々しさとシュデアの荒々しい気配に当てられたのか、シュデアの背丈のニ倍近くはあるであろう、黒い毛並みをしたモンスターが木の影から重々しく這い出てきてしまう。


 熊にも似た姿をしているそれは、燃えるような真紅の目に鋭い牙を生やし、酷く殺気立っている。

 しかしそれはこちらも同じこと。

 竜神への復讐を固く胸に誓い、あの場所から飛び出してどのくらい時間が経ったのか分からないが、その間シュデアは何も食べず、向かってくる敵を全て倒し、自分の感覚の赴くままにただ前へと進んでいた。


 (外がこんなに広いなんて聞いてないぞ……!! 端は一体どこにあるんだ……!)


「ガァアア!!」

「うるさいな……! 僕は腹が減ってるんだ! お前に構っている余裕なんてないんだよ!! 月の矢(つきのや)!!」


 シュデアが真っ向から敵の目を睨んで吠え返し、呪文を詠唱する。


 ──その瞬間、周りの木々達が、シュデアの足元から発せられる真っ白な魔法的光に染め上がった。


 シュデアの小さな体の背後に三日月が浮かぶ。それはシュルシュルと回り、段々と形を変えて一本の矢となって顕現した。

 シュデアの身長を優に越すほど大きく長いその矢は月色に光り、シュデアを護るようにモンスターを捉える。


 月の矢は同時に三本まで出すことができるが、二本分の威力を一本に絞り、底上げすることもできるという便利な魔法だ。


 シュデアはこの魔法だけを使い、今までの戦闘を生き抜いてきていた。

 魔力消費は微々たるものながら、命中率は百パーセントという壊れ技。


「発射!」


 シュデアの命令に合わせ、貫通特化の矢が、怯んで動けなくなっている様子のモンスターの額を貫いた。

 それは標的の頭の半分を呆気ないほど簡単に掻っ攫い、敵は力なく地面に倒れ込んでいった。


 シュデアはそれを一瞥することもせず、何事もなかったかのように再度歩き出す。


「クソ、無駄な体力を使わせやがって! この場所の出口はどこに……ん?」


 シュデアの独り言が途中で途切れる。視界の中に何かが入り込んだためだ。道なき道の端。地面に倒れ込んでいる様子だが、確かに人の足を見つけ、シュデアは興奮に目を見開いて駆け寄っていった。


 (人だ! 道案内、いやまずは食料の在り処を……!)


「おい! ここら辺の人間か!」

「……」

「おい無視をするな! 寝てるなら起き……うわ」


 うつ伏せでぴくりとも動かない男の衣服を引っ掴み、仰向けにさせた瞬間──シュデアは本当に不快そうに眉を寄せた。


 男は死んでいた。


 大きく見開かれているままの目は、何故か眼球全体が鮮血のように赤くなっており、瞳の区別はつきそうもない。


 シュデアは深いため息を吐く。他に生存者がいないか辺りを見渡してみるが、気配探知に自信があるわけではないため何も分からなかった。


 もう一度男を見下ろす。

 目の前にある人の死に、一ミリすら心を動かされていないような冷たい目。

 男は何かの動物の皮をなめした防具を身に纏ってはいるものの、武器などは持っていないようだった。


 シュデアは興味を失い、進もうと立ち上がりかけるが、男の首回りに銀色の鎖が巻き付いているのを見つけてその足を止めた。


「なんだこれは?」


 鈍く光る銀の鎖。力の限り引っ張ってみると、ブチ!と音を立てて引きちぎれる。

 自分の目の高さに持ち上げてみると、装飾がついていたようで、それが草の上に転がっていった。

 シュデアは追いかけて手に取る。それは指輪だった。シュデアの小さな指にはとてもはまらない。

 経年劣化しているようには見えず、小さな輝きを放っている。

 シュデアは純銀色のそれを暫く眺めた後、素知らぬ顔をしてポケットに入れた。


 (とりあえず貰っておこう。何か役に立つかもしれないし)


