プロローグ
初投稿〜❕よろしくお願いします❕
耳を劈く爆発音が聞こえ、シュデアは浅い眠りから目を覚ました。
すぐに意識が覚醒する。
辺りを見渡すと、幾重にもかけられた真っ白な結界が目に入り──その瞬間シュデアは警戒の全てを解き、ため息をついてもう一度寝床に寝転がってしまった。
竜神によって張られた結界だと分かったためだ。
これが張られている時はどうやっても外に出られない。
触れても何も起こらないくせに、力を込めた途端に弾き返されてしまう。たまにやられるこれを、どういうつもりだと竜神に問い詰めてみても、竜神から納得のいく答えが返ってきたことは一度としてないため、シュデアはいつしか理由を聞くことを諦めてしまっていた。
天井が吹き抜けており、だだっ広いだけでシュデアの寝床以外は何もない空間の奥。
シュデアが結界をぼーっと眺めている間も、爆発音が鳴り止まない。
爆発音自体はあまり珍しいことではないのだが、いつもならものの数秒で掻き消える結界が、今日はやけに長く留まっているように感じた。
それにじっと目を凝らす。
白く揺らめいて見えるのは、結界が三層からできているからに他ならない。
「……遅いな」
ゴツゴツとした岩が広がる天井を見つめながら、シュデアが訝しげにつぶやく。
目を覚ましてから三十秒ほど。今までは五秒とかからなかったことを考えれば充分異常事態と言えた。
こんなことは今まで生きてきた中で一度もない。
(何が起こっているのか知りたい)
「……これ壊せるか?」
シュデアはほんの少しの好奇心から、体を起こして結界を押してみるが、触れた場所に手のひらほどの魔法陣が発生し、いつものようにシュデアの手を押し返してくる。
シュデアは本気で結界を殴りつけてみようかと思ったが、腕力に自信がない上、何かを殴ったことがない。竜神を除いて。
そのため消去法で魔法となるが、今まで魔法を使ったことがないためやり方が分からない。
仕方なくシュデアは、頭の中で竜神が使っていた魔法を思い出し、目を閉じて、手のひらに力を集めるイメージを思い浮かべてみる。すると、両手に竜神がいつも纏っている眩いほどの白い光が溢れ、自分で出したにも関わらず大きな声を上げて絶叫してしまった。
「うわああ!?…………ン゛ンッ」
爆発音と共にシュデアの声と咳払いが空間に溶ける。
シュデアは再度集中し、先程よりもイメージを明確に持ち、結界を壊す威力を乗せて思い切り押すと──
轟音を立てて三層の結界が砕け散った。
(壊れた!)
シュデアは駆け出す。
竜神の咆哮が奥から聞こえる。
重厚な白亜の門を開けたその先。竜神が魔法で削り出し、棲家にしている洞窟に足を踏み入れた瞬間──一番最初に感じたのはむせ返るほどの血の匂いだった。
ただ、それすら吹き飛ばすような衝撃がシュデアを襲う。
それは人。自分よりもはるかに背が高く、体型も全く違うが、同じような姿形をした人間の存在。
(いや、あれも人形なのか?)
「お」
「やッ」
(喋った!!)
「竜神!」
「…………」
シュデアが勢いよく竜神の方を見上げるのと同時に、ごとりと音を立てて質量のある何かが落ちる音がする。
「ス、ッ」
「ヒッ!」
声を上げた者から首から上が首から下に落ち、糸が切れたように倒れていく。
竜神は何故か目を閉じており、何も喋らない。
足元に何かが当たる感覚がして下を見ると、先ほどこちらを見ていた男と目が合った。
シュデアは煩わしそうに足で払おうとするが、目の前に新たな結界が張られ、それに押し出されるようにして彼が前に転がっていく。
「シュデア、絶対にそこから出ちゃ駄目だよ。あと一人だか…………」
「……どこにそのあと一人がいるんだ?」
竜神がゆっくりと目を開く。未だ爆煙が舞っている中、竜神は辺りを見渡し──大きなため息をついて項垂れた。かと思えば、すぐに首を動かしてシュデアを見下ろしてくる。
「シュデア! 結界から出ちゃ駄目じゃないか! さっきびっくりして大声出しちゃったよ!」
(さっきの咆哮はそれだったのか)
「というかどうやって出たの?」
「竜神、誤魔化すな。ここに転がっている奴らは誰なんだ? 僕の世話をしていた女は人形だと言っていたくせに!」
シュデアの脳裏に一人の女性が浮かぶ。
一言も喋らず、話しかけても何も返ってこず、いつの間にかいなくなっていた彼女。最後まで名前も分からなかった。
問い詰めるとすぐに目を逸らす竜神を、シュデアは苦虫を噛み潰したような顔で下から睨みつける。
(クソ、性格は相変わらず真っ黒らしい)
持ち手を失って地面に落ちている松明が洞窟内を明るく照らし出している。それに反射する竜神の瞳と鱗。
ダイヤモンドに虹を閉じ込めたような色の目と、白銀の鱗がキラキラと乱反射していた。
シュデアは先程からこちらを見ようとしない竜神の目の前に行き、真剣な声を出す。
「……竜神。外があるのか」
「ないよ」
「ハッ、外の存在を認めたな? 本当にないなら、なんだそれはとならなければおかしい」
「…………」
竜神の目が分かりやすく再度明後日の方向に逸れる。
「僕は、この外があるなら行ってみたい」
「駄目」
「何故!」
「心配だから」
「なっ……!」
(そんなくだらない理由で僕はずっとこの中に閉じ込められていたのかっ……!?)
「この場所ならどこにいたって私が守ってやれる。私の目の届かない場所に行き、もし万が一、死……ウワー! 言いたくない、無理無理泣きそう!」
「……」
「というわけだ」
「どういうわけだよ」
「とにかく、外に出るのは駄目。私が泣いちゃう」
「竜神、僕は本気だ。外の世界があると知ってしまったんだぞ。それらを見ずにここで過ごすのなんて嫌だ! 僕は竜神がなんと言おうとここから出る」
「──シュデア」
──突然、竜神の声音が静かなものにトーンダウンし、宝石のような目が据わった。
その瞬間、生まれて初めて息苦しいくらいの重圧と肌を刺すような緊張感が襲う。
シュデアは人知れず息を呑み、自分が今、息ができているのか分からなくなるほどの恐怖に囚われた。
「謝るなら今のうちだ。それに、シュデアが今見た全てを消し、記憶を改竄することなど造作もないのだぞ」
「そんなことをしたら一生口聞かないし、一生視界に入れない」
「エッ…………そ、そん、そんなの…………そんなこと嘘でも言わないでよ! 傷ついちゃったじゃん! うわなんか……想像したら泣けてきた……」
先程の威厳がものの数秒で吹き飛び、岩肌に竜神の涙が何滴もぽたぽたと落ちていく。
それを冷めた目で見つめるシュデア。
呆れたようにため息を吐いて、シュデアはもう一度竜神を真っ直ぐに見つめた。
「竜神、僕をみくびるな。もしそれがなんのデメリットもなく使用できるものなら、僕に脅しとして使うより先に何も言わずに改竄しているだろ」
竜神はシュデアを静かに見返したまま何も言わない。
「わざわざ言ったということは、消した記憶の前後になんらかの齟齬が生じるのだな?」
「…………」
「それを繋ぎ合わせるのも大変だろうな、下手したら記憶が割れて廃人になる可能性もあるからか?」
「………………」
「そんなことだろうと思った。それくらいじゃ僕は怯まない。外に行く」
「う〜〜! じゃあもう私も連れて行ってよ!」
「その巨体でどうやって歩くつもりだ。いつも大きな縦穴から飛び立っているのを知っているぞ」
「でも嫌だよ、離れるの嫌だよ……外に何があるか全く知らないのに怖くはないの?」
「ない。僕は竜神の力の使い方を一番近くで何度も見ていた。それは確実に僕の経験値として蓄積しているし、糧になっている。何があっても乗り越えていける」
「〜〜ックゥ、まっで、泣ぐ、うぅ……ッ!」
また、竜神の涙が落ちてはキラキラと光る。
シュデアは思わず冷めた目で見てしまいそうになるのをすんでのところで堪え、小さな体で竜神に手を伸ばした。
シュデアの身長では竜神の腹にすら届かないため、シュデアが何をしようとしているのか気付いた竜神が首を下ろして顔を近づけてくれる。
ひんやりとした白銀の鱗。生まれた時から何度も触れてきた感触と温度に深い安心感を覚え、シュデアは目を閉じて額を押し付けた。
「もう一度寝たら発つ。今は送り出してくれ、竜神」
──そして、次にシュデアが目を覚ました時、足の下すら全て覆うように広がっていたのは、信じられないほど透明度の高い結界だった。
竜神はそこにいたのが嘘のように跡形もなくいなくなっていた。
──シュデアがその結界を破壊することができたのは、そこから約一年後のことになる。