 他にも掘り出し物があるかもしれないと思い、シュデアは男が肩にかけていた鞄を漁り始めた。


「瓶に入ってる何かの液体が幾つかと……これは短剣か。……うーむ、これの価値が全く分からん……それに腹が減りすぎて頭が上手く働いていない気がするな……」


 シュデアは何も考えず小瓶を目の前で揺らし、流れるようにポケットに入れる。


「他には……これは……うん?」


 四角に折られており、鞄の内側のポケットにしまってあったのは茶色く、それでいて分厚い紙。

 見慣れないそれに、シュデアが首を傾げながら中を開くと、そこには見たことのない文字と絵が書いてあった。

 色などはなく、黒い線だけで描かれている簡素な絵は、よくよく見るとシュデアが今いる周辺状況と酷似しているようだった。

 木が多く描かれている場所は黒く丸がつけてあり、そこから北上していくと景色が変わっている。


「うーむ……他にあてもないしこの通りに進んでみるか? しかしなあ……思っているよりも距離が遠い場合、僕の体力が持つかどうか……」


 それに加え、そもそも今いる場所の方角も分からない。

 しかし今のシュデアに、それについて熟考する余裕はない。メリットとデメリットを計算しようとする度、空腹に邪魔され、積み重ねた思考が完結する前に真っ白になってしまうためだ。

 それを繰り返すうち限界を突破し、ついにシュデアの目が据わる。

 シュデアは鋭い舌打ちを一つして、茶色い紙をぐしゃりと握りしめて立ち上がり、周囲を警戒しているとは思えない雑な歩き方で、今いる場所から北上し始めたのだった。



 シュデアの歩いてきた道にモンスターの屍が幾つも横たわっている。

 その全てがもれなく頭部が欠損しているあたり、月の矢の燃費の良さが伺えるであろう。

 そして当のシュデアはというと、前科百犯のような凶悪な顔つきをして何もない前を睨み付けて歩いていた。

 間隔的に襲ってくる目眩のせいだ。


 深い森の中。日差しは空を覆い尽くさんとする枝木のせいで入ってこないが、なんだか辺りが明るくなってきたような気がして、シュデアは足を止めずに凶悪な顔のまま上を睨む。


 (奥、少しだけど日差しが差し込んでいる。出口か?……なんかもう面倒になってきたな……とりあえずあそこまでは行こう。これで出口じゃなかったら周辺を焼き尽くして無理矢理出口にしてやればいい)


「……? おい! 止まれ!」


 (いや待てよ。なんで最初からそうしなかったんだ? 今からでも遅くは……いや、そしたらなんかこの場所に負けた気がして嫌だな)


「止まれと言っている!! これは警告だ! 次に足を動かしてみろ、攻撃するぞ!」

「…………え?」


 シュデアの脳が遅れて理解する。

 誰かに話しかけられている。

 声のする方に顔を向けるが、シュデアは今フードを深く被っているため相手の顔がよく見えなかった。

 たったそれだけの理由で彼らに興味を失くし、シュデアは止めかけた足を再び動かそうとするが──その瞬間魔法の気配がして、シュデアは静かに立ち止まる。

 一瞬で感覚が研ぎ澄まされ、シュデアの目から油断の色が掻き消える。

 集中に沈んだ思考の中、シュデアはばさりとフードを取った。


「何っ!? お前ら目を見るな!」

「え?」


 一番前に出ていた男が、酷く動揺したようだったがそれに左右されない大きな声で命令を出した。

 そうすると、今まさにこちらに魔法を打ち込まんとしていたはずの一人がそれを中断して地面を向き、その他全員すら各々違う方向へ目線を逸らす。


 その光景があまりにも滑稽に見え、シュデアは思わず口端を吊り上げて嘲笑を浮かべて目を細めてしまう。


「信じられない、なんなんだあのガキ……!」

「ボスガン、目は大丈夫か」

「俺の心配する暇があったら警戒を解くな!! もし感染していたらとっくに発症している! とにかくまずはあのガキを……なんだ!? 気配が遠ざかって……!」


 シュデアは面倒ごとを察知し、その場から駆け出していた。

 すぐに彼らの姿が見えなくなっていく。それでも彼らは頑なにこちらを見ようとはしていないようで、シュデアは笑いを堪え切れずニヤニヤとしてしまいながら出口まで駆け抜けたのだった。

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